第2話先輩デート
井伏はデートの待ち合わせ場所に来ていた。十五分前行動は完璧、私服もセンスは悪くない筈だ。そのまま待っていると時間ちょうどに曲田先輩が来た。
「ごめんなさい。待たせたかしら」
「いいえ、時間ぴったりですよ。ぴったり過ぎて、少し嬉しくなったぐらいです」
「どういうこと?」
「先輩は真面目だってことですよ」
「それ、馬鹿にしてる?」
「違いますよ。きっちり約束を守る人なんだって尊敬してるんですよ」
「そ、そう」
曲田は少し頬を染めながら井伏に背を向けた。
「とにかく、行くわよ」
二人はショッピングモール内に入る。
「先輩はなに買いに来たんですか?」
「ええっと、それはいろいろなのだけど……、とりあえず色々見てまわりましょう」
二人はモール内を散策する。しばらくして曲田が雑貨屋に入った。
「なんか、お洒落な感じの店ですね」
「ええ。ところで井伏君」
「何です?」
「あなたは欲しい物とかないの?」
「僕ですか? うーん。なんだろな」
井伏は店の中をぐるぐる見渡す。傘、財布、ハンカチ、謎のオブジェ、食器等々が並んでいた。
「グラス……、とかですかね。それより、先輩は欲しいものないんですか?」
「私は、今のところは見つからないわね」
「そうですか。どうします? 他のところに行きますか?」
「そうね。別のところに行きましょう」
二人は再びモール散策に戻る。曲田は少し早足で、しかもなにか真剣に考え事をしているようだった。井伏は機会を狙っていた。今日中に告白、キスに持ち込むのは不可能だろう。曲田先輩はなにやら不機嫌だ。しかし、これからの展開の持っていきかた次第では、恋人つなぎぐらいは行けるのではないだろうか。そのためには曲田先輩の好感度を稼がなくてはならない。井伏は注意深く辺りを見た。なにか使えそうなものはないだろうか。そして、一軒の店が目に留まる。
「先輩、あそこに寄りませんか?」
「えっ?」
そこはアクセサリーショップだった。
「井伏君、そういうものに興味があったの?」
「違いますよ。なんていうか、先輩に似合いそうなものないかなーって思ったんです」
「でも、別に今日はアクセサリーを見に来たわけではないし……」
「いいじゃないですか。僕になにかプレゼントさせてくださいよ」
「でも、悪いわ」
「いいんですよ。僕は先輩に何かプレゼントしたいんです」
あまりにも臭すぎるセリフだ。しかし、井伏は一年以上かけて曲田と関係を深めてきた。多少の恥ずかしい発言も悪くは取られない筈だ。それに、ここら辺は、井伏は他の男子に対してアドバンテージがある。まず、年頃の男子、特に陰キャ度の高い男子はこのような店に対して強い抵抗感を持っている。しかし、井伏にそれはない。つまり、割と完璧な彼氏なのではなかろうか。井伏はニヤニヤしそうになる表情筋を抑え込む。ここで、曲田にネックレスなりブレスレットなりを身に着けさせることができればかなりのアドバンテージだ。彼女に装飾品を送る男がいるということで対外的な牽制になるし、支配欲も満たされる。井伏が曲田を引き留めるための楔となるのだ。そのためなら数万円が財布から飛ぼうとも惜しくはない。
「うーん。じゃあ、ちょっとだけ寄ろうかしら」
井伏はその先輩の言葉に心の中でガッツポーズをした。
「へーー」
曲田は珍し気に店内を見て回る。
「先輩はあんまりこういうとこ来ないんですか?」
「来ないわね。興味がないわけではないのだけど、買うほどでもないから通り過ぎてたわ」
「そうなんですか。なんか気に入ったのあったら言ってください」
「やっぱり、悪いわ」
「いいんですよ。先輩にはお世話になってるんですから」
井伏はそう言いながら近くのネックレスを手に取る。クローバー型のネックレスだった。
「ほら、これなんてどうですか?」
曲田はそれをじっと見る。
「井伏君は私にこれが似合うと思うの?」
「そうですね。四葉のクローバーとか縁起が良くていいと思いますよ」
「井伏君はクローバー、好きなの?」
「えっ? まあ、そうですね。ラッキーですし」
「じゃあ、それにするわ」
「そうですか。じゃあ、買ってきますよ」
井伏はそのネックレスをレジに持っていく。二万近くが飛んだが、後悔はない。むしろ先輩がこれを身に着けると思うと興奮した。一応、包装してもらい先輩のもとへと向かう。
「はい、先輩」
「ありがとう。大切にするわ」
「大切にして、机の引き出しに入れっぱなしとかは止めてくださいよ。いつも身に着けてくれると嬉しいです」
「そう」
曲田は目を伏せる。そして小さく深呼吸した。
「じゃあ、井伏君が付けてくれる?」
頬を赤く染める彼女。赤さはデートの誘いのときよりもいっそう深かった。
「え?」
そのまま目を軽く閉じる彼女。井伏は少し動揺して手の袋を握りつぶしかけた。井伏は焦る心臓を落ち着けながらネックレスの包装を剥がす。そしてチェーンを首に回した。この野郎、キスするぞとか思ったが、嫌われたくなかったので自重した。
「付けましたよ」
「あら、ありがとう」
曲田は目を開けると胸元のネックレスに目をやる。
「素敵ね」
「それなら良かったです」
曲田はそこで井伏が明後日の方向を見ていることに気づく。
「照れてるの?」
「いじわる言わないでください」
「いいじゃない。いつも私ばかりやられているのだから」
曲田は顔を赤くしている井伏を見てフフフと機嫌よさそうに笑った。
「じゃあ、もうすぐお昼だしどこかで食事にしましょう」
「あ、そうですね」
「今度は私のおごりよ」
「えっ、でも」
「だめよ。今度は私の番」
「わかりました。ごちそうになります」
食事は近くのイタリアンだった。
食後のデザートを食べながら二人は談笑する。
「今日は井伏君に色々もらってしまったわね」
「いや、ネックレスだけじゃないですか。それより先輩の買い物はいいんですか? 午後はどこを回ります?」
「いえ、今日はこれまでにしましょう。だいたいの目星はついたから」
「そうですか」
井伏としてはここでデートが終わるのは不服であったが、ほぼ強制的にネックレスを贈ったばかりだ。これ以上のごり押しはよくないだろう。意見を押し付ける男だとは思われたくない。
「わかりました。じゃあ、また月曜日に学校で」
「ええ、こっそりとこれ付けてくわ」
曲田がネックレスを持ち上げる。チャームがチャリンと音をたてた。
後輩デート
月曜日の部室、井伏は曲田がネックレスを付けてるのを見つけてニヤついてしまう。
「お疲れ様でーす」
そこに折坂がやって来た。
「そういえば先輩、来週の金曜日はヒマですか?」
「暇だけど」
唐突に尋ねられた井伏は条件反射で返事する。
「じゃあ、デート行きましょう!」
「ダメ!!」
そこに曲田が割り込む。
「曲田先輩、なんでダメなんですか?」
「そ、それは……」
あっ、とそこで井伏は金曜日が何の日か思い出した。金曜日は井伏の誕生日だ。ということは、今の会話は――。
僕、モテモテじゃんと井伏は思った。
「しょうがないですねー。曲田先輩には負けました。じゃあ、木曜日にします。それでいいですか先輩?」
「う、うん」
若干、二人の会話を聞いていなかったが、とにかく井伏はデートの約束をゲットしたのだった。
「ということがあってさー」
井伏と矢板はまたバスの最後部席に座っていた。
「ま、僕ぐらいの男になると先輩にアクセサリーを贈るのも、後輩とデートするのも楽勝ってわけ」
「へーー」
「いやー、モテる男はつらいなー。美少女二人と連続デートですよ。矢板には経験ないだろうなー、羨ましいだろうなー」
「別に」
「またまた」
「つーか、女子と買い物ぐらい俺だってしてるぞ」
「嘘……」
井伏は予想外の発言に絶句してしまう。
「いや、小澤と生徒会の買い出しとかしてるし」
「なんだ、仕事か。やっぱり、事務的なことでしか女の子と関われないんだね。かわいそ」
「うるせーな。別に事務的なことだけじゃねーし」
「うっそだー」
「お前とならたまに出かけたりするだろ」
井伏は予想外の発言に口をポカンと開けた。
「いや、僕は例外でしょ」
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