第40話 中層探索①
ふうぅ。
身体は十分に休められたかな。
浅い水の中に浸かっていた身体を起こし、ぐーっと腰を伸ばす。
これも昨日のうちにしっかりと拠点を確保出来たからだろう。
側にいたヘビも俺が身動ぎしたことにより目を覚ましたらしく、舌をちろちろとさせながらうっすらと寝ぼけ眼でこちらを見てくる。
伸びをしたことで全身の神経も起き始めたことだし、そろそろ活動を始めるとするか。
進化した後の大幅なステータス上昇への慣らしや、スキルの使い心地などなど他にもやることは山積みだ。
やることが沢山あるっていうのは、充実してるって気分になれるよな。
よーしっ、今日も頑張るぞ!
それにしてもこうして聞こえてくる生き物達の声が、これまでいた場所と全く違うと場所が変わったんだなっていうことを凄く感じる。
それらの声によーく耳を澄ましてみると、木々の奥から一際目立つ低いながらも、重く響き渡るような音が聞こえてきた。
その音はやけに周期的に鳴っており、何回も耳にしていると、それがなにかしらの生き物のいびきなのだということに気づく。
寝ている間は特段関心を向けるようなことは無かったのだが、一度意識してしまうと気になって気になって仕方がない。
中層で堂々とここまでいびきを晒せるなんて・・・、それだけやばい生き物なのか、それともただただ鈍感な魔物なのか。
うん、判別が付かないな。
どうやら熟睡しているようであるし、遠くから見にいくだけならそこまで問題はないか?
ここに来たばかりの俺たちは、中層地帯の魔物の勢力や、分布を把握できていない。
偵察をすることも大事だろう。
なんて理由を付けて自分を無理やり納得させ、その音の発生源を調査しに行くことにした。
ヘビの方はそんなことに興味が無い上に、暑さゆえかあまり水から出たくないようで、こちらを手伝う気は一切ないようだ。
いざ出発するとなった瞬間でさえ、こちらを一瞥しただけですぐにそっぽを向いてしまった。
全くしょうがない、自分一人でも行ってみるとするか。
見に行くだけ、見に行くだけと自分に言い聞かせながら森林の奥地へと進んでいく。
てか、久しぶりに地上に上がったな。
中層に来るまでも、結構水辺を移動してきていたし。
『水中高速移動』スキルを手に入れてからは、あまりにも水中での移動の方が快適すぎて、陸上でちんたら歩くのがすっかり億劫になってしまったのだ。
オタマジャクシの時はエラ呼吸だから水中の方が過ごしやすいのは分かるのだが、カエルになってからは肺呼吸なはずなんだけどな。
それなら本来は陸上で生活すべきなんだよ。
うーん、流石にこの感覚のまま戦闘に移ってしまったら、その差異にめちゃくちゃ戸惑ってしまうかもしれない。
慣れるまでは敵に遭遇しないことを祈るばかりだ。
とはいえ神様頼りだけでもいられない。
「人事を尽くして天命を待つ」、だ。
戦闘を回避するために、やれるだけの事はやっておく。
常に格上が現れることを想定しつつ、木々の間をすり抜けるようにこそこそと移動する。
また、時折存在する開けた場所では、そのようなことは出来ないので、『跳躍』スキルによって枝と枝の間を一瞬でジャンプして移動した。
そうやっているうちに響き渡る重低音はどんどんと近づいてきており、その場所を確かにこちらへと報せてくる。
そして何度めかの木の密集を抜けたとき、それはそこに居た。
でっぷりとしたお腹に、その大きな手足背中を覆う灰色のサイのような頑丈そうな皮膚。
もっとも特徴的だと言える場所はおそらく鼻だろう。
象のようなすこし伸びた形だが、長さ自体はそれほどでもなく、耳は割と小さめのものが馬のようにピンと立っている。
この姿は・・・。
【ステータス】
種族:ロバースト・テイパー
性別:♂
HP:32678/45900
MP:2456 /2456
SP:33333/38445
レベル:41
ATK:12445
DEF:38445
INT:4500
MND:32445
SPE:5150
スキル:
『頑丈 :レベル8』
『鈍感:レベル7』
『突進:レベル5』
『HP高速回復:レベル7』
『睡眠:レベル6』
『誘発:レベル4』
『夢喰い:レベル3』
『陸棲:レベルー』
もしかしてこれって・・・、バクか?
動物園の片隅で少しだけ見たような気がするというくらいだが、たしかそういう名前だった気がする。
しかもこれ黒と白のコントラストが特徴的なマレーバクではなく、普通のバクだ。
生態説明では基本的には温厚な生物、というふうに言われていたはず。
創作物とかでは夢を食べる空想上の生物としてよく取り上げられているから、むしろそっちのイメージの方が強くなってしまっている可哀想な動物だろう。
ほんとにあまりメジャーな動物じゃないから、棲息地域とかもそんなに詳しく知らなかったけれど、こういう風にジャングルみたいな場所に居るんだな。
『鑑定』スキルを確かに掛けたはずなんだけど、他の魔物と違って全く反応を示さない。
こちらが脅威とすら思われていないのか、はたまた気に出来ないほど熟睡をしているのか・・・。
ステータス的には、防御面の能力に極振りって感じだ。
だからこそこんな場所でも堂々と寝ていることが出来ているのだろうな。
『HP高速回復』スキルって、俺が持っているMPのやつのHPバージョンか。
すげー。
いいなー、ほしーなー。
こんなの絶対に持ってて損すること無いじゃん。
でも多分だけど、進化とかで手に入れられない場合、『MP高速回復』スキルの取得経緯の例からいって、HPが尽きかけるように死ぬギリギリを繰り返すことでしか手に入らないんだろう。
たまたま取得出来たならまだしも、そのスキルのために自らその状況に陥っていく、っいうのはMPとは違ってハードルが高すぎる。
だからこその強力なスキルなのかもしれないが・・・。
とてもじゃないが、余程の無鉄砲じゃないと、意図的に取ろうとはならないものだろう。
バクが持っているスキルには他にも、『頑丈』スキルという外皮で受けた攻撃からのダメージの減少させる効果のものや、『睡眠』スキルという寝ているときの回復効果UPを持つものなど、スキル全てが耐久方面に特化している。
そしてそれ以外にも、まだまだ面白そうなスキルの効果のものを持っているな。
■『鈍感』
状態異常を無視することができる
(無視であって、無効化しているわけではない)。
自分の状態の変化に気付かない、気付けない。
『鈍感』スキルはめちゃくちゃ強力、っていう訳ではないけど、効果はかなりおもしろい。
麻痺や毒なんかを与えても気にせず攻撃してくるってことだろ?
生物である以上、普通は毒なんかに罹ると怯んだりするもんなんだが。
どうやらこいつにはそれがないらしい。
麻酔状態に常時なっているようなもんか。
並大抵のことじゃ止まらないようだし、継戦能力も極めて高そうだ。
おそらく「麻痺薬(強)」が効かない相手の一体だろうな。
そしてこいつのスキルにおいて、もっとも厄介そうなのがこの『誘発』。
効果は自身に付与されている状態異常を、周りの相手全てにも与えるというものだ。
これにより自身の体力を回復させる行為でもある、《状態異常:睡眠》の最中であっても相手も眠らせてしまうので襲われる心配はない。
なんなら他の状態異常を敵に与えられたとしても、自分は『鈍感』スキルで影響を受けにくいのに、相手にだけそれを一方的に押しつけるということが出来る。
現に俺は高レベルの『状態異常耐性』スキルを持っているからこそ耐えられているものの、さっき目覚めたばかりだというのに少し眠気が襲ってくるくらいだ。
まぁそれでも昨日の進化の時と比べれば、あっちのほうが眠かったけれどな。
そして、『誘発』スキルの恐ろしい点はこれだけじゃない。
自ら寝ている癖に、一匹ではなく辺りの生物丸ごと《状態異常:睡眠》に引き込んでしまう。
そこに『夢喰い』スキルだ。
『夢喰い』は自分の周囲で眠っている者を対象として自動で発動し、相手のHPを吸収して自身のHPに還元してしまうらしい。
つまり、こいつは寝ているだけで周囲に来た奴らを、片っ端から自身の養分に変えてしまうのだ。
何ならこの響き渡るいびきですら、魔物達を引き寄せるための役割を持っているように感じられてきた。
もし本当にそうなら、俺は思い切っり罠にハマってるけど。
というかこいつ『夢喰い』って、やっぱり妖怪とかで描かれる獏と生態が混ざってるのだろうか。
・・・まあそれはいいとしても、あまりにも『睡眠』と『誘発』、『夢喰い』の相性が非常良すぎるな。
一個一個のスキルはそれほど強力と言えるほどでは無いのに、その噛み合い次第でここまで強く出来るなんて、ゲーマーとしてそのビルドを考えるだけでわくわくが止まらないぞ。
下層ではあまりいなかったこういうタイプの敵も、中層以降では出てくるようになるのかもしれない。
とりあえず、こういうやつもいるんだと、ここで知れて良かった。
今回はこいつがこっちが《状態異常:睡眠》に耐えることさえ出来たなら、何の被害も起きないような相手だったけれど、次に出会う似たような能力を持つやつと、必ずしも戦いを避けられるという保証は無いもんな。
さて、いびきの正体も突き止めたし、実力もまだまだの俺は今は無理をしてまで戦う気なんてこれっぽっちも無い。
そんなわけでそろそろ帰ろうかと思っていたのだが、俺の鼻にふわりと甘ったるい香りが漂ってきた。
どこから来たのだろうと香りの元を辿っていくと、どうやらそれはバクの口や鼻元からするようだ。
万が一にでもバクが起きないように、おそるおそる近づいてその匂いを嗅いでみると、それはどうやら果物っぽいということに気がつく。
カエルになってからは、果物なんていう嗜好品は一回も食べられてない。
それに思いを馳せるだけでも、口からよだれが溢れてきそうになる。
この近くにその果物があるのかな?
と若干期待に胸を膨らませかけるがそこで、匂いの元であるバクの鼻の周りが、やけに傷だらけでとげのようなものが刺さりまくっているのを発見する。
バクの皮膚が分厚くて頑丈なため、大けがと言うほどでは無さそうであるが、見た目的にはかなり痛そうだ。
一体この耐久特化のバクに少しでも怪我を負わせたこのトゲっていうのはなんなんだろう。
と悠長にそんなことを思っていたんだが・・・。
地面を見て、自分の上にふと差す陰があることに気付いた。
跳ねるように顔を上げ、周囲を見渡してみると茨のようなものがあたり一面を覆い尽くしている。
いつの間にか囲まれているだと!?
くそー、今回は偵察だけで戦うつもりなんて無かったのに!!
中層いる級の魔物がどれくらいの力量があるかまだ全然分かっていないが、そんなことを言っていられる状況じゃないな。
散々手助けしてくれたヘビは、今は水辺でここへは来れないはずだ。
はぁ、クソっしょうがない、やるしかないか。
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