第37話 始まりは冬の夜
王都から馬で五日程、田舎ではないがよくある普通の街。それが、ここテレースだ。
緑が多く、特に薬草の栽培が盛んに行われている。野菜畑と違い、薬草は少ない面積で大量に収穫が出来る。薬としての使用量を考えると、街の外れやなんかに薬草畑を作っても、十分な収入となった。
気候も四季がはっきりしており、様々な薬草を栽培出来た。冬の寒さに弱いものは地植えでは無く粗い造りのテント小屋でもあれば十分だ。日が当たる日中は布の屋根を降ろしてやれば、日光でよく育つ。
その為、ハーブ水は愛飲されており、各家庭でもちょっとした自家栽培は盛んに行われていた。
程よく離れた所に小さな町や村もいくつかあり、馬車で半日もすれば新鮮な野菜や家畜が十分に届く。神殿の分所もあり、治安も良い。住みよい立地と、穏やかな住民で、街の人々は平和に暮らしていた。
不穏な騒めきが広まり始めたのは、数日前の事。今まで何度か耳にした噂の病が、ついに自分たちの街でも発症したと。
高熱から始まり、発疹が出て皮膚や爪がボロボロと剥がれてしまう。更には剥がれた体から膿が出て、髪も抜け落ちていく。目が見えなくなって、朦朧としてきたら、終わりが見えてくるというのだ。
そんな恐ろしい病が田舎で流行っていると噂になっていたけれど、自分達の所は安全だと信じ切っていた人々。なんの裏付けもなく、自分達の生活は保障されていると思い込んでいた。
始まりは、突然。始まれば、あっという間だった。
神殿へ通いで食事の仕込みをしているファラには、娘と息子が一人ずついた。娘はそろそろ結婚を意識する年で、息子はまだ少しやんちゃさが残っていて可愛いらしい。
可愛い可愛い子ども達。けれど、本当はもう一人いた。幼い頃に、病であっけなくいってしまった、もう一人の子。可愛い可愛い、大事な子。
それでも生活は続いていくもので、娘と息子を育てていくもので、悲しみに泣いてばかりはいられない。そうこうするうちに、気付けばもう何年も過ぎていた。
忘れる事は無い。ただ、目の前の忙しさに、少しだけ遠い思い出となりつつあった。それが、息子の発病で目の前に叩きつけられるように思い起こされた。
驚く程にあっさり失われた命、小さな棺桶、病だからと火葬にされた。
燃え盛る炎の中で、棺桶が燃えるのをじっと見ていた。最後に見た炎。あれが今度は、この子も燃やすのか。
高熱で苦しそうにしている息子を残し、ファラは神殿へと走った。それは、藁にも縋るような思いで。
あの子が助かるのなら、なんでもしようと。あの子の代わりになれるなら、喜んでこの身を差し出しますと神に祈った。
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