第3話 始まりは冬の夜
「はーっちみーっつ、たべたいなー♪ あーまくーて、おーいしーい、はーっちみつー♪」
頭に浮かんだ言葉で作ったウソ歌遊びをしながら、少女は洗濯物カゴを庭の洗濯場へと置きに向かう。
パタパタと楽しそうに小走りで翻すのは、素朴なワンピース。丈夫さが売りと一目で分かる、焦げ茶色。汚れが目立たないし、色褪せてもあまり分からないよう作られた普段着。
でも、ホントは薄桃色や澄んだ水色、そして、もし、もしも、いつか着られるならば……雪待草みたいに真っ白な服を着てみたいと、少女は密かに夢見ていた。
洗濯物カゴを置いて、かじかんだ赤い手をこすり、ハーっと息を吐きかける。冬場の洗い物は辛い。だから、一番お日様が上に来ている時にする。少しでも暖かい時にする。それでも小さな手は真っ赤だ。
明日は、年に一度の大安息日。そのため、今日はいつもよりいっぱいお手伝いした。お洗濯ものだって、全部全部綺麗にしたんだ。シーツもカバーもぜーんぶ!
「ふふっ、明日は木の実遊びしながら、蜂蜜ミルク飲みたいなぁ。お母さんも、明日はゆっくりのんびりいっぱい遊んでくれるよね」
綺麗な木の実を集めて、両親と一緒に作った遊び。一対一で対戦する、陣地取り遊び。
まず、何種類かの木の実を同じ数ずつ手元の箱に入れる。向かい合って、机の上に羊皮紙を広げる。羊皮紙にはいくつかの種類があって、砂の地形やら森の地形やら湖の地形といった工夫がしてある。そうして、交互に一つずつ木の実を羊皮紙に描かれたマス目の上へ置いていくのだ。
木の実の種類によって、置けるマス目は変わってくる。そして、木の実を置く事によって、自分の陣地や相手の陣地へ影響を与える事も出来る。与える影響の効果や範囲は、その場所や木の実の種類によって変わる。草花を使って作った押し花の札も、其々意味を持っていて効果的に使っていく。
順番に手番を繰り返して、最終的に多くの陣地を取った方が勝ちだ。
この陣地を取り合う木の実遊びは、少女のお気に入りだった。まず、作るのが楽しい。これは、少女がお父さんお母さんと一緒に作った遊びなのだ。
木の実を集める所から始まって、それをツヤツヤに磨いたりしながら、いろんな種類を少しずつ集めていった。
いっぱい集まった木の実を見たお父さんが、ふと、『この木の実を使ってゲームにしてみないか』と提案した所から始まった。ルールも全部一緒に考えたのだ。
羊皮紙に描く地形だって、少女の良く知る森の地形から始めて、お話で読んだ砂漠の地形や海の地形なんかも作っていった。
少女が言葉や文字を教わるのと一緒に、少しずつ、少しずつ、両親と一緒に作り上げたこの遊びは、大切な宝物。
そして、少女が学んだ成長の記録でもある。辺境にある村には学校なんて無い。そこから更に森へと離れた少女の家で、学びの機会は限られていた。
字も計算も、絵も工作も、そして、論理的に考える思考なんかも、お父さんお母さんと遊びながらだと、熱心に集中して上達していった。
明日は朝昼晩の祈りを捧げなければならないけれど、それ以外は一日遊べるだろうと浮足立っている少女の鼻に、ツンと嗅ぎ慣れない嫌な臭いが届いた。
「ん? なんだろう、なんか、変な臭い……こんなとこまで風に乗ってきたの?」
一瞬、昼ご飯を作っている母親かなとも思ったが、風が運んでくるのは町の方。丁度、お父さんが物を売りに行っているアルマの住む町。
「嫌な臭い。町まで遠いのに、どうしたんだろう」
スンスンと子兎のように鼻を鳴らして、臭いの方角へ足を向けていった。
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