第42話 中層探索③
よし、そろそろ時間が経過したな。
念の為自分のステータスを見て、無事に「成長促進薬」の効果が付与されていることを確認する。
さて、ここからどうするかということだが・・・。
普通だったら経験値が増えるようになったからといって何がどうしたのだ、と思うところだろう。
ましてやその効果が10分間と、限られてしまっている訳だし。
だが俺だって何も闇雲にやろうと、思っているわけでは無い。
一度『跳躍』スキルのおかげで脱出しかけてしまったため、こいつの警戒度が上がったことで包囲の速度も上昇してしまった。
また、「成長促進薬」の効果を発動させるために10分待機したことで、着々と茨の檻が迫ってきている。
あまり悠長に時間を掛けてしまうと、このままでは完全に逃げ場が無くなってしまうだろう。
確かに心のどこかで焦る気持ちはある。
俺の今考えていることが博打的であることも、否定はできない。
茨に向かって一通り試した感じでいうと、前にも述べたように自分にはパワーによる、幾重にも襲いかかってくる茨を、ぶち破るなどの方法による突破は難しい。
その方法以外での脱出となると、この茨同士の隙間を掻い潜って、抜け出すことを図るしかないだろう。
だがここでも問題がいくつかあった。
まずは単純に速度。
この茨の追跡速度は、中々に速かった。
現状、俺がただ普通に移動しようとすれば、すぐにまた地面へ叩き伏せられてしまうことになるに違いない。
ここがもし水中ならば、『水中高速移動』スキルを使用することができたのだが、お生憎なことにここは陸上だ、使うことは出来ない。
なのでまずは水中でなくても、通常よりスピードを上げる工夫をする必要がある。
そして次にやれるようしなければいけないのは、空中での行動制御だな。
どうしてもこの密度の茨を避けて行くには、平行的な方向での移動だけではなく、『跳躍』スキルなどを混ぜ合わして立体的な移動で、回避するときも出てくるだろう。
しかしこの茨は、自身のトゲを飛ばして攻撃することが出来る。
そうなると現状のように、空中で身動きが取れない状態だと簡単にやられてしまう。
あれは見た目よりもかなりダメージが大きく、かといって無理に避けようとしても体勢を崩してしまい、追撃を受けやすくなるだけだからだ。
実際にさっきの『跳躍』スキルで真上への脱出をしようとした時も、それで失敗してしまった。
他にもまだまだ小さなものはあるかもしれないが、色々試行錯誤した中で感じた課題は大きく分けてこの二つが挙げられるだろう。
さて、この二つについてどう解決していくのかだが・・・。
まずは地上でも水中のように素早く移動する方法について、俺が考えたのは『跳躍』スキルを活用することだ。
このスキルはカエルが持つ高い脚力を象徴したようなスキルであるが、これを移動方向に使用した場合はどうなるだろうか。
いや普段も別に移動に利用してはいるのだが、その力のほとんどは垂直方向、つまり上側へと向かうものに使われている。
その力を水平方向の力へと変換することができたなら?
大地をしっかりと踏み込み、カエルの脚力を推進力に変換する。
そうすることで、陸地でもかなりの速度で動き回れるようになりそうじゃないか。
ただし、今まではいつも全力で上方向にむかって行うだけであったが、横方向でそれをそのまま行ってしまうと、その力を制御できない可能性が高い。
流石に木やこの茨自体に、自分からぶつかっていくことになるのは避けたいな。
『跳躍』スキルを完全に制御出来るように最初は力を抑えて、徐々にリミッターを外して使っていこう。
まずは普段の30%くらいの力を意識して・・・。
いつものように脚の筋肉にぐっと力を込めて、しかし少しだけ前のめりにつま先だけを、地面に深く食い込ませるようなそんなイメージで・・・、『跳躍』!
ぎゅんっ
まだ3分の1程度の力しか解放していないのにも関わらず、それまでの移動スピードとは比較にならないほどの速度を無事出すことに成功した。
そんな風に俺が少しだけ早くなったことに慌てたのか、パイナップルは茨に追いかけさせてくる。
そりゃあこれで「はい、終了」、ということにはならないよな。
まあ、まだ本番ではないし、特に問題もないだろう。
その後も感覚に慣れるために、横方向にぐっと踏み込んで『跳躍』、という一連の流れを何回か繰り返す。
始めの方はものすごく身体の動きを意識して、スキルの発動のタイミングや指の先にすら気を使っていた。
だが、何回も繰り返し繰り返し行う事で、少しづつそれらがスムーズに行えるようになっていく。
「成長促進薬」のおかげだろうか、別に元々は要領がどちらかと言えば悪い方だった俺が、ホントにちょっとやっただけでコツをつかむことが出来たと思う。
よし、動きに慣れてきたら次のステップだ。
今は力の出力を30%にしていたけれど、もっとこの移動方法を使いこなすためには、その値を固定じゃなくて、場合によって切り替えられるようにならなければいけない。
そのためにも、出力を10%から70%までに細かく区切って、この移動ができるように練習する。
幸い練習場所としては、茨がコースのように狭かったり広かったりするものを、設けてくれている。
こいつとしてはそんな意図はもちろん一切ないのだろうが、ありがたく利用させて貰うとしよう。
っっぅ、さすがに70%だと勢いがありすぎて、制御が相当しづらいな。
早すぎて認識が追いつきづらい、というのもある。
逆に10%とかだと、動作のための思考のタイムラグがない分、今なら普通に移動した方が早いかもしれない。
結構まだまだ工夫出来そうだな。
よし、いろんな出力を試した後は、さらに次のステップだ。
茨の包囲は着々と進んでいる。
時間が限られているので、練習はある程度できるようになった、と思ったらすぐに次を行わなければならない。
だが「成長促進薬」のおかげで、それもそんなに大きな問題ではないだろう。
この短時間だけでも自身がどんどんと変わっていっているのを、実感する程に。
さて、次の練習は『跳躍』スキルの細かな連続発動。
この茨を抜け切るような高速機動を実現する上で、一番大切なことは切り返しができるか否か。
どんなに早く移動できても、ただまっすぐにしか進めないのならば、使用できる状況が限定されてしまう。
そこで、細かな『跳躍』スキルを連続的に使用することで、擬似的な切り返しを行おうという訳だ。
一直線に進んだ後、ぶつかる前に別ベクトルに向けてスキルを発動。
高速で移動している中で意識的に発動しなければいけない関係上、あらかじめ軌道をよくよく考えておかないといけないので、最初のうちは何回かかすったり、つんのめったりしていたのだが・・・。
うん、これも練習により段々と出来るようになってきた。
中々良いんじゃないか?
【スキル『陸上高速移動』を入手しました】
【スキル『高速移動』を入手しました】
【『陸上高速移動:レベル1』と『水中高速移動:レベル4』が『高速移動:レベル1』に統合されます】
【『高速移動』のレベルが3になりました】
何!!
想像以上の成果だな、これは。
『高速移動』スキルか・・・。
汎用性も高そうだし、かなり有用そうな代物だ。
『跳躍』スキルを用いた移動、試してみて本当に良かったー。
これで移動速度の課題の方は、ひとまずは乗り越えられそうだ。
茨の伸びる速度が早いといってもそれは俺の陸上での素の速度よりは、っていうだけであり、さすがにスキル込みであればその速度も抜けられるだろうからね。
それでは今度は空中機動の方の課題について、取りかかるとしよう。
しかしこれは先程の陸上における移動速度という課題とは、難易度が違いすぎる。
なぜなら、元々カエルという生物は空中での行動を前提とするような動物ではないからだ。
つまりは元来できないようなことを、異世界ならではの不思議パワーでなんとかしなければならない、ということ。
どうしたものだろうか。
・・・ひとつ考えた案はある。
普通に聞けばきっと馬鹿げた内容に違いないものだが、無いよりはマシ。
ただ徒に時間を潰すくらいなら、試すだけ試すべきだ。
さてその案とは、カエルの水かきを利用するというもの。
水かき、それは水中を生活圏とする生物たちが持つ、指と指の間に存在する皮膜のようなもので、これを用いる事で泳ぐときに通常よりも多く水をキャッチすることができる。
多く水を掴むことが出来れば、その分抵抗力が生まれ、かける力に対して大きな推進力を生む。
人間や鳥類なんかにもその名残はあり、特に水泳選手なんかは、環境に適応するためなのか一般の人よりもそれなりに大きい水かきが、見受けられるらしい。
また、仏教の世界では縵網相とも呼ばれ、仏様が民をもらさず救えるようにする、という役割も持っていると聞いた。
と水かきというもの自体についての説明は置いておいて、俺の案というのはそれを空中で体を制御するために使うということ。
空中に飛び上がったあとに皮膜で空気を掴み扇ぐことで、どうにかして姿勢を変えることはできないだろうか、と考えたわけだ。
モモンガとかは腕と足の間の皮膜で空中を飛翔しているのだし、なんだか出来そうな気がしないか?
ともかく時間もないし、さっそく行動してみる。
がしかし、これが中々うまくいかない。
まず手のひらの皮膜に意識を向けて、今度はそれで空気を包み込むことを意識して、ってとてもじゃないが無理だぁ!
だって意識する前にもう地面にべたん、って落ちてしまうのだもん。
それに今のままでは意識どうこう以前に、手足をばたばたさせて、ただもがいているだけだ。
何度もトライはしてみるが、そのたびに地面へ激突。
割と受けたダメージも無視出来ないものになってきたな・・・。
自分からやっていることなので、落下する時にかろうじて受け身が取れるくらい。
空中での自由な身動きなんて、夢のまた夢な状態だ。
現実世界で人間が両手両足に大きな団扇を持って必死に扇いだからといって、そんなことが出来るのかと言われたら、もちろんそんなわけはないので、その結果は当然なのかもしれないが。
とはいえここは異世界であるし、そんな無茶でももしかして通るかなと思ったが、そんなに甘くはなかったらしい。
他の案が思いつかないだけに、非常にショックだ。
こうしている間にもどんどんと、茨は迫ってきている。
流石にそろそろ時間が無くなってきた。
「成長促進薬」の効果もあとどれ位あるか。
人間基準で考えれば団扇程度では無く、ジェットパックかなんかじゃないと無理なのだろうな。
しかし、ジェットパックなんてこんな所に用意出来ないし。
何度も地面へ激突した分のダメージを回復させるために、『収納』スキルで胃から回復薬を使う。
はぁ、それで言うと『収納』スキルの時は結構むちゃくちゃな理論でも行けたので、今回もダメもとでやってみたのだがな。
どうやらうまくいかなかったようだ。
・・・いや待てよ。
『収納』スキル・・・、それにジェットパックか・・・。
あるかもしれない!
残り少ない時間の中でも、自由に空中で身動きを取れるようにする方法が!!
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