閑話1−5 採点する側のお話


今日は3の月のとある土曜日。


学園ではそこら中で教員があっちこっち走り回ったり、机に向かって何かに向かってガリガリと必死にペンを走らせる様子が見られた。


それもそのはず、この日は毎年学園の教員にとって、一年の中で最も忙しい日と言われているのだ。


こちらの世界にも曜日という概念が存在する。


曜日は主要属性である7つの属性になぞらえて、それぞれ火曜日・水曜日・雷曜日・風曜日・土曜日・木曜日・氷曜日と呼ばれていた。


火曜日から週が始まり、氷曜日まで進んだ後にまた火曜日に戻る仕組みだ。


その中で木曜日・氷曜日の2日間だけは学園では休息日として扱われている。


学園では毎年クラス分け試験が3の月の一番初めの火曜日から行われ、そこから全新入生を対象に4日間もかけて進んでいく。


つまり火曜日から風曜日までがそのクラス分け試験が実施されるわけだな。


学生にとってそんなクラス分け試験直後の土曜日とは、すなわちただの休みでしかないのだが、残念ながら教員達にとっては決してそうではない。


彼らにとってこの土曜日とは4日間かけて行われたクラス分け試験膨大な量の回答用紙の採点を行う日でもあり、その様相はまさしく地獄と言って差し支えないようなものであるのだ。


その人数は年によってまちまちではあるが、5つもの国が学力の向上を目指して設立したというだけあって、平均して3000名ほどの新入生が入学してくるような超マンモス学校である。


それほどの数の試験結果を次の火曜日までに出さなければいけないということで、その大変さが想像しただけでも察せられるだろう。


一人一人に最低限こなさなければいけないノルマが存在し、入ってきたばかりの新任教員はそのあまりの途方のなさに絶望するといったことも、職員室における毎年の名物になっていた。


そしてそれは今年入ってきたベル・バレッタも例外ではなかった。


「な、なんなんですか、これは…」


「うるさいぞ、口を動かすよりも先に手を動かすんだ」


ついぞ我慢ができなくなったのか、机に突っ伏して弱音とも言えないほどの言葉を漏らすもすかさず、その横から冷たい言葉がかけられる。


金色の長い髪の毛を軽く後ろで束ねた頭を下げて、プルプルと体を震わせたと思ったら・・・、


「こんな量とてもじゃないですが、一日で終わるわけないじゃないですか!」


冷たい言葉が飛んできた方に向かって、先ほどよりも声量を上げて文句を言い放った。


「終わらないじゃなくて、終わらせるんだよ」


「若い人たちを少しでも導く足しになることを目指してこの学園にやってきたのに、赴任して数日でやらせることじゃないでしょうが!!」


「これも学生のための作業であることには変わりはないぞ」


「もっとキラキラとした情景を想像していたんですぅ〜」


唇を尖らせながら文句を言い続けるも、顔を横に向ければ、そこにはこの会話中も一切スピードを落とすことなく、解答用紙を裁く同僚の姿が見られた。


「まぁそう言うな、こっちも猫の手を借りたいほど忙しいんだ。・・・新人にいきなり任せるような仕事量ではないのはこちらも重々承知はしているんだけどな」


その言葉に完全に納得をしたわけではないものの、これ以上愚痴を溢したところで現在の状況が好転することはない、とベルとしてもわかっているため渋々採点作業に戻る。


しばらくは黙々と作業していた二人だったが、少しして今度はベルからではなく先ほどからすげない返事を投げかけていた男、ことロバート・カイチェスが口を開く。


「この採点作業というのも、ベルにとって全くの無意味というわけではない」


「なんですか藪から棒に」


「クラス分けというもの自体が俺たち教員にとって無関係ではないという話だ」


一年で入ってくる新入生は平均しておよそ3000名ほどであり、一クラスが30名前後で構成されることを考えれば、合計100クラス前後生まれることが分かる。


そしてクラス分け試験により、そのクラス番号が若いほど優秀な人材が集まっていることになるわけだ。


中でも10%の上澄である1〜10クラスに所属する約100名は、上位クラスなどと称されそこに属することで貴族や特権階級の人間として箔がつくと言われることもある。


在学中の試験で何度か入れ替わりも存在するので、入学時のクラス分け試験で全てが決定するわけではないが、一度入ることができるだけでもそれなりの名声が得られるので、どんな手段を用いてでも高得点を獲得するという人物も珍しくない。


そしてクラスの入れ替わり制度があるとはいえ、よっぽどのことがない限り大きな差というのは簡単にはひっくり返せないのが現実。


それが2〜3クラス程度であればまだしも、それ以上ともなるとまぁ楽なことでは無い。


そのため後になればなるほど急激に成績が伸びれば監視の目が強くなる事もあり、不正が一番行われやすいのが入学時だと言われている。


さて学生側の事情についてはこのくらいにしておくとして、クラス分けがあるということは、担当教員の割り振りも当然付随してくるということだ。


傾向としては下位のクラスには中堅からベテランが、中位のクラスには割と新人が充てられる傾向がある。


なぜなら新人の方がまだまだ学習の進め方であったり、学生の扱いであったりが拙いことが多く、そういった人物がいきなり下位クラスのように、基礎のきの字も知らないような者の授業を受け持つと荷が重いため、そういった振られ方をされているのだろう。


あくまで傾向と言ったのはクラスによっては各国の高い身分の者がいる事もあり、そう言った場合には指導する側の教員の身元も非常に重要になってくるので、一概にその法則が絶対とは言えないからだ。


ところでただ今の説明で上位クラスの教員の決め方がなかったが、その決め方というのは新人・ベテラン関係なくその学年を担当する教員の中で最も優秀な者が、上から順番に割り振られるというスタイルが取られてる。


なぜならそうでないと生徒のレベルに対して、教員がついていけないことが多いからだ。


そもそもこの学園という機関に対して教員として雇われるというだけでも、通常で考えればとんでもなく優秀な存在なことに間違いない。


しかし、上位のクラスというのはそれを遥かに凌駕しうるポテンシャルを有している。


「採点作業というのは、今年の新入生全体のレベル感というものを把握するのにはかなり役立つことだ」


一人が担当する採点作業の分量は、学科であれば1教科を300人程度。


しかも身分などによってある程度グループ分けをされた状態で試験を受けているため、その量の人数の採点をすることで、ある程度その年度の、自分が担当するクラスのレベル感というものを把握することができるというわけだ。


当然割り振られているグループは自分が担当しそうな層が、多めにいる所を振られている。


もちろん科目によって得意・不得意があるのでその指標も絶対ではないが、少なくとも完全なクラス分けが発表される前に知ることができる情報の一つであることに違いはない。


また、教員が採点を担当する科目は実際にその教員が教鞭を取る科目であることがほとんど。


総合的な能力の高さとは齟齬が出るが、自分が担当する教科の全体での実力感はかなり正確に把握することが可能なのだ。


「お前も他人事ではないだろう?何せ初めてクラスを持つのだし。学年全体でのレベル感を知ることができれば、カリキュラムを作成する際の参考にもなる」


ちなみにベルの担当科目は「元素学」と「魔術」だ。


「誰か今時点で目ぼしい奴はいたか?特に元素学や魔術の成績がこの時点で高い人物は、まず間違いなく中位以上のクラスに配属されるだろうし、上位クラスを受け持つことになったお前とそいつらはきっとよく関わることになる」


ロバートがそういうのにも訳があり、科目別で国や地域、身分ごとに学習の優先度を振られている。


そしてその中でも「元素学」、「魔術」は比較的にどこの地域においてもそれが低めに設定されることが多い科目だ。


ちなみに優先度が高めの教科とは「魔物学」、「数学」、「共通語」がどこでも割と優先度高めである。


聖国とかであれば「神話」も優先度高めに設定されているそうだ。


さて入学前時点で優先度低めのこれらの科目で高い点数を獲得できているということは、必然的に質の高い学習環境があることや、十分な学習時間の確保ができる者、はたまた考えられるのはよっぽどの天才か。


こういった科目というのは教員側でも教えることができる人員が限られていて、それらの科目が担当の教員は中位や上位のクラスに回されることが多い。


今年学園の教員として入ったばかりの実績のようなものがろくに無いベルが、いきなり上位クラスを受け持つことになったのはそのためだ。


「見どころのある人物ですか…。そうですね・・・。今時点で私と比肩しうる人物が3名ほど、それ以外でもかなりの実力を持った人がちらほらといましたね〜。私去年1組で卒業して、てっきり自分が優秀なんじゃないのかと思っていましたが、その自信も無くなりそうですよ」


「…それはすごいな」


そのロバートの言葉はお世辞でもなんでも無く、ベルの学園卒業時の実力は担当科目だけに限った話で言えば、歴代の卒業者の中でも相当な上位にあたる。


そんなベルに入学時点で実力が迫る人物が複数名いるということに、内心では非常に驚いていた。


学生だった時はこんなに教員側が大変だなんて思ってなかった、と愚痴るべルはその様子に一切気がついていないようだったが。


「そういうロブ先生はどうなんですか?誰かすごいと思った人はいますか?」


「そうだな…、実技方面で剣術、槍術、体術においてほぼ満点を獲得していたやつがいたぞ」


「実技で魔術以外における全科目で満点ですか!?そんな人、採点基準が同じでは無いかもしれないとは言え、私たちの年度では卒業時でもいなかったですよ!」


「まぁだろうな、俺も教員をしている中で初めて見た。確か獣国の現在の長の系列の子供だったはずだ」


「獣人は他の種族よりも身体能力に優れているとはいえ、それは規格外ですね」


「俺は剣術しか見ていないが、まあすごかったな。パワーだけで言えば俺とあまり変わらなかったぞ」


「ロブ先生と同じくらいのパワーですか…?それは本当にすごいですね」


「そもそも獣人っていうのは身体能力が高いからそれ任せな戦いになってしまい、体術はともかくとして剣術や槍術の成績が低い事も多いんだがな。彼の場合はきちんと剣術として高い実力を有していたよ」


「その子の学科の成績がどのくらいなのかわからないですが、基準点程度を保有しているのなら、まず間違いなく上位クラス入りしそう」


「他に俺が気になった人物で言うと、王国の王子様だな」


そうしてロバートはふとあの目を思い浮かべる。


生徒たちは入学時点ではまだ身体が出来上がっていないことも多く、それ以前に剣術の指導を受ける場合でほとんどの指南者が木刀を使用する。


そのため、あの試験で初めて金属でできた剣を持つという者も少なくなく、そういった場合は戸惑ったり、そんなものを人に対して向ける、ということに忌避感を覚える事もあるだろう。


だが、彼はそれに対して一切の躊躇をする事なく、首に向かって訓練用とはいえ金属の剣を振るってきた。


そしてそれ以外にもこちらの剣を冷静に裁く技術と物怖じしない度胸。


最終的にはこちらが圧倒した形ではあったが、単純なステータス差によるゴリ押しと体術などを交えた総合的な技術の差による勝利だった。


彼がこれから先どのように強くなるのかを想像すると楽しみで仕方ない。


そのように話すロバートを見て、ベルは少しだけ意外そうな目で一瞬見つめるも、何も言わなかった。


「さて、雑談で気も十分紛れただろう。今日中にやらなければいけないことはまだまだある、とっとと仕事に戻るぞ」


「え〜、せっかく少し忘れていたのに〜」


ベルに向かって現実へと引き戻すような言葉をかけて、改めて集中して仕事に取り組むロバートだったが、心のどこかで引っ掛かることがあった。


聖女とも呼ばれている聖国教皇直接の養子である才女、獣国の現長系列の子、魔国上位議会所属の娘、そして王国の王子、他にもetc…。


今年の新入生は他の年代と比較して、明らかに異質としか思えないほど高い才能を持った人物たちが多く入ってきている。


また最近は魔物の凶暴化が各地で聞こえてくるのだ。


それはまるでこれからこの世界で何か大きな出来事が起こるかのような、そんな前振りを感じさせるようで…。


いや、考えすぎか。


一度頭によぎった疑念を振り払うかのように少しだけかぶりを振ると、今度こそ目の前の作業に集中して取り組むのであった。


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