番外編 百花繚乱のあけおめ話


「百花。人らしいことをしたい。故に、夜更かしをして初日の出を見よう。」


水草庵を出た途端。真顔で妙な提案をする姿があった


『却下する。何を吹き込まれた繚乱。吾らは刀。人に非ず。』


それをもう片割れがバッサリと切り捨てた


この二人は百花繚乱と呼ばれる刀神。天照保管の妖刀である

二振りの脇差であり、二対一本の刀神である彼らは常に行動を共にしている

いつもならば生気のみを取り込み、食事はせず。睡眠すら刀であるから取っているのか怪しいという二人である

それがこんな言い争いをしているのには訳があった。そう。今しがた出てきた水草庵だ。鵺の騒動から日が空いて、街は落ち着きを取り戻しつつあるが未だ復興中。とてもではないが街中を自由に散策できる状況ではなかった

そこで二人は他の神たちが集まるこの水草庵で時間を潰していたのだが…どうにも兄妹刀である繚乱が俗世に染まった神に何やら吹き込まれたらしかった


『日の出など字の如く。陽が昇るに感動などない。それを確かめられるのは人だけだ。今に生き、昨日の陽の明かりを覚える者だけがそれを確かめられる。』


「問題はない。なればこそ日の出を見たい。は人を知りたい。」


またも無表情に言葉を返した女の姿に、ぴくりと男の姿が眉を顰めた

繚乱と呼ばれる女の姿よりも幾分か感情的らしい男の姿。百花はため息混じりに繚乱の願いを聞き入れた


『無為。それど望むのならば刀へ戻れ。吾らに与えられた生気は少なく。寅の刻までわれが表立つ。』


「承知した。この契り。果たせよ。さもなくば、拗ねる。」


『違わぬ。』


刀の姿へと戻った繚乱を手に必要な場へと歩を進める

天照にあって陽を眺められる場所は限られてくる。だからこそ事前に確保しておかなければいけないのだ



「…し、これでよし。あとは峰柄の方か。あっちはまだ残ってる連中がいるんだろうなぁ……うぅ、さぶさぶ。俺は早く仕事を終わらせて帰らせて貰いますよぉーっと。

しっかし、誰も居ないのにどうして鍔迫りの音なんて。誰か大音量で時代劇でも見てたのかね。」


時は経ち、見回りの者が戸締りをする時間。天照の施設内でももっとも背のある区画の屋上。その扉の隅に百花は佇んでいた

今夜の見回りを任されたガードマンはきっと子年の生まれだったのだろう。でなければ"たまたま"扉の傍に立っていた刀神を見落とす筈はないし、"たまたま"掛けた筈の鍵が実は開いたままだったなどとあり得る訳がない

彼のもっとも不幸だったことを挙げるとするならば、聞こえてきた鉄の音を刀の鳴る音だと気づいてしまった勘の良さだろう。新年早々上司に小言を言われることになることもあったかも知れない。もっとも、これがこの刀神の仕業だと気づくことが出来なければの話であるが


そんなことなどどうでもよい犯人は鍵がちゃんと開いていることを確かめた後、後になって様子を見に彼が戻ってこないよう寅の刻まで見張り番をすることにしたのだった


「百花。刻限だ。ここからは吾が表立つ。」


『………。』


この二人にとって無言とは肯定であり否定。繚乱の無言とは否定であり、百花の無言とはすなわち肯定である。という不思議なルールがあった。話せる言葉に縛りがあるゆえの二人の為のルールである


ガチャンと少し錆び付いた扉を開けて外気にさらされる

刀神であり、鉄である二人にとってはこのくらい何のことはないものだったが、人はこの風をどう感じるのだろうか。寒いと感じたのだろうか


「寒いな。着物を着替えてくるべきだった。」


と刀に戻った百花に聞かせるでもなく、独り言として言ってみるが実感は湧かない。知らない感情を再現して感じてみせるなどできる訳もないのだろう

高い格子から下を覗いて見ても、辺りを見渡しても人影は見当たらない

ところどころ明りのついた部屋が完全な静寂の妨げになっているだけだ

鳥の鳴く声も聞こえないと昔、蔵に在った日を思い出すなとふと思った


卯の刻が近づくに連れて空の端が明るみ、宵色のスクリーンが真っ赤に染まる

じわじわと目に照り付ける白さを前にして、人は何を思って初日の出を見るのか知らないことに気づいた。あの神に詳しく話を聞かなくてはいけない。今からでも間に合うだろうか。理解してここに戻ってくるまであの陽は止まっていてはくれないだろうか


水草庵へ行こうと陽へ背を向けると背後に百花が姿を現していた


「水草庵へ行く。初日の出の意味をそこで聞く。」


『不要。初日の出とは縁起物。人はこの陽に己の幸を願うもの。

満足か。ならばもう戻れ。』


「………。」


『解せぬ。満足のゆくまで好きにせよ。』


もう一度陽を振り返ればもう半分ほどが姿を見せていて、もう終わりが近づいているのだと理解した


キン…と鉄の鳴る音がする。景色は変わり、無骨な格子はなくなり風情のないコンクリートの床は低草の茂る土に。雲を見下ろす山の幻覚まぼろしに上る天照


『無用なことだが。人は。高き山に登り陽を眺め、己の幸運を願う。今日の日の出とは、年で初めての日の出。初めてとは特別で。特別とは縁起が良い。

その特別にあやかろうと、陽に近づける山へ登り、特別に見えるものは美しく思えるのだ。人とは浅ましく単純なものよ。』


「理解した。この景色は。陽が昇ると言えば容易い。

けれど、それに価値を付けたがる。そしてその価値は思い出と呼ばれるのだろう。吾にはこの陽が美しいものであったか測るものさしはない。けれど、この陽を共に見たという思い出が残った。これが大事か?」


『答えは持ち合わせず。己が決めよ。吾は先に戻る。』


「そうか。ならば共に往こう。この問いは人を解するものと考える。

ならば人に問うのが早い。起きている者を探そう。」



ガチャンと閉じた扉が陽に照らされ、きらきら輝く朝露が零れ出す頃。悲しくも丑年の厄を抱えることになった刀遣い達に質問攻めという最初の受難が降りかかった

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