2-6 夕闇に集う
男子寮と女子寮の分かれ道で日々也たちを見送ったカミルは、そのまま普段通りの足取りで自分の部屋へと歩いていった。自室の扉を開け、大きな音を立てないよう注意しながら後ろ手で静かに閉める。
その後の彼の行動は早かった。
壁に掛けてあるウエストポーチを掴むと中身をひっくり返し、代わりに救急箱から必要になりそうな物を片っ端から詰め込んでいく。そして、それを腰に巻き付け、竹刀袋を背負い、鍵もかけずに部屋を飛び出した。
憲兵だけに任せるなど嘘も嘘。
幼なじみと小さな友人が危険な目に遭っているのだ。放っておくことなどできるはずがない。
「やっぱり行くのね」
「当然」
呆れたようなロナの声に短く応え、カミルはとにかくひた走る。少し前まで感じていた疲労もどこかへと吹き飛んでしまっていた。
寮の階段を飛び降り、数秒とかけず外へ。来た道を戻り、とにかく少しでも情報を得ようと日の落ち始めた街に向けて走り出し、
「お、やっと来たな」
「もう! 遅いですよ、カミルさん!」
危うくずっこけそうになる。
そこには、先程しっかりと帰宅するところを確認したはずの日々也たちが待ちくたびれたと言わんばかりに立っていた。
「…………………………何でいるの?」
「ミィヤちゃんたちを助けに行くんですよね? 私たちもお手伝いしますよ!」
「ち、違うよ。今日は、ちょっと………外食でもしようかなって思っただけだよ」
「目が泳いでるぞ」
日々也の指摘に閉口してしまうカミル。ぐうの音も出ないとはこのことだ。
普段であれば、もう少しまともな誤魔化し方もできていたかもしれないが、想定外のことで知らず知らずのうちに動揺してしまっていたのだろう。
こうなってしまっては仕方がない。帽子をかぶり直し、少年は諦めたようにため息をつくと、
「二人とも、分かってるの? 何があってもおかしくないんだよ? もしかしたら、怪我だけじゃ済まないかも……………」
「そんな危ないことに、カミルさんが一人で首を突っ込もうとしてるのを放っておくなんてできませんよ! それに、ミィヤちゃんたちが心配なのは私たちも同じなんですからね!」
そう言って、リリアは腕を組んで鼻を鳴らした。どうやら決意は固いらしい。
ここまで覚悟を決めた彼女の説得は難しそうだと判断し、カミルは右目だけで日々也へと視線を送る。
「ヒビヤ~~~」
「僕に言うなよな。召喚者のこいつがこう言ってる以上、どうしようもないだろ。………クラスメイトが事件に巻き込まれてるのが分かってるのに知らんぷりしたら、寝覚めが悪いってのも事実だしな」
その言葉にカミルは苦い顔を返す。
普段の態度から、日々也であればもっと堅実な考え方をするはずだと思っていたのだが、当てが外れてしまった。しかし、今回の件に関わることがある程度の危険性をはらんでいるのは確実なのだ。彼らの気持ちがどれほど嬉しくあっても、容認するなど到底できるものではない。
一体どう言い含めたものかとカミルが頭を悩ませる中、口を挟んだのはロナであった。
「別にいいじゃない。二人にも手伝わせてあげなさいよ」
「ちょっ、何を言ってるのさ!?」
意外な一言にぎょっとするカミル。この精霊は自分の言葉が意味するところを理解した上で発言しているのかと疑いたくなるほどだ。
そんな少年の胸中などつゆ知らず、ロナはまるで他人事のように続ける。
「一人よりそっちの方が効率的でしょ? 万一のことがあったときには対処しやすいでしょうし。それに、最悪その子たちだけでもミィヤたちを探しに行きかねないわよ?」
「でも………!」
「カミル」
なおも食い下がろうとするカミルの名を、ロナが呼ぶ。
あまりにも冷え切った、氷を思わせる声音に思わず口をつぐんでしまう。
「私が何を言いたいのか、分かるわよね?」
「……………仕方ないなぁ」
暗に何かを告げるロナの口ぶりに、渋々といった様子でカミルは提案を受け入れた。
形容のしがたい、どこかおかしな印象を受けるやりとり。
だが、彼は日々也たちがそれを疑問に思う暇も与えず、早々に歩き出してしまう。
「そういうことだから、早く行こっか」
「ちょっと待った。手伝うって言っておいてなんなんだけどな。あてはあるのか?」
「あ! 私、分かりますよ! あの公園ですよね! 『現場百回』ってやつです!」
「違うよ。専門家ならともかく、捜査の方法なんて知りもしないボクたちがそんなことしてどうするのさ。公園にあれ以上の情報があるとも思えないし」
「じゃあ、どこに行くんだ?」
「適当。怪しいところを片っ端から当たってみるんだよ」
「…………………………は?」
帰ってきた予想外すぎる答えに、日々也の思考が停止する。
まるで、出来の悪い冗談でも聞かされたような気分だった。いくら何でも強引、かつ考えなしすぎる。詰まるところ、それは行き当たりばったりということではないか。あれだけ勇ましく飛び出してきたくせに、本気でその杜撰な手法で何とかするつもりなのかとツッコむのも忘れ、立ち尽くさずにはいられない。
そうして、呆然とカミルを眺める日々也の背をリリアが軽く叩き、
「どうしたんですか? 私たちも急がないと!」
「いやいやいや! 急がないとじゃない! そんなんで見つかるなら苦労しないだろ!」
「ふっふっふ~。それについては、私にちゃんと考えがありますよ!」
自慢げに胸を張るリリアが懐に手を入れると、おもむろに何かを取り出した。
やたらとふわふわしていて丸っこいそれは、少女の腕の中で一声『キュウ』と鳴く。
「………そいつで一体どうしようっていうんだよ?」
「忘れたんですか? ルーちゃんの額には幸運の宝石が付いてるんですよ? つまり! この子を連れていれば、例え適当に歩いてもミィヤちゃんたちのところに辿り着けるって寸法です!」
リリアの提案した方法に、とうとう日々也は頭を抱えた。よくその程度のことで『考えがある』、などと豪語できたものだ。彼女の言い方も相まって、悪徳商法のキャッチーにでも捕まった気分になってくる。
しかし、意外にもカミルは真剣な顔で一度頷くと、
「そうだね。カーバンクルの幸運にあやかってみるのも悪くないかも」
そう言って、彼はリリアからルーを受け取り、器用に頭の上に乗せてみせる。
初めこそ居心地悪そうにしていたルーだったが、しばらくすると安定する体勢を見つけたのかどっしりと腰を落ち着けた。カミルもカミルで、落っことすどころかバランスを崩すことすらしない。
「お前、本当にそれで街中を歩き回る気か?」
「今は藁にも縋りたい気分だからね。ちょっと首は疲れるけど、文句なんて言ってられないよ」
「いや、そうじゃなくてな………」
言葉を濁し、日々也はカミルから目をそらした。そして、ただでさえ普段から人形のような精霊を侍らせているのに、ぬいぐるみじみた小動物をかぶってファンシーさが倍増したクラスメイトと一緒に行動したくないなぁ、という感情を胸の奥底にしまい込む。
とてもではないが、これから誘拐された友人を探しに行く姿には見えない。むしろ、大道芸人か何かと勘違いされてしまいそうだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ~」
「うわっ!?」
どこか緊張感の欠如した光景にげんなりし始めた日々也の眼前へ、ルナが不意に躍り出る。
驚く少年を見て、青い精霊は眠たげな目をさらに細くして軽く笑うと、
「別に~、ふざけてるわけじゃないからさ~。あれはあれでいいんだよ~。カミルは~、ちゃんと~、今できる最善の選択をしてるから~」
「最善の選択?」
「んふふ~、あてはなくても~、策はあるってこと~」
含みのある微笑を口元にたたえ、多くを語らぬ精霊はふらふらと漂いながらカミルの元へと戻っていく。
彼女の言葉が何を意味しているのか。その真意は分からない。だが、考えても答えが出ないこともまた事実だ。策があるというのなら、それに乗っかってやろうじゃないかと日々也もまたカミルの後に続く。
「あ、そうだ」
瞬間、思い出したようにカミルが声を上げた。
「もし何かあったら、ボクのことは無視して二人だけで逃げていいからね。というか、そうして」
「それやっちゃったら、私たち薄情者なんてもんじゃないんですけど!?」
リリアの叫びが夜道にこだまする。しかし、白帽の少年も双子の精霊も応えはしなかった。
彼らが見据えるは、ぽつぽつと明かりの灯り始めた夜の街並み。そのいずこかへと連れ去られた大切な友人を助け出すという目的のみであった。
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