華とストラップ
俺は自分の誕生日を知らなかった。だから、書類には一月一日と書くようにしている。
誕生日が大切な日だと思わなかった。
だから俺は花園の誕生日をいつも忘れていた――
俺が田中とカフェに行く約束をしたのに、いまだ行っていない事を花園に言ったら怒られた。
「藤堂、せっかく女の子が行きたがっているなら、すぐに決めなきゃ駄目よ」
「そ、そうなのか? 適当に時間を決めてカフェに行くつもりだったんだが」
「……カフェに二人でって、デートと変わんないでしょ? 一緒に目的の場所に行って……お喋りして、他の所も見て――」
「ジュ、ジュースを飲んだら帰ろうと思っていた――」
「もう、駄目よ……。じゃあちゃんと予行練習しなきゃね……。だって、あんた田中さんの事――良い子だと思ってるでしょ?」
「あ、ああ。田中は良いやつだ」
その言葉を聞いたときの花園は遠い目をしていた。
ということで、俺と花園は週末に出かけることになった――
俺が田中と一緒に出かける予行練習らしい。
家が近所なのに、わざわざ駅前で待ち合わせをして会うことになった。
待ち合わせに時間ちょうどに着くように俺は調整して準備をする。
洋服は花園に選んでもらったもの。
髪型も普段よりも整えてバッチリである。
駅前に着くと、花園の姿が見えた――が、誰かに話しかけられていた。
「す、すみません。英語喋れなくて……わ、わ、あっちに交番あります――」
旅行者風の外国人の男二人組が花園に話しかけていた。
男たちの言葉を聞くと……花園と出かけたいようであった。
――悪いが、それは出来ない。
『ねえ、俺たちと遊ぼうぜ! こいつ可愛いな……どうせ日本人なら付いて来るだろ』
『ははっ、違いねえ。英語もできなさそうだけど、関係ねえな。とりあえず『可愛い』言ってればいいんだろ?』
『間違えねえ!!』
俺は花園と男たちの間に入った。
……南仏訛りのフランス語か。
困っていた花園は俺を見ると、安堵のため息を吐いた。
「あっ、藤堂……よ、良かった……」
俺はフランス語で男たちに引き取るようお願いした。
『フレンチか? 英語とどっちがいい? 答えないならフランス語で喋るぞ。お前らは消えろ。こいつは俺の女友達だ』
どうしてもフランス語で喋ると汚い言葉づかいになる。あまり好きじゃない。
『おっ! こいつフランス語喋れるじゃん! ねえねえ、その子の通訳してよ〜』
『おい――もうやめようぜ? あっちのミニスカガールにしようぜ?』
俺は躊躇無くポリスに電話をかける。
110番である。
無理やり連れて行こうとするのは犯罪だろ?
『今、警察に電話している。――日本の警察なめるなよ? お前らから感じるのは嫌な匂いだ――あ、警察ですか? 今外国人に絡まれています。――ちょっと返事して下さい――ああ失礼日本語に戻す』
『おい、こいつやべえぞ!?』
『ポリスに電話しやがった!? 逃げるぞ!!』
外国人の男たちは走り去っていった。俺は男たちの姿形を警察に伝えて、電話を切って花園に向かい合った。
不安顔の花園であったが、すぐに顔色を取り戻した。
良かった。友達に何かあったら俺は――
花園はいつもよりもおしゃれさんであった。
長い黒髪が光に照らされて綺麗であった。
思わず俺は息を飲んでしまった。意識していなかったけど――花園は女の子なんだ――
……何か喋らないと。花園の不安をなくさないと。
「――お、遅れてすまない。……い、い、いつもよりも、ふ、服が、か、可愛い」
「……ぷっ、はははっ!! ううん、時間は丁度だったよ? ふふ、助けてくれてありがとね。……それに、可愛いって言ってくれて嬉しいよ。でもね、そういう時は服って言わないの!」
「あ、ああ、次は気をつける」
「それじゃあ行こ!!」
満面の笑顔を俺に向けて、花園は歩き出した。
俺と花園はまず映画館に向かった。
映画館まで歩きながら俺たちは雑談を繰り広げる。
「えっと、藤堂と二人っきりで出かけるのって久しぶりだね……。うん……また出かけられて……本当によかった」
「ああ、花園は素直じゃないからな。俺には理解出来ない事が一杯だった」
「う、うん……そうだったね。ふふっ、懐かしいね。私って本当に馬鹿だったんだなって思っているよ。あの時もっと素直になってればね」
「だが、俺が普通に話せるのは今でも花園だけだ。……感謝している」
「田中さんだって大丈夫よ。きっと今度のデートは楽しくなるわよ?」
「そ、そうか?」
「……大丈夫、藤堂は変わってきたから。それに……私の全面的なバックアップがあるんだよ? 信用してね!」
「ああ――信用している。誰よりも――」
「ば、馬鹿……もう、藤堂は素直すぎるんだよ。でもそこがいいんだろうね……」
そういえば、俺は花園に疑問があった。ちょっと聞いてみよう。
「ところで、花園はなんで、好きじゃない御堂筋先輩の事を好きって言ったんだ? 今でもそれがよくわからない。もうリセットした感情だが、俺には理解出来なかった」
花園の足が止まった。
「……ははっ、やっぱり、キツイな……でも……ううん、一緒にいられるだけで――」
大きく深呼吸をして花園は俺に言った。
「それはね、藤堂……恥ずかしかったのよ。友達に茶化されて、藤堂の事も馬鹿にされると思って……。とにかく、私が馬鹿で素直じゃなくて、周りの目を気にしていたの。好きだったのにね。藤堂は絶対私の事が好きっていう馬鹿な自信があったからかな……」
俺の頭が混乱しそうになった。
「す、すまない。理解出来ない……」
「うん、理解しなくていいの。簡単に言うと、私の照れ隠し。そう……馬鹿な照れ隠し……」
「なるほど……友達付き合いも大変なんだな――」
俺はわかったようで、理解していなのかも知れない。でも、花園は一から友達としてやり直してくれると言ってくれた。
消した前の俺の感情はもうわからない。
それでも――俺にとって、花園は特別なんだろうな。
「……花園」
「うん? なに?」
「――俺もきっと好きだったんだろうな。……それがどんな感情だったかは、もう思い出せないが、……努力してみせる」
花園の鼻をすする音が聞こえた。
「――馬鹿……、いいの。その気持ちはね……努力じゃなくて……自然とできるものなの……だから……藤堂は前を進んでね。今度は私が頑張るからさっ!」
人の感情の難しいところはわからない。
でも、俺は――
「映画だろ? 時間になってしまう。急ぐぞ」
花園はくしゃくしゃな顔で頷いた。
やっぱり、感情豊かな花園の顔は素敵だなって思った。
恋愛映画であった。
寝取られた男が過去に戻って、彼女とやり直す話だ。
感動のフィナーレでは、お客さんが大勢泣いていた。隣で座っている花園も大泣きである。
映画をエンドロールまで見て、俺達はカフェに移動した。
ジュースが美味しいカフェである。俺はここが非常に楽しみであった。
行ったことがないのに、俺は田中を誘ってしまった。
花園は未だ映画の結末を引きずっている。
「ひっく、ひっく……、ヒ、ヒロインがかわいそう……」
「そ、そうなのか? ど、どこらへんが?」
「主人公が駄目駄目過ぎて、ヒロインが全部犠牲になって――」
「そうか……なるほど、俺の予測は間違えてなかった。やはり主人公は駄目男だったんだな」
俺は花園に映画の内容を解説してもらいながらジュースを嗜む。
ジュースの味に衝撃を受けた。既存のジュースとは一味違う。値段もさる事ながら、クオリィティの階位が一つ違う。
「あのね、映画とか小説はね、感情移入ができるのよ。……経験したことがない話を映像を、活字を通して体験できる。……すごいよね」
「ああ、ところで、次はどこにいけば良いんだ?」
花園の眉毛がピクリと上がった。
ちょっと怖い。
「もうっ! カフェに入ってまだ20分でしょ!? 映画の話をしながら雑談をするの! ……田中さんとケーキを食べた時だって雑談したでしょ?」
――あの時は話が弾んで、時間を忘れるほど喋ることが出来た。
「あ、ああ、失礼」
そうだ。今はゆっくりとした時間を過ごせばいいのか……。
花園は嬉しそうに俺に話しかけてくれる。俺は言葉をつっかえながらも返答をする。
緩やかな時間が流れる。
気持ちが安らいで行くのを感じた――
ショッピングに向かった。
向かう間に俺はスマホをピコピコ操作して色々確認をしていた。
「うん? メッセージ? 田中さんかな?」
「まあ、そんなようなものだ。ところで、俺は行きたいところがある」
「め、珍しいわね? あっ、田中さんにケーキのお礼のプレゼント探さなきゃね! 話聞いていると、バイト先でお世話になってるもんね!」
「ああ、一緒に選んでもらえると助かる」
俺たちは雑貨屋さんに移動をした。
女の子が好みそうな雑貨が沢山を置いてある。どのような用途で使うかわからないものだらけだ。目的の場所と一致してるから好都合だ。
「田中さんか〜、おしゃれだからね……あんまり高額じゃないものがいいよね」
「そうなのか? ……これはなんだ?」
「これは美顔ローラーよ。……ねえ、田中さんの趣味ってなに?」
「……わからない」
「う〜ん、じゃあ好きそうなもの……あっ、このストラップ可愛い!! でも田中さんの趣味じゃなさそうね……。入浴剤とかどうかな?」
花園は小さなぬいぐるみが付いたストラップを置いて、入浴剤を手に取った。
「……あっ、風呂は好きだって言ってたぞ。花園それだ」
「……プレゼントは色々考えてから買うの! ほら、その方が心がこもるでしょ?」
「そういうものなのか? では俺はあっちを見てくる。何かあったら連絡する――」
俺たちは別れて田中のプレゼントを探した。
が、結局一番初めに見つけた、おしゃれ入浴剤を購入する事にした。
入浴剤を店員さんに綺麗に包装してもらい、俺はカバンに入れる。
花園は満足そうな顔であった。
ショッピングセンターを出ると、もう暗くなっていた。
「うわぁ〜、結構遅くまでいたね? ふふっ、プレゼント買えて良かったね?」
「ああ、素晴らしい買い物であった」
街の明かりに照らされて、俺達は自然と帰路を歩く。
待ち合わせなんて必要がない近所の幼馴染。
幼稚園の頃はよく遊んでいたらしい。……その記憶は今はない。
でも、再会した時は懐かしい匂いを感じた。
帰り道、俺達の口数は少なくなっていた。
花園は満足そうな顔で嬉しそうな歩調で歩く。
俺たちは自然とゆっくりと歩いていた。
名残惜しかった。花園と出かけてすごく楽しかった。
こんな楽しい日が続けば良いと思った。
――俺が、もっとまともだったら。
急に罪悪感が俺の胸を締め付ける。
俺が普通だったら、花園はもっと幸せだった。
どうして……俺は……人の心がわからないんだ――
心が突然叫び出す。
普段の俺からは考えられない葛藤が生まれる。
花園は俺の異変を感じ取ったのか、俺の顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫? 顔色――悪いよ」
大丈夫という言葉が出ない。
自分という存在が情けなくて――悔しい。
声が漏れて出た――
「リセット……なんて……出来なければ――良かった――」
また、顔から汗が出そうになる。大丈夫、我慢できる。
背中に柔らかい感触が――
花園が俺の背中を優しくさすってくれた。
「大丈夫――大丈夫――藤堂はリセットしても変わらないよ。大切な思い出は……きっと残ってるよ? ……それに、藤堂はちゃんと成長してるわ。……ほら、私がそばにいてあげるからね――田中さんとだってうまく行くよ!」
胸が痛む。
あの時の痛みとは違う。
傷つけられた痛みじゃない。
俺のせいで、友達が傷ついたかも知れない――
花園の声を聞くと――それが和らいでいった――
俺は声を絞り出す。
「花園――」
「なに?」
俺はカバンから包みを出した。
田中に相談した。『可愛いって言ったものを買えばいいじゃん?』と言ってくれた。
だから、俺はこっそり買っておいた――
「誕生日、この前だっただろ? ……受け取ってくれ」
花園は驚いた顔をしていた。
まさか自分が何かもらえるとは思っていなかったようだ。
「花園は友達だ。――俺の大切な――友、達だ。――ありがとう。俺の気持ちだ」
花園は恐る恐るプレゼントを受け取り……包みを解いていく。
ストラップが出てきた時、花園は口を手で覆った。
「と、藤堂……、わ、私……ひぐっ……私……」
違う、泣かせたかったわけじゃない!? 俺は、喜んでもらいたくて――
オロオロした俺を見て、花園は笑い出した。
「……馬鹿……違うよ。嬉しくて、嬉しすぎて……泣いちゃったの……。藤堂、ありがとう。一生大切にするよ……」
俺は花園から目が離せなかった――
胸が高鳴って、体温が上がっているのがわかる。
ただ、花園の笑顔が――美しかった。
俺の自虐的な心が封じこまれ――俺は花園を抱きしめたくなった。
俺の身体が勝手に動く。
「えっ?」
抱きしめるなんて恥ずかしくて出来ないから――俺は花園の手を握って……歩き出した――
花園はストラップと、握っている手を嬉しそうに見ながら――笑ってくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます