第13話 始まりは冬の夜

 村の男達の幾人かは、山狩りの準備をして夜の森へと入っていった。

 ランタンと鉈を持ち、時に枝や草を薙ぎ払っては進む。各々獲物は腰に下げるか背に負って、馴染みの少女を助けんと名前を呼ぶ。

 夜の森を進むのは容易ではなく、思うように捜索は進まないが、かといって簡単に諦められるものではない。


 ヴァルナの両親と肉屋の主人は、一旦事情を説明しに村へと向かった。

 家にあったランタンは全て山狩りで貸してしまったので、月明かりを頼りに歩む。それでも、ヴァルナの父アムドにとっては何度も通いなれた道で問題なく先頭を進んだ。その後を不安そうについていくのはヴァルナの母、シルヴィ。しんがりは肉屋の主人が務めた。


「おじさん!」


 村に入ってすぐ、一人の少女が声をかけてきた。

 こんな遅くに珍しく、何人もの人が集まっている。開けた場所で焚火が煌々と燃え上がり、村の人達が火にあたりながら待っていたようだ。

 ヴァルナの友人である、アンが真っ先にアムドへ駆け寄ってくる。不安そうな顔で、そわそわしてワンピースの前にかけているエプロンの裾を何度も握りしめては離している。

 それを不思議に思いながら、アムドは安心させるように笑みを浮かべた。


「アン、こんなに寒いんだ、子どもは家に入ってなさい。ご両親が心配するよ。今日は大安息日なんだから、家でお祈りをしているんだ」


 優しく諭すように言い聞かせるアムドだが、出迎えた村の人達が黙ったまま迫ってくるのを感じて、無意識に妻を背後へ庇った。


 焚火を囲んでいた人々が、ゆっくりと取り囲むように近付いてきて、あと一歩の所で止まる。老齢の村長が僅かに前へ出て、冷たい視線をアムドとシルヴィに投げかけた。


「アムド、シルヴィ、よく来たな。……ヴァルナはどうした?」


「村長、それが見知らぬ旅人に森へ連れ去られて、なんとか町の皆に力を貸してもらいたいんです」


「そうか、連れ去られたのか、それは本当か?」


 最後の言葉はアムド達の後ろにいる肉屋の主人へ問いかけた。アムドの後ろで『間違いねぇです』と返答がある。村長は深いため息をつき、焚火周辺に集まる村人たちへ振り返った。


「みな、聞いた通りだ。捜索の準備をしよう」


 村長の言葉に希望を浮かべ顔を輝かせたアムドとシルヴィだが、それもつかの間。すぐに自分達を取り押さえようと縄を手に近づく村人を見て、体を強張らせた。


「村長! これは、いったい……」


 アムドが非難を込めた声を上げると、背を向けていた村長がゆっくりと振り返る。


「これは? いったい? お前、どの口がそんな事を言うんだ?」


 村長の虫けらを見る様な目に、アムドとシルヴィだけでなく肉屋の主人さえも動揺していた。


「お前達、よくも黙っていたな。騙していたな」


 底冷えするような怒りさえ滲ませて、村長が続ける。


「教会からのお告げ、知らん訳ではあるまい。そもそも、大安息日に仕事をしてはならない。させてはならない。産婆とて、例外では無い」


 夫婦の心臓が跳ねた。大きく波打ち、そこから波が押し寄せるようにドクドクと早さを増す。


「おかしいと思っとった。他の町や村と伝書鳩で情報を飛ばしあっておっても、一向に大安息日に生まれた子は見つからん。その近い日に生まれた子すらな。産婆の動きを探らせても、見つからなんだ。お前さん達のヴァルナが一日遅れで生まれたの以外はな」


 耳がキーンと鳴る、極度に緊張して耳鳴りがしているのだと、それすら分からない程にアムドとシルヴィの思考は停止していた。


「アムド、お前さん昨日村へ来た時、アルマには会えんかっただろう? 何故か気付かんか? 今、村に産み月の者はおらん。だのに、アルマに一日会えずじまい。年も年で、仕事でも無けりゃあ一日出掛ける事は無いわな」


 縄を持った村人達がじわじわと、じわじわと侵食するように近付いてくる。


「ちょいとな、アルマに確認しとったんじゃ。ヴァルナは確かに大安息日の翌日生まれか。本当は大安息日に産気付いたんじゃあないか、とな。それで、一人一人話を聞かせてもらったんじゃよ」


 ごくり、と、喉がなったのは、アムドだったかシルヴィだったか分からない。


「あの日、八年前の大安息日に、アルマが道を急ぐ姿を見かけた者がおった。弓を背負った男と、人目につかない裏道を通りぬけていったとな。お前だろう? アムド、森を抜けるのに必ず弓は持ち歩いている」


 老齢らしく落ちくぼんだ眼光が、ぎらりと睨み上げる。村長の視線の先には、今も使い込まれた弓を背に負って立つアムド。そこへ、枯れ木のような指を村長が突き付けた。


「お前達のせいじゃ、さっさと教会へヴァルナを連れて行っておれば、神の怒りを聖女様の嘆きを回避できたかもしらなんだ。いや、今からだって遅くはない。まだ間に合うかもしれん。連れていけ」


 冷えた声音で吐き捨てる町長に従って、村の男達がアムドとシルヴィを縄で拘束する。そこに配慮といったものは感じられなかった。

 つい昨日までは、笑って酒を交わした仲だ。けして裕福とはいえぬ厳しい生活を、何かと助け合って生活してきた仲だ。何年もかけて、親交を深めてきた仲だ。それが微塵も感じられぬ程、冷たい眼差しだった。

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