第4話 神楽町の案内
昨日は父さんの休みを利用して四人がかりで母さんの部屋を掃除した。懐かしい品の数々を見ると少し辛い気持ちになった。そんな気分を払いながら懸命に作業すること半日。ようやく全てが完了した。
だが、問題はそこではない。大掃除のあと、こんなやり取りがあった。
「私、お母さんの部屋を使うよ。物心つく前にいなくなっちゃったからあんまり知らないけど、それでもお母さんを感じられるから」
「え、
「
それは少々辛いのだが。そうなると僕の部屋の隣で千宮さんが生活することになる。薄い壁を隔てた向こうにいると思うと勉強に身が入り辛くなるような気がする。あちらは意識しないだろうが。
「え、いいの?」
「うん。それに、ね!」
その目は何? 理衣は僕に何が言いたいのだろうか。
「私が間の部屋を使うと、忍び足しなきゃだし」
「理衣っ、ぼ、僕はそんなこと」
「きゃーー、私狙われちゃうーー」
千宮さんまでノリノリで演技をしている。またからかわれている。
「
「千宮さん、しませんからっ、そんなことっ」
「うふふふ、お兄ちゃんの顔……」
理衣が笑っている。少しこの生活に慣れている自分がいた。
とまあ、そんなやり取りだ。そのため、現在は父さん、理衣、千宮さん、僕の順に部屋が並び、僕の部屋が階段に一番近いということになっている。
こうなってしまったからには仕方がない。極力意識せずに過ごそう。
そう思った矢先に、
『トントン!』
訪ね人が現れる。
「はい」
開けて入ってきたのは私服姿の千宮さんだった。
「ちょっといいかな?」
「どうぞ」
平静を装って返事をしているが、内心はクラクラしていた。その原因はまたしても千宮さんの服装。タートルネックのふわふわセーターに短いスカート姿。
三月なのに寒くないのだろうか。
「ねえ、付き合って欲しいの」
「えっ!?」
それって告白? そ、そんな……まさか。
「買い物に」
「あ、あぁ、そういうこと」
「あれれ、何と勘違いしたの?」
「えっ、いや、最初から買い物かなと思ってましたよ」
誘導尋問に遭っているようだ。男殺しのプロに思えてくる。
「色々持ってきたはずだったんだけど、それでも足りないものがあって。琉生くんならこの辺詳しいでしょ?」
「はい、買い物はいつも僕が担当しているので。でも、この辺は発展してないので大型店はないですけど」
「どこでも良いの。案内してくれる?」
「はい」
部屋に戻っていったことを確認して鞄とコートを手に取る。電気を消して部屋を出ると、廊下で千宮さんと落ち合う。
「え、寒くないですか?」
見るとショルダーバッグを取りに行っただけでコートを着ていない。セーターは暖かそうだが、まだそれでは肌寒いはずだ。
「コート持って来なかったの。もう春だと思ったから」
「ダメですよ、風邪引きます。そうだ、理衣に借りましょう」
「理衣ちゃんは友達と遊びに行っちゃった」
千宮さんの隣を通って廊下を進もうとした時にそう言われた。
「そう……ですか。勝手に部屋に入るのはマズいですね」
「じゃあ琉生くんの貸して?」
「えっ」
急に言われて戸惑った。確かにもう一着コートはある。だが、僕が頻繁に使っていたから男臭が絶対にある。そんなものを千宮さんに貸すわけには……。
「ダメ?」
「ダメじゃないですけど、きっと臭いですよ?」
「良いから」
承諾を受け、自室に入り直し、コートを取って戻ってくる。黒の地味なコートだ。ザ・男物という感じが漂っている。
「おお、カッコいい」
「でも、千宮さんにはもっと」
「もっと、何? 琉生くんはどんなのが好み?」
「えっ……ピンク……とか?」
「ふーん。ピンクかぁ」
何を納得しているのだろうか。羽織ったようだが、服装には合っていない。だが、千宮さんが着ると何故かさまになっていた。見た目が読モみたいだからだろう。
「あ、琉生くんの匂いがするぅ」
「ちょっとやめてください」
襟元を手で押し上げ、鼻に近づけている。
「琉生くんに包まれてる感じがするぅ」
「へ、変な言い方はよしてください」
「ぷ、ふふふ……反応が面白い」
お腹を抱えてクスクス笑っている。してやられた。
「行きますよっ」
「はーい」
玄関を出ると思った以上に寒かった。
「さっむいねぇ。コート借りて良かったぁ」
「確かに今日は寒い方ですね。足は大丈夫ですか?」
「琉生くんの方が背が高いから、私が着ると膝下までコートがあるしヘーキ」
「それは良かったです」
寒空の下、とりあえず商店街に向かう。
道すがら、
「何を買いに行くんですか?」
「下着」
「えっ!? ぼ、僕、店の中までは」
「ジョーダン! 実は決まってないの」
からかわれたことよりも買う物が決まっていないということに驚いた。
「え、じゃあ何故?」
「琉生くんに案内してもらいたかったから。私、この辺のこと分からないし」
そういうことか。
「そのついでに良い物があったら買おうかなって」
「分かりました。じゃあ、ひとつずつ案内しますね」
「やった。よろしく」
話しながら歩くとすぐに商店街に着いた。いつもは長く感じる道のりが一瞬のように思われた。千宮さんと歩いているからだろう。
商店の方とは顔馴染みなので、歩くとみんな挨拶をしてくれる。流行っていないかもしれないが、人情味はとてもある。
「あっ、アレ見て」
千宮さんが指差す方を見ると、一軒の陶器店があった。
「なんですか?」
「ほら、あそこ。ショーウィンドウのとこ」
ガラス窓の目立つ場所に青とピンクの対のマグカップが展示してある。
「アレが何か?」
「ペアルックしよ?」
「えっ!?」
ふたり同じマグカップを毎日使うなんてカップルがすることじゃないか。
だが、ここで我に返る。きっとまたからかっているんだ。そうに違いない。
「また冗談って言うんですよね?」
「ううん、ホント」
「だけど、おそろいであんな物を使ったら」
「ホントの家族みたいに見えるでしょ?」
また我に返る。僕はとんだ思い違いをしていた。千宮さんは姉弟みたいな感覚でアレを使おうとしている。決して僕が思うカップル同士という感覚はないんだ。
「分かりました。買いましょう」
「やった。お金は私が出すから」
「いいえ、半分ずつ出しましょう」
「うんっ」
ひとり勝手に振られたような気分になるが、千宮さんの笑顔を見られただけで良しとしよう。
店内に入り、すぐ品を指定して包装してもらい、支払いを済ませた。
「割れちゃ困るから大事に使わないと」
「そうですね」
商店街は一通り見て回ったので、今度は駅前に移動した。
こちらは幾分人の気配を感じる。それでも隣町とは比べ物にはならないが。
「あーー!」
着いてすぐ大きな声をあげている。
「どうしたんですか?」
「焼き芋屋さんだぁ」
ラッパを鳴らしながら売り歩く石焼き芋のリヤカーが止まっている。歩くよりも駅前で待機している方が稼げるのかもしれない。
「私、食べたことない」
「え、焼き芋を、ですか?」
「うんうん」
焼き芋を口にしたことがないとは少々珍しい。
「食べますか?」
「うんっ」
リヤカー脇に座っているおじさんに注文した。しかし、今残っているのはひとつだけのようだ。仕方なくその最後のひとつを購入した。茶袋に入れられたソレを持ちながら歩いている。
「千宮さんだけ食べてください。僕は食べたことあるので」
「半分こしよ?」
「千宮さんが良いなら」
近くに置かれたベンチに走って行く。僕もその後を追った。
ふたりで座り、袋から取り出したソレを僕が半分に割る。
「はい、どうぞ」
「ありがと。それじゃあ……」
コーンつきアイスみたいになった焼き芋を片手に持ち、差し出してくる。
「またですか?」
「ほら、早く早く」
同じように持ち、お互いのものを近づける。
「かんぱーい」
「乾杯」
飴と同じパターンだ。
「あふあふ」
「あ、ちゃんと冷まさないと火傷しますよ?」
「おいちぃー」
「それは良かったです」
いつもは姉のようだが、今は妹のように感じる。しっかり者とあどけなさが共存しているようだ。
結局、ペアのマグカップしか買わなかったけど、なかなか良い休日だったと思う。
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