2-3 魔法雑貨店『コノハナ』

 日々也の世界との相違点として、この世界には魔法雑貨店と呼ばれるものがある。その名の通り、魔法に使用される触媒を初め、各種魔法機や特殊な効能を持った薬草などを取り扱っている魔法使い向けの店だ。

 ここルエリカでは、国内最大規模を誇る魔法学園であるハクミライトを有している分、多くの魔法雑貨店が軒を連ねていた。品質重視の貴族向けブランド店もあれば、お手頃価格で庶民の味方な店などそれぞれの特色があり、自分の好みや懐具合に合った贔屓の店を持つ学生も多い。

 その内の一つ。『コノハナ』と書かれた看板を掲げる魔法雑貨店の中に、その少女はいた。

 椅子に腰掛け、不服そうな顔でカウンターに突っ伏する彼女の名はサクラ。魔法雑貨店コノハナの自称看板娘である。

 何故、『自称』なのか。それはサクラがあまりにも幼すぎるからだ。確かに顔立ちはかわいらしく、フリルのたくさんついた薄桃色の着物と長髪は目を引くものがあるが、さすがに齢8歳にして看板娘を名乗るのは無茶があり、大半の利用客からは『お店の手伝いをするいい子』くらいにしか認識されていない。


「暇だなぁ……………」


 ぽつりと、サクラがぼやく。しかし、その言葉を聞く者はいない。いや、むしろいないからこそ口に出したのだろう。

 父は仕事に出かけ、店の経営者である母と祖母は商品の仕入れ。今は残された彼女だけが店番を務めている状況だ。

 遠く東の島国から移住してきた祖母が、その伝手を利用して販売している商品の物珍しさも相まって、コノハナはハクミライトの学生たちの間でもそれなりの人気を博している。だが、現在時刻は昼の1時過ぎ。しかも、今日は休日である。誰も彼もが昼食後の一服を楽しむ時間に、客など一人も来るわけがなかった。サクラの母親たちが幼い娘一人に店を任せたのは、それを見越してのことでもあるが。

 とはいえ、まだまだ遊びたい盛りのお年頃。商売人の端くれとして、客前で愚痴をこぼすようなまねこそしないものの、小さい子どもにとって退屈とは最大の天敵である。外で体を動かしたい欲求に悶々としながらも、ふてくされるくらいは許されてもいいはずだ。

 そんな彼女が手慰みとしてカウンターに置いてある小物を指先で転がしていたとき、店の出入り口に設置された小さな鐘が来客を告げる音を響かせた。

 直後、サクラは即座に姿勢を正す。自称であっても看板娘を名乗る以上、お客様にだらしない姿など見せるわけにはいかない。


「いらっしゃいませ!」


 自らの役目を果たすため、少女は笑顔とともに入店してきた二人組へと元気に挨拶をする。店の扉はカウンターの直線上に位置しており、それが誰かはすぐに分かった。そして、来客の正体に気づいた瞬間、サクラの営業スマイルが自然なものへと変化する。


「リリアお姉ちゃん! ヒビヤお兄ちゃん!」


「こんにちは、サクラちゃん」


 椅子を蹴飛ばすように立ち上がって二人に駆け寄ると、サクラがリリアに抱きつく。本来なら店員としてあるまじき行為だが、この二人とは暇なときなら一緒に遊んでもらえる友達のような間柄だ。問題はないだろう。


「よう、サクラ。今日はお前だけか? アオイさんと、キクさんはどうしたんだ?」


 リリアに頭を撫でられて嬉しそうなサクラへと、日々也が疑問を投げかける。アオイはサクラの母親、キクは祖母の名前だ。


「おかあさんとおばあちゃんは、商品の『しいれ』に行ってるの。だから、今はわたし一人だけなんだ。ねぇねぇ、今日はどんな用事できてくれたの?」


 もしかしたら遊んでもらえるかも、と期待に胸を膨らませるサクラ。店番であったことを思い出し、すぐさま甘い考えを振り払うがそれはそれで構わない。例え遊べなくとも、一人で暇を持て余しているよりは誰かといられる方がずっといい。


「えっと、ですね。この子のご飯とか置いてないかなー、って思ってきたんですけど………」


 そう言って、リリアはフードの中からふわふわの毛玉を取り出した。サクラの目の前にさらされたルーがあざとく「キュウ」と鳴く。


「わぁ! かわいい! カーバンクルだぁ!」


「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう? ルーちゃんっていうんですよ~。ほらほら、撫でてもいいんですよ~」


「わーい! ふわふわ~!」


 手渡されたカーバンクルを抱きしめ、サクラはその肌触りを思う存分堪能する。微笑ましい光景ではあるのだが、このままでは本題からどんどん遠ざかってしまうと判断した日々也が小動物を愛でる少女二人の間に割って入った。


「あ~、楽しんでるところ悪いんだけどな。カーバンクル用の餌とかは売ってるのか?」


「あっ、そうだったね。ちょっと、待ってて!」


 日々也に指摘され、リリアへとルーを返したサクラは商品棚が並ぶ通路の奥へいそいそと駆けていく。その姿を見て、日々也は顎に手を当てると、


「ふむ。顔見知りを前にして素を出す辺り、まだまだだな」


「サクラちゃんだって子どもなんですから、大目に見ましょうよ」


「でも、営業スマイルはかなりよかったぞ。あれは将来いい店員になるな!」


「何目線なんですか、それ………?」


 満足そうに語る日々也に、リリアが苦笑いする。

 これは日々也の悪癖だった。

 幼い頃より様々な労働に従事してきた彼はいつしか他人の労働姿勢、特に接客態度に関して観察するようになっていた。それは純粋に後学のためでもあっただろうし、接客業をしている人間が他の店で店員の態度を気にしてしまうという職業病的なところもあったのだろう。

 何にせよ、彼がリリアに連れられてコノハナに足を運ぶようになってから、その矛先はもっぱらサクラに向いていた。しかし、彼の名誉のために付け加えるならば、いくら日々也でも普段ならわざわざ他人に自身が下した評価を聞かせるようなことはしない。

 では、何故今こうして口にしているかといえば、


「お待たせ! 持ってきたよ、小動物系召喚獣用フード! ねぇねぇ、どうだった? ヒビヤお兄ちゃ………じゃない、師匠!」


「そうだな。客が望んでいる商品を持ってくるまでの時間は申し分ない。店のどこに何を置いているのかをきちんと把握している証拠だな。偉いぞ」


「当然だよ! なんたって、わたしはこのお店の看板娘なんだから!」


「けど、仮にも客に対してその言葉遣いは駄目だな」


「そ、それは師匠たちだからだよ。他のお客さんには、ちゃんと『けいご』だもん」


「そういう油断がいつかミスに繋がることもあるんだ。でもまぁ、今回はよしとするか。客に気を遣わせないようなフレンドリーさも必要だからな」


「はい! 師匠!」


 これである。

 ふとしたことから、日々也が数多の職業を経験している仕事のエキスパートだと知ったサクラは、看板娘としてさらなる躍進を目指し、自ら志願して日々也に教育してもらうことを申し出ていたのだった。

 日々也も日々也で意外と満更でもないらしく、こうして都合の合う日であれば将来有望な少女の指導を意欲的に行っている。その結果、いつの間にか二人の間には奇妙な師弟関係が築かれることとなっていた。


「えっと………とりあえず、その召喚獣用フード貰えます?」


 そして、この場で唯一労働経験のないリリアだけが謎の熱血展開について行けていないのであった。こうなると彼女的には肩身が狭くてしょうがない。


「あ、うん。それじゃあ、レジ通しちゃうね」


 そう言って、それなりに重量のありそうな商品を抱えたままカウンターへと向かうサクラの後に二人が続く。その間も、さりげなく重い荷物を持たせないように配慮している少女に感心し、日々也は一人頷いていた。


「それにしても、こんなペットフードみたいなのがあるんだな」


「召喚獣の中には食べちゃ駄目なものがある子とかもいるんだって。だから、魔法使いの人が間違ってあげちゃわないように作られたらしいの」


「そうなのか」


「うん。あ、それと、カーバンクルは人間のご飯でも大体は食べられるらしいんだけど、『えんぶん』が高くて健康によくないから、あんまり食べさせちゃいけないらしいから気をつけてね」


「分かった。ありがとうな」


 こうして日々也と言葉を交わしながらも、サクラは店員としての役割を欠かさない。リリアから渡されたお金を確認し、素早く差額を計算。商品を袋に詰め込み、おつりとともに差し出す。日々也がそれを横目で軽く見たところ、金額を間違えている様子もなかった。

 何度かこの店に通うようになってから気づいたことだが、どうやら彼女は並列思考能力が高いらしい。商売人の娘として身につけた能力なのか。はたまた、生まれ持った才能か。いずれにせよ、サクラはいつも会話で客とのコミュニケーションをとりつつ、一連の動作をそつなくこなす。

 しかも、特殊な免許を持っていなければ販売を禁止されている薬品や薬草意外であれば、商品とそれに関連する知識にも精通しており、注意点の説明までしてくれる。接客業に携わる者として、これ以上の逸材はいないだろう。

 彼女と出会ってからの日々也は、まるでダイヤモンドの原石でも見つけたような気分だった。それこそ、「元の世界に帰るときに着いて来てくれないかな?」などと考えてしまうほどだ。


(まぁ、そんなこと頼めるわけないんだけどな………)


 いくら似ているとはいえ、家族の元を離れて異世界で生活するというのは苦痛が伴うものである。そのことを誰よりもよく知っている彼が他人に、しかもまだ8歳の少女に懇願するなどあるわけがなかった。

 それだけに惜しいと思ってしまう。こんなに有能な人材、そうはいないというのに。

 そんな日々也が人知れず歯がみしていたとき、扉の開閉音が聞こえてきた。しかし、今度は鐘が鳴らない。それもそのはず、開いたのは店の裏口だった。


「ただいま~」


「サクラ、今帰ったよ。おや、お客さんがいらしてたんだねぇ。いらっしゃい」


「おかあさん、おばあちゃん、おかえり!」


 入ってきたのはアオイとキクであった。肉親の帰宅にサクラの笑顔が増す。そして、来客に気づいた二人も微笑とともに軽く頭を下げると、


「リリアちゃんにヒビヤ君、いらっしゃい。娘が粗相をしなかったかしら?」


「いえ、いつも通りよくしてもらってましたよ。なぁ、リリア?」


「はい! 店員として、しっかりできてましたよ!」


「そう? それならよかったわ」


「おかあさんは心配しすぎだよ! 看板娘のわたしが信用できないの!?」


「うふふ。そんなことないわよ。ごめんごめん」


 むくれるサクラの頭を撫でながら、母親と祖母が微笑む。どれほど商売人として優れていても、こんなところはまだまだ子どもらしい。

 その姿に、日々也は自身の馬鹿げた考えをため息とともに改めて捨てざるを得なかった。


「長いこと店番をさせて悪かったねぇ、サクラ。お婆ちゃんもお母さんも帰ってきたし、もう遊びに行ってきてもええよぉ」


「ほんと!?」


 祖母の言葉に、再び明るい表情になるサクラ。そして、期待に満ちた瞳をちらと日々也たちに向ける。

 何を言わんとしているのかはすぐに理解できた。確認をとるように日々也が目配せをすると、リリアも首肯でそれに応える。


「それじゃあ、私たちと一緒に遊びましょうか」


「特に用事もないしな」


「やったぁ! リリアお姉ちゃん、ヒビヤお兄ちゃん、大好き!」


 返ってきた二つ返事にサクラがぴょんと跳ね、元気な声が店内に響き渡った。

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