第六話

 はやく卒業して都会へ行きたい。


 そんな事を考えながら歩いているうちにバルーンフェスタが行われる河川敷へたどり着いていた。


 毎年行われるバルーンフェスタのときにはたくさんの観客と何台もあるバルーンや出店で埋め尽くされる河川敷だが、普段は有明海へと流れる川と草で覆い尽くされた河川敷がのびている。そこにぽつんとある1台のバルーンの風船部分(バルーンに詳しくないから名前なんてわからないんだよね。だから私はこう呼ぶことにする)がいままさに膨らもうとしていた。それを見守る数人の人間の姿たち。その中に車椅子の人間がいた。


「やあ。梅崎。来たのか」


 車椅子のすぐそばに立っていた男の人が振り返る。


 その顔には見覚えがあった。


 まあ、それもそのはずだ。


 彼が陸上部のコーチだから、私が何度となく目にしたのは当然と言えば当然のことだ。なにせ慎太郎と付き合っているんだもん。なんとなく陸上部に訪れたことだってある。


 でも、なんだっけ?


 この人の名前がわからない。


 コーチの名前なんてまったく興味ないから聞いたこともないんだよなあ。


「この子が梅崎の彼女?」


「はい! がばい可愛かやろ!」


 可愛いなんてそんな人の前でいわなくてもいいじゃない! まあ嬉しいけど恥ずかしい。



「ハハハハハ。確かに可愛いなぁ」


 コーチは私をまじまじ見ながらいった。


「おいおい。なに口説きよるとや? 義和」


 すると車椅子に乗っていた男の人が車椅子の方向転換をしながら私たちのほうを振り返った。


 あっ!


 なんか見覚えがある!



 この前本屋にいた人だとすぐに気づいたんだけど、相手の方はまったくわからない様子だった。それもそのはずだ。ほんの一瞬の逢瀬だもん。ただの女子高生にすぎない私が記憶に残るわけがない。


「婚約者がおるとけ、教え子の彼女口説くわけなかたい。冗談やめろ」


「それもそうだな。つうかその婚約者はどうした? 連れてくるんじゃなかったとか?」


「そのつもりやったけど、仕事が入ったとや。ううー。乗せてやりたかったとけなあ。くすん」


 コーチは拗ねたようにいう。


「みなさん! 今からフライトを開始しまーす。希望者は乗ってください」


 さっきまで風船を膨らませていた操縦士さんがいう。


「はーい。さてと行こうか。颯太」


「ああ」


 颯太と呼ばれた男性はコーチに車椅子を押してもらいバルーンの籠の部分に乗り込んでいく。


「大丈夫なのかなあ?」


 私が思わずつぶやく。


「なにが?」


「あんな籠に車椅子なんて乗せて大丈夫かなあと思って」


「大丈夫やろう? そがんもチャチじゃなかたい。簡単に変わるようなら空飛べんやろう」


「確かにそうよね」


 そんな会話を慎太郎としている間にバルーンが浮かび上がっていく。


 私たちは車椅子を乗せたバルーンが空へと舞い上がるのを見上げた。

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