第22話 お肉
俺が「しびれ草」の地から命からがら抜け出す羽目になったあの騒ぎから、数日が経った。
次の日以降も何日かに1度陸に上がっては、地上に逃げ込んだ場合にどうやって逃走するかのシュミレーションを行う。
やっぱり草の陰か木の裏が、逃げ先としては安泰だよな。
元々水中で暮らしている生物がそこまで労力を掛けて探してくるとは思えない。
障害物で目を眩ませて時間を稼ぎ、帰って貰うのを待つのが得策だろう。
暫定的に切羽詰まって急いで逃げるときはあそこの草陰で、余裕があるときはこっちの木の裏で隠れるっていうことにしておくか。
このようにしてちょっとずつ探索範囲を広げ、何とか逃走経路も複数目安を付けることが出来た。
陸地での入念な下調べをしている間は、エサは岩に生えた苔などを食べて何とか飢えを凌いでいる。
腹は全く膨れずにひもじい思いだが、今はまだ「しびれ草」の外でも戦える相手を見繕えていないので、仕方がない。
「しびれ草」の中のように強さの上限が決まっていない状況では、相手を選ばず無闇に挑みかかるのはとてもでないがリスクが高すぎるからだ。
こういう時にオタマジャクシが雑食でよかったと思うな。
とりあえず苔みたいなその場にあるものを食べられるのだし。
そうでなければとっくに餓死していたに違いない。
とはいえ、現状の食生活に満足してるわけではもちろんない。
今はそう、雌伏の時なのだ。
いつかまた腹がいっぱいになるまで食えるように、絶対に強くなってやるぞ!
決意表明はこのくらいにしておこう。
数日の間浅瀬で過ごしていて、いくつか分かったことがある。
それはこの場所というか地域というか、水中はもちろんのこと、陸地にもやばそうなモンスターがごろごろいそうだ、ということだ。
全部を全部『鑑定』できた訳ではないけれど、見たやつの中には明らかに別次元のステータスを持つやつもいたし、しなかったやつでも雰囲気的にハッキリと分かるほどやばそうなのは多かった。
なぜ全部に『鑑定』を掛けなかったかというと、それには理由がある。
最近色んなやつ相手に『鑑定』をしまくったことで始めて気付いた仕様なのだが、どうやら『鑑定』という行為はされた側に対して不快感を与えることがあるみたいなのだ。
今までは基本的に、『鑑定』をしたやつとは戦っていたので気が付かなかったが・・・。
「しびれ草」を出てしばらくのこと、偵察がてら片っ端から目に付いたものに『鑑定』をして回っていたときに、急にこちらへ敵意を向けてきて追いかけ回された事が何回かあった。
始めの方はたまたま見つかった程度に思っていたのだが、絶対にバレていないだろうと思えるような状況でも何度か見つかり追いかけられたため、なんでだろうとその原因を考えて思い当たったものが『鑑定』だったというわけだ。
以前にやばそうな亀とかを『鑑定』したときがあったが、そのとき反応をされなかったのは、あまりにも実力がかけ離れすぎていて相手に気にも止められていなかっただけかもしれない。
それとももしかしたら『鑑定』スキルのレベルが上がって、その分色々な項目が見えるようになったことで、相手に与える不快感が増しているのかもな。
というわけで、そのような仕様に気づいてからやたらめったら『鑑定』をかけるのはしなくなった。
というか出来なくなった。
圧倒的な力の差があるやつなら前例もあるし大丈夫なんじゃないかと少しは考えたけれど、その説も100パーセント言い切れる訳じゃなかったし、流石に危険度が高すぎてする気になれない。
前に『鑑定』で敵の事を鑑定しまくって情報を知った状態で闘っていけば、めちゃくちゃ有利になるじゃんと考えて喜んでいたが、自分よりも格上すぎる相手をじろじろ見過ぎると、逆に勝てないような相手でも強制的に戦闘になるので、予め戦闘能力を測ってから敵を選んで戦いを挑むというのは出来なくなった。
ある程度自分自身の肌感で相手の戦力を見て、自分が挑める程度であるなら、そこでようやく『鑑定』を使えるといったところか。
とはいえ、それでもすごくいいスキルなのは変わりないけど。
とはいえゲームですらレベル位は表示してくれるやつや、難易度ごとで分けられている事が多いぞ、と現実の『鑑定』の仕様に文句を言いたくなるな。
さて、そういうわけで周囲一帯のヤツらの詳しいステータスは、あまりわかっていないのが現状だ。
だが、そんな中『鑑定』を行ったとしても、襲われない可能性があるタイミングを発見した。
1日の中で、陸上の動物たちが一斉に集まって水を飲みにくる時間が存在する。
そこでは強さ等は一切関係なく、その時間だけは動物たちは一切争わない。
ただただ水を飲むことを興じるのだ。
そしてそれに対して水辺の動物たちも、その時間は攻撃を仕掛けることはない。
最初のうちはなぜそんななことが起こりうるのか全く分からなかったが、ずっと観察しているうちに水は命の源だからだと気が付いた。
自分自身がしばらく水を飲むという行為をしていなかったから、意識から外れていたよ。
確か淡水に棲息する生物は浸透圧の関係上、水分が常に外部から吸収され続けるんだよな。
そのため自分も長らく水分補給といった行為はしなくなっていたんだが。
人間だった時は当たり前に感じていた、喉が渇くという現象、そのものが無くなっていたことに今更ながら気付いたよ。
でもそれはこの湖のようにあくまで淡水中で暮らす生物だけだ。
陸上で暮らす生物は魔物とか関係なく、生きる上で水分を欲するらしい。
大体の生物にとって水分とは、空気の次に必須ともいえる存在だ。
水を飲まなければ即命に関わる事態になる。
だから彼らはこれに休戦協定をもうけているのだろう。
休戦協定が常に破られるような無法地帯になれば、全員が不利益を被ることになるからだ。
そしてその雰囲気から、仮にその協定が守られないようならば、他の動物たちから一斉に袋叩きに遭うだろうと思われた。
だからそのタイミングでなら『鑑定』をした所で不快感を覚えたとしても、こちらへ襲いかかってくることまではしないんじゃないかと考えられる。
別に俺は直接手を出した訳ではないので、俺が全員からフルボッコにされる心配も無いはずだ、・・・と思いたい。
だがそれでも『鑑定』を掛けていくのが怖いことには変わりない。
水辺周辺での『鑑定』はもう少しだけ置いて、俺が万が一襲いかかられても最低限逃げられるくらいになってから行うとしよう。
さて、話を切り替えて。
今日はついに動こうと思う。
さすがに俺のお腹も限界になってきて、そろそろ肉が食いたいと切実に訴えかけてくる。
これ以上質素な生活を続けていれば、まともに動けなくなりかねない。
狩り場はもう決めている。
この浅瀬付近は「しびれ草」内に入ること程のリスクを冒す必要は無いが、そこまで戦闘力は強くない比較的身体が小さなモンスター達がいた。
勿論全部がそうという訳ではなく、あくまで一部がだが。
ポイントは今の俺でも勝負にはなる程度の相手がいるということだからな。
意図せずして、ちょうど良い場所の周辺に拠点を置いていたと言うわけだ。
そしてそこまで強くないであろう相手に、早速狙いを定めて『隠密』を用いて後ろから近づく。
そのまま気が付かれることなく「不意打ち」を、うまく当てることに成功する。
【ステータス】
種族:ウィズドロール・コルビカラ
性別:♀
HP:995/1100
MP:550/550
SP:872/876
レベル:15
ATK:443
DEF:3373
INT:443
MND:3373
SPE:43
スキル:
『泡 :レベル7』
『防御:レベル8』
『噛み付く:レベル3』
『体当たり:レベル4』
『水棲 :レベルー』
堅いなっ!?
クソ、相手が気が付いていない状態で当てると威力が上がる「不意打ち」で、攻撃したのにもかかわらず全然ダメージが無さそうだ。
てか相変わらず、俺が英語を苦手すぎるだけなのかもしれないが種族が全く分からん。
というかこれ英語か?
その確信を持てないほど聞いた事ない単語だぞ。
見た目的にはでっかい貝なんだけどな。
でかいとはいっても俺目線であって、俺がかなりこの世界だと小さい方かもしれんが。
比較対象を持ち出すとしたらもしかしたらゲンゴロウの上位種よりは小さいかも?ぐらいだ。
【ウィズドロール・コルビカラ】
淡水に棲息するシジミ型のモンスター。
非常に臆病な性格で、硬くて丈夫な貝の中に引きこもり、相手からの攻撃を無効化する。
そうして自分は安全な地帯からじわじわと苦しめるように攻撃してくる。
どうやらシジミだったようだ。
大体ステータス通りの能力だな。
以前にも戦った同系統の堅い敵だとミジンコやゲンゴロウが居たが、ステータスだけ見るならそれよりもかなり強いぞ。
渾身の「不意打ち」すら全然通用していないからな。
防御体勢など一切取らずにあれだ。
ありえないだろ。
また、ミジンコたちにはうまくいった「掌底」や「ポイズンランス」などの硬い敵相手にも有効なはずの攻撃がなぜかうまく決まらない。
元々のDEFやMNDの値が高いというのもあるが、単純に『防御』というスキルが強すぎるせいだ。
『防御』スキルはこちらの攻撃に対して数秒の間、完全無敵時間を作る事が出来る代物らしい。
・・・おいおいチート性能じゃねぇかとも思ったが、その分スキルを使用している間は硬直時間が付属してしまうようで、しっかりと運用するには発動タイミングを見極めなければいけないようだ。
とはいえ元々貝で移動手段が乏しいこいつにとっては、そんなのデメリットでもなんでも無さそうだけど。
しかもこの硬い貝殻のせいで例えスキルを使っていなかったとしても生半可な攻撃ではびくともしない。
そして硬い敵への対抗手段である貫通系や衝撃波系の危ない攻撃は、しっかりと『防御』スキルを駆使して防いでいく。
見た目と違って中々に手強い相手だな。
それに時折飛ばしてくる『泡』が非常にうっとうしい。
『泡』スキルは、当たった相手にまとわりつき、動きを制限してくる嫌らしい攻撃だ。
しかも当たれば当たるほど重ねがけされていくタイプで、『泡』が身体に付きすぎればそのうち動けなくなるようだ。
自身のスピードがどんなに遅くても、これならなんの心配もなく捕食できるのだろう。
こいつはこうやって数々の自分に挑んできた相手を返り討ちにしてきたに違いない。
自分から仕掛けることが出来るようなタイプにはとても思えないし。
だが相性が悪かったな。
単純な攻撃手段しか持っていない相手ならば、たしかにそれで簡単に終わるだろう。
現に俺はお前へに対して有効打となる攻撃技は、持ち合わせていない。
でも・・・、だからどうした。
俺の最大の武器は「毒」だ。
毒の継続的なスリップダメージの前では、いくら防御が堅くても関係ない。
俺は『毒生成』スキルで生成した「猛毒」を、「ポイズンミスト」で霧状に薄く広げる。
『防御』スキルでこれすらも無効化されるとはいえ、さすがにずっとスキルを展開し続けることは出来無い。
だからこそさっきからここぞという時にしか使ってなかったんだろ。
ずっと使えるなら、そうすれば良いだけだもんな。
そして『泡』を出すために定期的に開かなきゃいけないよな?
ほら、『猛毒』が入った。
あとはもう時間の問題だ。
お前の足のスピードだと、体力が少なくなっても逃げることすら難しいだろう?
状態異常に対しての耐性スキルはもっていなかったが、運の尽きだったな。
【メディシナルタッドポール:♂のレベルが上がりました】
【『早熟(微)』が適用されます】
【種族レベルが20になりました】
【『状態異常耐性』のレベルが3になりました】
【『貪吸』のレベルが2になりました】
【『薬生成』のレベルが2になりました】
【『毒魔法』のレベルが9になりました】
【『隠密』のレベルが8になりました】
【「隠蔽」を習得しました】
【ステータス】
種族:メディシナルタッドポール
性別:♂
HP:1037/1200(+120)
MP:783/1247(+120)
SP:975/1168(+120)
レベル:20(+6)
ATK:812(+90)
DEF:812(+90)
INT:852(+90)
MND:812(+90)
SPE:1177(+120)
スキル:
『鑑定 :レベル10』
『状態異常耐性:レベル3(+1)』
『貪吸:レベル2(+1)』
『体術:レベル9』
『猛毒攻撃:レベル10』
『毒生成:レベル10』
『薬生成:レベル2(+1)』
『毒魔法:レベル9(+1)』
『隠密:レベル8(+1)』
『危険予知:レベル8』
『早熟(微) :レベルー』
『水棲 :レベルー』
『陸棲(微) :レベルー』
うっひょ~!
数日ぶりのお肉だぜ!
ここ数日はもっさりとした感触しか味わってなかったからな。
いただきます!
うん、貝類の肉は異世界に来て初めて食べたけれど、非常に美味である。
はい、ごちそうさまでしたっと。
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