2-4 サクラと二人の精霊

 魔法雑貨店のコノハナからほど近い場所に、公園が一つあった。とはいっても、あくまで木材やロープで作られたブランコやシーソーなどの遊具がいくつか並ぶだけの小さくて簡素なものである。

 周囲は商店ばかりで人家があまりないということもあり、昼下がりでも集まる者は多くない。

 そんなよく言えば静かな、悪く言えば裏寂れた公園の一角に設置されたベンチに、息を切らせた男女が一組座り込んでいた。

 日々也とリリアである。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……………」


「はぁ、はぁ、はぁ……………」


「………リリアお姉ちゃん、ヒビヤお兄ちゃん、大丈夫?」


 ぐったりとした二人を心配して、サクラが顔を覗き込む。しかし、それに応えるだけの体力すら残ってはいなかった。代わりに軽く手を上げて、少しだけ休ませてほしいことを日々也が伝える。

 ルーを抱えてオロオロする少女には申し訳ないが、本当にもう限界であった。

 子どもの体力の多さを侮っていたことを痛感する日々也とリリア。疲労度だけで言えば、もしかしたらアレウムと戦っていたとき以上かもしれない。


「あれ? ヒビヤにリリアちゃん? 二人とも、こんなところで何してるの?」


 かたや宙を仰ぎ、かたやうなだれて、それぞれに全身で疲れていることを表現している日々也たちの耳に聞き慣れた声が届く。もはや首を動かすことすら億劫だと言いたげに顔を向ければ、そこにいたのはこれまた二人組の少年少女。違うのは、そのそばに双子の精霊が侍っていることであろうか。


「カミルさんに………ミィヤちゃん…見ての通り、サクラちゃんと遊んでたところ……ですよ」


「いやぁ、見ての通りだったら、遊んでるようには見えないんだけどニャア」


 そう言って苦笑するミィヤ。

 全くもってその通りで返す言葉もないのだが、その程度のことを口にする余裕もない。できるのは、せいぜいが困ったように笑い返す程度だ。


「カミルお兄ちゃん、ミィヤお姉ちゃん、こんにちは!」


「こんにちは、サクラちゃん」


「こんにちはだニャア」


 カミルたちの姿を認め、サクラは人懐っこく二人に近づく。彼らもまたハクミライトに入学して以来の常連さんであり、彼女にとって大切な友人たちであった。


「今日もウチでお買い物?」


「うん。魔法薬学の授業で使う薬草があってね。ところでヒビヤたちがずいぶん疲れてるみたいだけど、何して遊んでたの?」


「鬼ごっこ! だったんだけど………」


 申し訳なさそうに、サクラがベンチでへばっている二人を見る。あまりハードな遊びのつもりではなかったにもかかわらず、こんなことになってしまうとは彼女も思っていなかったのだろう。


「全く、だらしないわねぇ」


 そんな日々也たちを見下ろしながら、ロナがなじる。

 その高飛車な物言いは普段と変わりない。しかし、平時ならともかく、疲労困憊の影響で精神的にも余裕のない少年には少しばかりカチンときた。

 日々也は頭上近くを漂う小さな人影を不満げに睨みつける。


「だったら、お前が相手してやれよ」


「嫌に決まってるでしょ。どうして、わざわざわたしが子どもの面倒なんか……………」


「あっ! ロナちゃんだ!」


「ひっ!」


 生意気なことを口にしようとしていたロナが、赤い精霊の存在に気づいたサクラに名前を呼ばれた瞬間、小さく悲鳴を上げて少女から距離をとった。

 いつもの傲岸不遜な態度からは想像もつかない姿に、さすがの日々也も面食らう。


「急にどうしたんだよ?」


「なっ、何でもないわよ!」


 そうは言うが、ロナの声は明らかに震えている。何やら様子がおかしいのは誰の目にも明らかだ。


「いや~。私たち、サクラちゃんのことがちょっと苦手なんだよね~」


 日々也の疑問に答えたのはルナであった。

 その言葉通り、彼女もまたサクラを警戒しているらしく、盾にするかのように契約者であるカミルの背後から顔を覗かせている。


「何かあったんですか?」


「実は初めて会ったとき、二人がサクラちゃんに人形遊びの代わりにされかけて……………」


「「あ~」」


 合点がいったとばかりに、双子の精霊へ同情の視線を送る日々也とリリア。

 カミルたちがこの街にやってきたのは中学に上がる頃らしいので、おおよそ3年前となる。つまりはサクラがまだ5歳のとき、初等部にも入っていないような時期だ。

 今以上に幼い女の子が目にしたロナたちは、動くし喋る、それはそれは大変に魅力的な『お人形さん』として映ったことであろう。そこから先、どうなったのかは想像に難くない。


「いい加減に許してあげたら? もう何度も謝ってもらってるんだし」


「アンタがジャイアントに鷲掴みにされた後でも同じことを言えたら考えてあげるわ」


 カミルの言葉を即座に突っぱねるロナ。どうやら、当時のことは彼女たちにとって相当辛いトラウマになってしまったらしい。いくら子どもであっても、自身と何倍もの身長差がある相手にじゃれつかれたのだから当然といえば当然ではあるが。


「あ、あの時は本当にごめんね! その、二人ともすっごくきれいだから、つい……………」


「ふん! そんな見え透いたおべっか程度じゃ許さないんだから! それに私が綺麗なことくらい、わざわざ口にするまでもないでしょ?」


「ちんちくりんが何を言ってるんだか……………」


「今言ったやつ、前に出なさい」


 ロナの言葉に従う者はいなかった。

 ただ、日々也とカミルが視線をそらす。それに対し、赤い精霊は『チッ』と舌打ちすると、


「まぁ、いいわ。私が本当の姿になったら、そんな口もきけなくなるだろうしね」


「本当の姿?」


 気になる発言に日々也が反応する。

 いや、彼だけではなかった。

 リリアとサクラまでもが、日々也と同様に不思議そうな顔をしている。いつもと変わらない様子なのはロナと彼女の妹であるルナ、それにカミルとミィヤの二人を加えた四人だけだ。

 これは相当に珍しいことであった。普段であれば、この世界に無知な日々也のためにリリアが丁寧に説明してくれるというのが通例である。にもかかわらず、そのリリアまでもが知らないときた。

 となると、今の話はこの世界の常識の範疇ではない内容。未だに未知の部分が多い精霊という存在にかかわる話ということだ。


「何? もしかして、本気で私がこんな小さい格好しかできないと思ってたの?」


「そう言われても、その大きさのお前しか見たことがないんだけどな」


 蔑みの目を向けるロナと、馬鹿にするように口元を歪める日々也。お互いにバチバチと音が立たんばかりに視線をぶつけ合わせる二人の仲介をするために、カミルがひとまずの説明役を買って出る。


「えー、っとね。ロナもルナも、普段は力を制御してるんだよ。本当は、僕たちと同じくらいの身長なんだって」


「ど、どうしてまたそんなことを?」


 そう問いかけるリリアの瞳は好奇心できらめいていた。

 一時は魔法が嫌いになったと語っていた彼女だが、やはり本質的には魔法使いということなのだろう。自らの知らない知識に触れられそうな雰囲気に、心躍るのが隠しきれないでいる。


「そ、それは……………」


「こっちの方が色々と便利だからに決まってるでしょう? 場所もとらないし、燃費もいいし。何より、乗り物があるから移動も楽だしね」


「ちょっと、待って。乗り物ってボクのこと?」


 カミルが抗議するようにロナを見る。しかし、それに対する返答はない。

 いつもの光景。普段通りのやりとり。そこに、日々也は僅かな違和感を覚える。

 理由はすぐに分かった。

 ロナたちの本来の姿とやらについて、カミルの説明が伝聞系であったのだ。彼女たちの契約主であるにもかかわらず。さらには、リリアの問いに対して動揺するようなそぶりも見られた。

 何かある、ということだろうか。

 自らの中に生まれた疑問を解消するため日々也が口を開こうとするが、それよりも先にサクラが動いた。


「ロナちゃんとルナちゃん、大きくなれるの!? 私、見てみたい!」


「嫌よ」


「えー? ちょっとくらいいいでしょ? お願い!」


「い・や・よ!」


 少女の懇願に取り付く島もないロナ。相手が子どもでも容赦がない。それどころか、今にも噛みつきそうな勢いだ。

 これはさすがによくないと思ったのか、ミィヤはなおも食い下がろうとするサクラの頭をポンポンと軽く叩き、


「サクラちゃん、無理強いするのはよくないニャア。相手の嫌がることはしちゃいけないって、お母さんからも言われてるはずだニャア」


「でもー………」


「そんなことより、ずっと気になってたんだけどニャア。さっきから大事そうに抱えてるそのカーバンクルはどうしたのかニャア?」


「あっ! 私! 私が召喚したんですよ、その子! ルーちゃんっていうんです!」


 まるで問題を出した教師へとアピールするかのごとく、リリアが素早く手を上げる。長年上手くできなかった分、自慢したくてしょうがないらしい。


「おぉ~、とうとう成功したんだね~」


「おめでとう、リリアちゃん。ボクも頑張らないとなぁ。あ、少しだけ触らせてもらってもいい?」


「カミルだけずるいニャア! 私もモフりたいニャア!」


 カミルがルーの耳裏を掻いたのを皮切りに、おのおのが好き勝手に毛玉のような小動物を撫で回し始めた。そして、会話の内容は双子の精霊から次第にカーバンクルの毛並みとかわいさがいかに素晴らしいかというものへと移っていってしまう。

 質問のタイミングを完全に逃した。

 日々也は小さくため息をつくが、『まぁ、いいか』とすぐさま考えを切り替える。どうせ、ほぼ毎日のように学校で顔を合わせるのだ。聞く機会などいくらでもある。

 それでも、やはり少しばかり残念だと日々也が軽く肩を落としたとき、


「あっ! もうこんな時間だ! わたし、お店のお手伝いに戻らないと!」


 ふと、公園に設置された時計を見たサクラが声を上げる。つられて日々也たちも確認すれば、針はもうすぐ3時を示そうとしていた。思った以上に長居していたらしい。そろそろ休憩していた人たちも街に繰り出し、どの店舗も賑わいを見せ始める頃だ。

 看板娘としてそんな時に店を空けるわけにはいかないと、腕の中のルーをリリアに渡したサクラは急いでその場を後にしようとする。


「待て待て。一人で帰ろうとするな」


 それを日々也が止めた。いくら場所が近いとはいえ幼い少女を一人で帰らせるなど、仮にも年上として容認できるものではない。それに、都合よくコノハナに用事のある者もいるのだ。一緒に行けば無駄がない。

 日々也が目配せをすると、意図を理解してくれたらしいカミルたちも無言で頷く。


「それじゃあ、サクラちゃん。ボクたちと一緒に帰ろうか」


「うん! ありがとう、カミルお兄ちゃん!」


 差し出された手を握りしめ、嬉しそうにサクラが笑う。そのままミィヤたちとともに歩き出そうとし、


「そうだ!」


 何かを思い出したかのように、唐突に足を止める。

 振り向いたサクラは全員の顔を順繰りに見回すと、


「お兄ちゃんたちが『ひま』だったらでいいんだけど、明日も遊んでくれない………かな? できれば、みんなで」


 子どもっぽいお願いに少しだけ頬を赤く染め、はにかみながら小首をかしげる。最後にその視線は、自分に近寄ろうとしない双子の精霊に注がれていた。

 やはり、嫌われたままというのは居心地が悪いのだろう。これを機に過去の失敗を清算したいという、少女なりの誠意なのかもしれない。

 そんな想いを精一杯に込めた瞳で自身を見つめるサクラに対し、ロナは鼻を鳴らして顔を背け、


「まぁ、気が向いたらね。あんたたちも、それでいいわね?」


「ボクたちは構わないよ」


「明日は学校だから、放課後になるけどな」


「………! 分かった! 絶対だからね! 約束だからね!」


 ロナの提案に反対する者は誰もいない。そのことに今日一番の笑顔を見せたサクラは、カミルたちに連れられ帰路につく。

 明日はきっと、今日よりも素敵な一日になる。少女はその未来を信じて疑わなかった。

 この時は、まだ。

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