第7話 始まりは冬の夜
冬の日差しは鋭く透明だ。空気が澄んでいるからか、光が薄く感じられる。
季節によって色を変えるお日様は、自分と同じ生きているみたいだと少女は思う。
風も光も、同じように見えていて少しずつ移ろってゆくから。
人も季節も何もかも。その美しさも儚さも、両親が教えてくれた。日常の中で、生きていく中で。
「よーっし。ご飯も食べたし、朝のお散歩に連れてってあげる。これは遊びだからね」
言い訳するように蒼銀の犬へ言い聞かせながら、少女は庭へ出た。
いくら祈りの日だと言っても、一日中ずっと閉じこもっては息が詰まるのだと、胸いっぱいに冷たい空気を吸い込む。子どもの高い体温には、寒い冬の空気も億劫ではない。
適当な鼻歌を歌いながら気の向くままに足を進めていく、庭を抜けて少しだけ森を歩くと真っ白の花が目についた。
「わぁ、雪待草だ。まだ咲くには少し早いのに、珍しいね」
少女は嬉しそうにしゃがみ込んで、花に手を伸ばす。まるで涙の雫が落ちる寸前のように、下を向いて咲く花。真っ白の花弁に釘付けだ。
足元で犬がキャンキャンと吠えるのを片手でおざなりに撫でながら、もう片方の手は数本の花を摘んでいた。
「お母さんはきっと一日外へ出ないから、せめてお花を飾ろうね。さ、もう帰ろっか」
スカートの裾を翻して、今来た道を戻る。小さな足音が軽快に響いて、その後を仔犬が音も無くついていく。
少女が手折った後、先ほどまでしゃがみこんでいた辺りの地面から、染み出すように黒い靄が沸き上がって少女へ追い縋ろうとした。
その黒い霞が華奢な体へ届く前に、少女に付き従うようにして歩いていた犬がくるりと振り返って一声大きく吠えた。
ワォンッ!
「ひゃっ、びっくりしたぁ。どうしたの? 急に。もう帰るよ」
何もない森へ向かって吠える犬に、少女は小首を傾げてそっと抱き上げた。抱き上げられたまましばらくはもがいていたものの、諦めたように大人しく抱っこされた仔犬。その後頭部に、ちゅっと音高くキスをして、少女と仔犬は帰っていった。
「ただいま、お散歩いってきたよ」
家に入って、花を花瓶に生けながら声をかける。けれど、母の返事はなかった。
「あれ? いつもなら朝ごはんの後はリビングでお祈りしてるのに、もしかして二度寝しちゃってるのかな。珍しいね」
しかし、大安息日だしそんな事もあるかもしれない。
そう思いなおした少女はリビングの暖炉へ薪を足して、食べていいと言われていたチーズを炙り始めた。焦げないように、ゆっくり炙ってとろけるチーズは最高なのだ。柔らかくなったところで、ふぅふぅ吹きながら口にする。
美味しい! 寒い外から帰って、冷えた体に熱々のとろけるチーズ。最高!
朝ごはんは母親と一緒にしっかり食べたはずが、美味しいものなら食べれてしまうから不思議だ。
一欠片だけふぅふぅ冷ましてから犬にも分けてあげて、片付けてもまだ両親は起きてこない。おかしいなと椅子から立ち上がろうとした時、玄関のドアを叩かれる音がした。
「わっ……しぃー、静かにしててね」
ノックされた音に驚いて、思わず尻が跳ね上がった。すぐに小さな声で、犬に内緒話する。口に指を当てて真剣な表情をする少女に、犬は尻尾を振って答えた。
暫し、物音を立てないように固まる少女。朝ごはんでお母さんがつけてくれた暖炉の火だけが、パチパチと燃えて微かに音を上げる。
どうしよう。
お母さんを呼びにいく?
でも、もう音がしないし、もしかしたら風で何か飛ばされたのが当たっただけかも。
いつも忙しく働いているお母さんが、ゆっくり寝られる安息日なんだから邪魔したくない。
椅子から降りて、足元の犬をぎゅっと抱きしめる。暖かくてふわふわ。なんだか大丈夫な気がしてきた。
うん、まずは、確かめてみよう。
足踏み台持ってって、ドアの覗き口からそっと見てみよう。
少女は静かに犬を放して、部屋の隅に置いている自分の足踏み台をそーっとそーっと持ち運ぶ。ドアの前で台に乗ると、覗き口の小さな布に手をかけた。
覗き口にかけられた小さな布は、草で緑に染め上げられている。深い緑色に染められているので、室内が明るい時でも暗い外から中の様子は見えないようになっていた。そこへ、母親が刺繍した果物や栗鼠が生き生きと描かれている。
そっと布を少しだけずらしてみると、ドアの前に人が倒れているのが見えた。
「大変っ!」
少女は慌てて足踏み台を横にどけると、母親を呼びに行った。玄関のドアは頑丈で重たくて、まだ少女一人では僅かな隙間しか開けられない。だから、いつも小さな勝手口のドアから庭へ出入りしている。
両親の寝室へ行き、母親を起こす。人が倒れていると聞いた母は、すぐに起きてくれた。父は珍しく起きてこなかったが、母親が昨夜は飲んでいたから寝かせてあげてというので、そのまま母の後を追って少女も寝室を出た。
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