上映終了
「ありがとうございましたー。ゴミはこちらでーす」
里中の声に、まるで洞窟みたいな映画館の出入り口の坂道で足を止める。
静寂がずっと膜を張っていて、音が少しだけ重くなるその場所で、私は飲み終えたコーラのカップをギュッと握った。
里中は、私の中で、とても意地悪な奴だった。
「あれ?プリント足んないの?先生に言えば?」
私が大声出すの苦手なの知ってるくせに。
「さっき蒲田が岡田のこと色気ないし地味って言ってたよ。もうちょっと女らしくした方がいいんじゃない?」
デリカシーのない奴。大きなお世話だ。
「教科書、次、岡田の読む番じゃん。教科書忘れたんでしょ?何ですぐ言わないわけ?本当、わけわかんねぇ奴だな」
里中は溜め息混じりにそういって、現代文の教科書を私の机に投げてきたんだった。
止まっている私を人がどんどん追い越していき、里中が持っているゴミ袋の中に、ゴミを入れていく。
他人にとっては他人の里中。
私にとっては同級生でちょっと特別だった里中が持っているゴミ袋にあんなにも簡単に、捨てていく。
「お客様ーゴミはこちらに」
里中と目が合う。あの気怠そうな声を出してゴミ袋を軽く持ち上げた。
一度俯いてピンクベージュのハイヒールを見つめる。
私は、ローファーを履いていたあの頃の自分とは違う。大人に、なったんだ。
顔を勢いよく上げると、首を傾けて訝しそうに私を見つめる里中とまた目が合う。
本当に?私は丸っきり、あの頃の私じゃない?変われたの?
「岡田ー何してんの。俺、この後また受付やんなきゃなんないんだけどー」
「ああ、うん……。」
気づけば自分の髪に触れながら歩いて、里中のところまで行っていた。プラスチックの蓋を開けて中の氷を捨てる。
「岡田、同窓会来ないんだろ?」
「え?まだ咲にも返事送ってないのに何でわかるの」
伏せ目になって里中は私のカップが袋の中に入ったのを見届けると、ゴミをまとめ始める。
里中の顔を見ても、一向に私のほうを見る気配はなかった。
「ああいうの、来るようなタイプじゃないから。多分、そうだと思って」
「……うん」
沈黙が流れ、ゴミ袋の擦れる音がガシャリとよく聞こえた。
上映案内のアナウンスが流れ始め、里中から目を逸らし歩き出そうとすると。
「あの時、悪かった」
そう唐突に小さく、聞いたことのない暗い声で里中は言った。
自分でも、驚くほどに何のことを言っているのかわかってしまう。動けない。
「何の、こと……。」
——忘れたフリはきっと見抜かれる。
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