第19話 始まりは冬の夜
真冬の冷たい空気が鼻先を凍らせる。けれど、ヴァルナはそれを気にもしない様子で、ページをめくっていた。
ローレルに連れてこられた神殿の分所で、部屋を与えられたのは昨日の事。
一晩ぐっすり寝て、落ち着いて、さぁこれからどうしようかと思ったヴァルナを、ローレルは図書室へと連れて行った。
ヴァルナの両親がどうなったかは、ローレルの方で色々と調べてくれるという。何度も頭を下げるヴァルナに、大丈夫だと笑んでいた。更には待っている間、何もやる事が無くては不安も増すだけだろうから、何かやりたい事はないかと言うのだ。
衣食住の面倒をみてもらえる上、自由に遊んでて良いだなんて申し訳ないと首を横に振るヴァルナの頭を、ローレルは優しく撫でた。
「良いんだよ。まだ子どもなんだから。子どもは大人に守られるものだよ。少なくとも、そうだと良いなって思うかな。普段は何をして過ごしているんだい?」
「えっと、あの、おかあさんのお手伝いとか……」
「偉いね。あ、そう言えば、本が好きって言ってたっけ。字が読めるというのは、当たり前じゃないんだよ。ヴァルナちゃんの御両親が教育という贈り物を授けて下さったんだ、せっかくだから役立てられると良いなと思う。
ここには図書館があるんだ。ほら、案内するよ。ここの本から何か得るものがあれば、末端の神官としても嬉しいからね」
そう、どこか寂しそうに笑った。ローレルは神殿に勤める神官なのだという。けれど、雑用のような事をして色々と飛び回っているから、旅慣れているんだとか。
この分所へ移動する間、物語や本が好きだと話したヴァルナの為に、忙しい合間の時間をぬって、図書室へ案内してくれた。
それならばと、ヴァルナは本に没頭した。もともと好奇心旺盛で、読書も好きだ。本は知識の塊だから。
まずは神殿についての手近な本を読んでみた。両親から教わっていたのは、国中の信仰を寄せられた教会で、今は無き救国の聖女様を祀っているという事。
そこに変わりはなく、豪華絢爛な美辞麗句が並べ立てられて、聖女様を讃えていた。
「ふう、読めるのは嬉しいんだけど、どの本も大きいなぁ。よいしょっと」
まずは軽く読めそうなものからと思っていたが、そもそも大人サイズの本は手に余る大きさだ。一冊読み終えて、書架へ戻しに行く。
古い紙とインクの匂い、それになんだか埃っぽい匂い。小さな小さな小窓はあるが、直射日光が本へ当たらぬよう、普通の窓は無い。湿気が溜まらない為の換気は申し訳程度でしかない。
薄暗い図書室を、ローレルに渡された魔法道具の灯りをかざして歩む。ランプの形をしているが、中で灯るのは火では無い。魔石を動力源にして、透明なガラスで出来たランプの中に乳白色の玉が光っていた。
そのガラス部分を金属で支える、よくあるランプの形となっている。金属土台部分には小さな開口部分があり、そこへ小さな魔石の欠片を入れて使う。
魔石だなんて高価な物を、欠片でも普通に使っているローレルに驚いたが、ここでは当たり前の事なのだとヴァルナは自分を納得させた。
後一冊読んでフィルのお散歩に戻ろうと、次の一冊を選んで書架をなぞるヴァルナの小さな指先が、一つの書架で止まった。
この分所にいるのは大人ばかり。子どもが図書室へ入る事などなかった。その為、気付かれなかったのだろうか。書架の一つ、その奥板の上あたりに、小さな出っ張りがあった。
なんだろうと、押してみる。少しグラついて、もっと動きそうだった。思い切って、グッと強く押してみた。
ギィィッ
軋んだ嫌な音が耳に響いて、思わず手を放して耳を塞ぐ。ヴァルナの目の前で、書架の一部が扉のように開いていった。
一通り報告書やら書類を片付けて、ローレルは大きく伸びをした。
机仕事は苦手だ。体を動かしている方が性に合う。ああ、一人で完全獣化して空を飛び回りたい。
育ての親から禁止されて、子どもの頃以来ずっと我慢している。
獣人としての能力を完全に開放すれば、大きな梟の姿にもなれた。殆ど人としての原型は残らず、せいぜい梟にしては胴回りがスッキリしているくらいか。
幼い頃に味わった、大空を自由に飛ぶ開放感は忘れられない。けれど人の社会で生きていく為には、今は抑えなければならない。フォルステライトとの約束だから。
コンコン
分所の片隅にある、割り当てられた狭い部屋のドアがノックされた。返事をすると、書類や郵便物を持って神官見習いが入室し、終わった書類を持っていく。新たな書類と共に、一通の手紙が置かれた。
差出人は育ての親フォルステライト。嫌な予感がして、急ぎペーパーナイフで開ける。
中にざっと目を通すと、こうだった。
ヴァルナの両親のその後について判明した。近くの町で住人に捕まり、酷い仕打ちを受けた状態で保護した事。町長から連絡を受けた下級神官が向かい、治療を施して分所へ移動予定である事。私刑の怪我が酷く、いつ到着出来るかは未定である事。また、到着時の生死は不明である事。
手紙を握りつぶし、手の中で小さな炎を出す。上向けて開いた手の中で、あっという間に燃え尽きた。
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