1-17 帰り道の問答
自分たちとは違って自宅から学校に通っているユノを送り届けるために日々也とリリアは寮への道を外れ、夕日に照らされて赤く染まった街を歩いていた。
まだ人の流れがある時間帯とはいえ小さい女の子を一人で家に帰す訳にはいかないと考えての事だったが、笑顔でユノと手を繋いでいるリリアとは対照的に日々也はずっと顔をしかめている。
別にユノを送っていくのが不満なのではない。鞄の中に入っている大量の本、その重量が肩にギリギリと食い込んでくるせいだ。
日々也がユノに質問攻めにあっている間にリリアが張り切って探してきたそれらは完全下校時刻までに読み切れるはずもなく、男の子だからと少しばかり理不尽な理由で借りてきた十数冊の本が全て日々也の鞄に詰め込まれてしまっていた。
昔から色々なバイトを掛け持ちし、体力には自信のある日々也からしてみれば、重さ自体は大した問題ではない。
だが、それが狭い範囲に集中するとなると話は別だ。
肩が抜けそうな思いをしながら、更には大きすぎたせいで鞄に入りきらなかったユノの分の本を脇に抱えた状態で長距離を歩くというのはいくらなんでも堪えるものがある。
そして、そんな苦行を強いている二人はというと、
「ほっ、本当なの!? あの、えっと! その『ヒコーキ』って言うのは本当に空を飛べちゃうの!?」
「ヒビヤさんの世界ってすごいんですね! 私も空とか飛んでみたいです!」
こんな調子で図書室を出た後も目をキラキラと輝かせ、ずっと話しかけてくるせいで体力だけでなく気力までガリガリと音を立てて削られていく気がする。
それでも初めに話を振ったのは日々也なのだ。もはや召喚魔法の話などこれっぽっちも出ていないとはいえ、ここで途切れさせる訳にもいかず仕方なく会話に混ざっている。
「飛んでみたいって、魔法があるんだからそんなの簡単なんじゃないのか?」
「あ、えと、その、空を飛ぶっていうのは魔法でも難しくて……い、一応、飛行魔法に分類されてる物もあるんだけど……」
「最高高度23センチ、飛距離1.4メートルの魔法を飛行魔法だなんて私は絶対に認めません」
「……僕もそれを飛んでるとは表現したくないな」
それはもう飛行ではなく浮遊なのではないだろうか?
思いの外ショボイ魔法に思わず脱力してしまう。
「ちなみに消費する魔力も相当なものですから、一度使うと魔力が回復するまでは魔法が使えなくなっちゃうんですよね~」
「本格的に使えないな!」
危うくずり落ちかけた鞄を掛け直した日々也にリリアは追い打ちをかけるかの如く補足すると、ため息を一つ吐いた。
「そうなんですよね……。大空なんて名字してるんですから、ちょっとヒビヤさん飛行魔法、作ってみませんか?」
「魔法に関しちゃ素人だって言ってるだろ。まぁ、興味が無い訳じゃないけどな」
そう言って日々也は空を仰ぎ見た。
道具や乗り物に頼らずに自分の力だけで空を飛んでみるというのを、子供の頃だが夢見た事は当然ある。せっかくファンタジーな世界に来たのだからそんな昔の夢を叶えてみるのも悪くはないかと考えていた日々也だったが、どうやら無理らしい事を知ってひっそりと肩を落とした。
「そもそも、そんなに拘りがあるんだったらお前こそ作ってみたらどうなんだよ?」
「わ、私はその、ユノちゃんと違ってポンと魔法を作れるほど頭良くないですし……」
「あぁ、そうだったな。選択科目の単位を落としそうになるほど残念な奴だったな。お前は」
「い、いや、別に私が落ちこぼれてるとかじゃないんですよ!? 召喚魔法は他の魔法以上に難しいと言うかですね!? ね、ねぇ? ユノちゃん?」
「……え? …あ、えと、な、何? ご、ごめん…聞いてなかった。その、ちょっと考え事…してて……あぁ! な、泣かないでリリアちゃん! ちゃ、ちゃんと聞くから!」
バカにされた挙句に無視されて本格的に泣きそうになるリリアの頭をユノが撫でようと背伸びをする。
本当にどっちが年上なのか分からなくなる光景だった。
「悪いな。うちの召喚主が」
年下にあやされるリリアに呆れの視線を向けながら、日々也が短く謝るとユノはふるふると首を振り、
「あ、ううん。気にしないで。あの、その、よくあること…だし」
「よくあることなのか……」
リリアを見る日々也の視線が更に厳しいものになる。
「そっ、そんなことないですよ! と、ところで急に考え事だなんて何かあったんですかユノちゃん?」
ユノに撫でてもらっていた頭を上げ、リリアは慌てて話題を変えた。かなり下手な話題のそらし方だったが、これもいつものことなのでユノは特に言及しないでおいた。
「あ……の、いや、えと、その……ね、ちょっと、召喚魔法について思い出したことがあって…だから、そのぅ……あっ、あの、た、大したことじゃないんだけど…」
ユノのその言葉に日々也がピクリと反応した。
召喚魔法について。
その一言をどれ程心待ちにしていたことか。今までそれを聞くためだけに話を続けていたようなものなのだ。待ち望んでいた言葉に否が応でも期待が高まってしまう。
「思い出したこと、ってのは?」
あまりユノにプレッシャーを与えないようにはやる気持ちを抑え、できるだけやんわりと日々也が問いかけた。
その態度にユノも何かを感じ取ったのか「本当に大したことじゃないんだけど…」と、予防線を張ったうえで告げる。
「え、えっと…ね。その、ふ、二人を見てて、何だかすごく、あの、仲が良さそうだなーって思って。そ、それで思い出したんだけど…ね。た、確か召喚魔法で呼び出せるモンスターは召喚者と、えと、相性が良いって本で読んだ覚えがある…の」
「相性?」
首をかしげる日々也にユノはこくりと頷く。
「あの、えと、馬が合う…とか、気が合うって言ったら良い……のかな? 他の魔法と違って意思のある相手の力を借りる……から、えと、お互いが良好な関係を築けるようにそういう相手が召喚されるように作られてるらしい…の。だ、だから、召喚魔法を使う人は……えっと、その、召喚したモンスターと、け、結婚する人が多い…んだって」
そう言って自分の言葉にわずかにほほを紅潮させながらもユノは隣を歩く二人に熱っぽい視線を送る。
「相性……ねぇ」
日々也がリリアの顔を覗き込み、リリアもまた日々也の顔をじっと見つめ返す。相性が良いと言われた相手の顔をお互いに眺め、そして、
「いや、ないなぁ」
「いや、ないですね~」
「……えぇ~?」
同時に否定した。
それに対してユノが不満そうな声を漏らす。
「で、でも、二人とも、あの、一緒に暮らしてる…んだよね?」
「暮らしてるって言っても成り行きだしな」
「確かに出会って一日の相手にしては話しやすい気はしますけど、いくらなんでもすぐにそんな仲になったりはしませんよ」
「そ、そうなんだ……ちょっと…残念…かな……」
女の子らしく恋愛モノ的な展開を望んでいたユノが少しだけしょんぼりとした表情を見せる。
「てっきりヒビヤ君が召喚に応じたのは、えと、リリアちゃんの可愛さに惹かれたからだと思ったのに…」
「お前は僕を何だと思ってるんだ……」
あまり役に立ちそうにない情報だったこともあり、疲れたつぶやきをこぼした日々也にユノは頭の上に「?」を浮かべてわいてきた疑問を率直にぶつけた。
「あれ? じゃあ、えっと、ヒビヤ君はどうしてこっちの世界に来たの?」
「「!!」」
その瞬間、二人の体が固まった。
今まで特に誰からもつっこまれなかったため気にしていなかったが、日々也がこの世界に来たのはリリアのミスによる事故なのだ。つまり、その経緯を話してしまえばリリアが犯罪を犯したということが露呈してしまう。
もしそうなればリリアは捕まり、日々也は理事長あたりの監視下に置かれることになるだろう。
ユノが誰かに話してしまうとも思えなかったが、こういうものはどこから情報が漏れるか分からない。故に、日々也がこちらの世界に来た本当の理由は例え子どもだろうと明かす訳にはいかないのだ。
正直なところ、日々也からしてみれば相手がリリアから理事長に代わるだけなので大した違いはなかったりもする。
だが、
(あんな変人と四六時中一緒にいるなんてごめんだ……ッ!!)
考えただけで悪寒が走る。
それならまだ振り回されることになったとしてもリリアの方がマシというものだ。
「……? 二人とも、ど、どうかしたの?」
「えっ!? あっ、い、いや、ナ、ナンデモナイデスヨー」
「リリアちゃん、何で片言なの…? あ、そ、それより、その、ヒビヤ君がこっちに来た理由って?」
投げかけられた質問に即座に答えることができず、ただただ微妙な笑顔をする二人。無邪気な視線を向けられて、全身から嫌な汗が噴き出してくる。
「あ~、えっと……だな。何ていうか、その、あれだ。ま、魔法ってのがどんな物なのか知りたくてだな……ほ、ほら、僕の世界には無いものだろ? だから…な?」
リリアが目を泳がせている間に日々也が必死に頭をひねって考え出した言い訳を口にした途端、ユノの瞳がキラリと光った。
「じゃ、じゃあ! じゃあ! ヒビヤ君は、あの、魔法の勉強がしたくて来たって事!?」
「え? あ、あぁ、まぁ、そうなるな」
テンションが上がっていることに若干の不安を覚えながらも日々也が肯定するとユノはパッと顔を輝かせ、
「そ、それじゃあね! またお勉強のお手伝いするから、その、ヒビヤ君の話、もっと聞かせて!」
「話?」
思ってもみなかったユノの提案に日々也が戸惑いを見せる。
「う、うん! 今日みたいに、えっと、あの、ヒビヤ君の世界の話をしてほしい…の! ダメ……かな?」
「いや、別にダメってことはないけど……」
「ほ、ホント!? やったぁ!」
喜びのあまり、ユノが両手をあげてはしゃぎまわる。
新しい知識を得る機会ができたことに頭がいっぱいになったのか、はたまた十分だと判断したのか、日々也がこちらの世界に来た理由については不審がる様子はない。
そのことにホッと胸をなでおろし、
「とりあえずは何とかなったか? 子供って変なところで鋭いからな……」
ユノに気が付かれないように日々也が小さくぼやいた。途端にその隣でリリアが表情を曇らせる。
「でも、やっぱりちょっと心苦しいですよね。ユノちゃんに嘘をつかなきゃいけないなんて」
「だからって本当のことを話す訳にもいかないだろ?」
「それはそうですけど……」
それでも納得がいかないと言いたげに言葉じりを濁す。
その姿に日々也は昨夜にカムラがしていた話を思い出し、ばつが悪そうに頭をかいた。
「あぁ、そういえば嘘、嫌いなんだっけか。でもこればっかりはしょうがないからな」
「分かってますよ……」
「二人とも~、あの、そろそろ私のお家につくよ~?」
少し前を歩きつつ、二人に向かって手を振るユノ。そんな少女の愛らしいしぐさに後ろめたさを感じつつも、口をとがらせて不満を表現していたリリアは笑みを作り手を振り返した。
「え、えっとね、ここが私のお家…なの!」
「へぇ、ここ……が…?」
まだ興奮さめやらぬらしいユノは日々也とリリアが追いついてくるとスッと横を指さした。その先にある建物を見た日々也が絶句する。
長く続く塀と大きな門。その内側に広大な庭園が広がっている。
噴水やあちこちに植えられている樹木は上品さを醸し出しながらも謙虚さを失わないように計算して配置され、美しく咲き誇る花々はよほど腕のいい庭師が世話をしているであろうことが容易に想像できた。
そして、綺麗に整備された芝生と通路の先にはその主役とも言える荘厳な屋敷がそびえ立っている。
見る者の目を楽しませつつ、そこに住んでいる人物の格式の高さをヒシヒシと伝えてくる情景は圧巻の一言だった。
「えっと……家?」
「うん! えと、お家だよ!」
「いや、どう見ても屋敷…あぁ、もうなんでもいいか。ほら、お前の本」
あくまでも屋敷ではなく普通の家だと主張する少女にもはやツッコミをする気力すら失くし、日々也は持っていた本をユノに渡す。
「あ、ありがとう。えと、それじゃあ、リリアちゃん、ヒビヤ君、あの、ま、また明日…ね」
「はい。また明日、です」
「おう、またな」
門を開き、屋敷の中へとユノが入っていく。姿が見えなくなるまで見送ったあと、日々也は目の前の豪邸に呆けたまま、
「……あいつ、金持ちだったんだな」
「まぁ、ハクミライト学園は名門校ですからね。貴族の生徒さんは結構いますよ」
「あんな奴が理事長の学校が名門…ねぇ。それじゃあ、お前もどこぞの貴族だったりするのか?」
「え!? い、いや、違いますよ!? 私なんかただの平民ですよ!」
「そうなのか? ま、なんにせよ早く帰る……か?」
歩いてきた道を振り返り、再度、日々也は絶句した。
ユノと話をしているうちにだいぶ遠くまで来ていたらしい。坂道の向こうに小さく学園と学生寮が見える。
つまりは、
またこの長い道を重い鞄を担いだまま戻らなければならないということだ。
「あ~、リリア? 半分でいいから僕の荷物持ってくれたりは……」
「何してるんですか~? 早く行きましょうよ~、ヒビヤさ~ん」
もうすでに道を戻り始めたリリアが離れたところで日々也が追いつくのを待っている。
どうやら手を貸すつもりは全くないらしい。
少しだけ、肩にかかる荷物の重量が増した気がした。
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