一話完結 ヒーローになるってこと


走る。走る。走る走る走る。


息切れ。嗚咽。眩暈。耳鳴り。怖い。走れ。


『たすけてチカ』


震える手でようやく打ち込んだメッセージが液晶に残っている



――― ポコンっ


暗がりに取り残されたスマホから軽快な音が鳴った




はぁ…!はぁ……!はっ!…っ!!


溢れかけた息を飲み込んで、膝を打ち走る

目に入るのは繋がらない発信画面。止まらないコール音


「どこにいんのよ……はぁっ…つーか出ろやっ…っ!」


メッセージの受信履歴は20分前。デジタル表記の時計が1分を刻む度に心臓が締め付けられる。焦りが喉から這い上がってくる。もしかして、を思うと今までの記憶がなくなって右も左も分からなくなりそうになる。

ダメだ。冷静になれ。クールになれ姫野千果咲!

アイツはいつもの行きつけの店が結界に飲まれて、ぶーたれてた。天照は結界内の住人に避難指示を出して、追い出したけど結界のその中身は公になってない。だからきっと軽い気持ちで入り込んだんだ。ひょっとしたらって店に向かったかも知れない。夜が続くとか月が二つあるとかヤバイって浮かれて…襲われたんだ。あーしが探さなきゃ。その為に天照に入ったんだから。守る為に今は走る。走って見つけるんだ。とにかく!


見慣れた筈の道も夜になると途端に様相を変え、牙を剥く

突き刺す冷気。どこまでも張り付いてくる静寂の目。こっちを見下ろす道路標識

しんと静まった空気が頭に染み込んで目を冴えさせる


「多分…この辺。シャッター降りててあんまり自信ないけど。

…どこ。いる筈。大丈夫。きっと間に合っ……ッ!」


息切れとか鼓動とか耳に煩く響いていたものが全て吹き飛ぶ

道端に落ちて虚しく鳴り響いていた液晶の灯り

自分でも驚くほど早く駆けつけて拾い上げていた。投げ捨てられたのか液晶が割れているし、ケースも傷だらけだ。でも、確かに画面にはあーしの名前と着信中の文字

勝手に倒れそうになった膝を叩いた。大丈夫。周りに血の痕は無い。まだ諦めるな。ここで諦めたらアイツは助からない。助けられるのはあーしだけなんだ。


また走る。この道を逃げたのなら行きそうな場所は分かる。この先にはガレージがあって誰の家か分からないけどいっつも開いてたから…

…小型犬とは違う太い鳴声。クロイヌだ。威嚇し吼える影が見えた瞬間。冷静さなんてものは初めから無かったかのように消え去る


叫びながら豊和を引き抜いて、驚いたようにこちらを振り返る一体に斬りかかる。浅い。まだ斬れてない。斧みたいに振り下ろした刀をもう一度叩きつける。よし。

一匹仕留めた時、車の下に潜り込んで震える友人と目が合った。


よかった。生きてた。


左腕に激痛。頭から熱湯を被ったみたいに視界が真っ赤に痛む

噛み付いてきたもう一匹に豊和を突き立てて霧散させる

そこで気づいた。あーしの刀。折れたままだった。新しい刀の手配が遅れてるとか言ってそのままだったんだっけ。

…どうでもいいや。ゆぅか守れたし、あーしも鱗のお陰で痛いだけだし。


「…お待たせ。待った?助けを求める声に応えて、ヒーロー参上!ぶいっ」


へらと笑って手を差し出す。目に映ったのは怯えてその手を拒む姿


……?

…。

……。

………。


…あ、そっか。あーしが怖いんだ。刀一本でバケモノを殺すあーしが。

当たり前だと思ってた。妖魔は倒せる。怯えるだけの相手じゃないって。

でも、ゆぅかは違う。ううん。他のみんなも。逃げるしかないんだ。

出会ったら逃げて。掴まったら殺されて。叫んだって助けが来る保証は無い。

それが”フツーの人”だったんだ。…いつから忘れてたんだろ。


だったら。だったら…。


「…はい。天照・鯉朽隊所属の姫野千果咲です。明けない夜結界内で一般市民を保護しました。

怪我は…ありません。ただ、一人での護衛は厳しいです。GPS送ります。応援送って貰えませんか?

……分かりました。ありがとうございます。」


通話終了のボタンをタップしてのそのそ這い出てきた姿を振り返る


「そーゆーことだから。とりまそこ隠れてて。あとアンタのスマホ。まだ使えんじゃない?

じゃ、あーしはもう行くから。パイセンのお迎え待ってなよ。」


あぁ…違う。こんなことを言いたい訳じゃない。嫌われたくないから。傷つきたくないから突き放す。もう友達でいられないかもって思ったから…ダメだ取り消せ。それが出来ないからあーしは


「ばーか。」


言い放ってガレージのシャッターを勝手に降ろす。閉じ切る前に外に出た

一緒の空間には居られなかった。でも、離れることも出来ない。

…足音。でも応援の到着予定時間よりずっと早い。なら答えは簡単。


「何か用?あーし今ちょー機嫌悪いんですけど。

それともさっきの奴の飼い主?ならあーしから文句あっから。

躾くらいちゃんとしてよね。それにあーし噛まれたんですケド?」


フォンと豊和鈍器を振って駆け出す。相手は鎧も着てないオチムシャだ。

距離詰めて叩けば良い。それでおしまい。…それだけだ。


ガキンと刀から鳴っちゃいけない音がした。見なくても分かる。防がれてる。

もう一回打ち下ろす。斬れないならもう一回。もう一回。もう一回!

あーしは剣技とか流派とかがさっぱり分からない。型にこだわる理由とかも理解できない。刀で斬れば妖魔は倒せて、妖魔を倒すのがあーしらの仕事。

斧や木槌でも振ってるかのように何度も何度も相手の刀を叩く

もいっこ。今のあーしは機嫌が悪い。なーにも考えずにストレス発散したい気分。


この妖魔はツイてなかったんだと思う。

一つ。あーしの友達を襲った。

二つ。喧嘩しててあーしの機嫌が悪かった。

三つ。初撃を防いでしまった。

刀を構え直す暇も無いくらい何度も何度も鉄塊を叩きつけられてついに刀ごと兜割りにあって霧散していった。

もう折れてるけど、この豊和はダメになっちゃったと思う。振るとなんかカタカタ音が鳴る。


その後、応援に駆けつけた先輩から聞いた話だとあーしが斬ったのはツジキリって命名された新しい妖魔だったらしい。オチムシャの数段は強い奴。でもそんな感じしなかったし多分違う。


ゆぅかは先輩が誘導して避難所まで連れて行かれた。あーしも腕を噛まれたって言ったら検査の為に本部に戻されて、まっずい魔薬を無理やり飲まされた。

ゆぅかは避難所に向かうまでずっと無言であーしも話しかけようとは思わなかった。色々あったし喋れないのは仕方ないとは思う。でも…元通りの関係にはもう戻れない気がした。


ヒーローって孤独なんだと知った。助けを求められはしても助けてはくれない。

強いから、頼れるから慕うんじゃない。その人にとっての味方だから慕ってくれるんだ。



ずっと一緒に居られる友達。…あーしも欲しいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る