1-14 幼なじみ

 しばらくの間、無駄に足掻いていたカミルだったが、結局ミィヤを引き剥がすことはできなかった。今は満面の笑みを浮かべている彼女に抱きつかれたまま、完全に諦めて肩を落としている。


「ニャハハ。本当にカミルはからかいがいがあるニャア。耳まで真っ赤だニャア」


 そう言ってミィヤは赤くなったカミルのほっぺたをツンツンとつつく。


「うーるーさーいー。そもそも、ミィヤの方がおかしいんだよ。恥じらいってものがないの?」


「私はカミルの幼なじみじゃないかニャア。一緒にお風呂だって入った仲なのに、一体何を恥ずかしがることがあるって言うんだニャア?」


「むしろいっぱいあると思うんだけど。お風呂に入ったのだって、小さいときの話でしょ? ところで、本当にそろそろ離れてくれない? さすがにちょっと苦しいんだけど」


 床から足を離してぶら下がっているせいで首が絞まっているのか、ミィヤの腕をペシペシと叩いてカミルはギブアップを知らせる。


「むぅ、しょうがないニャア。そういうことなら今はこのくらいで我慢しておくニャア」


 さりげなく後でまた抱きつくと宣言しながら絡ませていた腕を解く少女に、カミルは目だけで抗議する。それに対して、ミィヤはニコニコと笑っているだけだったが、どうせ素直に聞いてくれるとは思っていないので放っておいた。このくらい彼女ので抱きつき癖が治るならカミルも苦労はしていない。


「…何か大変そうだな」


 明るい表情から打って変わって、またげっそりとしているカミルに哀れみの視線を送りながらも、日々也は他人事のようにそう独りごちた。


「そう思うんなら助けてやってもよかったんじゃない?」


 いつの間にか日々也の横に移動していたロナが相変わらず仏頂面のまま尋ねる。


「僕は関係のないことには首を突っ込まないって決めてるんだ。余計な面倒ごとに巻き込まれたくないからな」


「触らぬ神に祟りなしってやつ? カミルとは真逆の考え方ね」


「あの子は何でもかんでも関わろうとするからね~」


 視線を交わしながら、ロナとルナは呆れた声を上げる。二人に迷惑しているというカミルも色んなところで彼女たちを振り回しているらしい。もっとも、かけている迷惑の量で言えば、圧倒的にこの小さい双子の姉妹の方が多くはあるのだろうが。


「ちょっと、二人とも。そんな言い方したらまるでボクが野次馬精神旺盛な奴みたいじゃないか」


「さすがにそこまでは思ってないけどね。でも、実際そうでしょ。誰かが困ってたら絶対に首を突っ込むじゃない。ミィヤもよくこんな奴と一緒に居られるわね」


「でも、そこがカミルのいいところでもあるしニャア。そういうのも含めて、私はカミルが大好きだから一緒にいるんだニャア」


 聞いている方が恥ずかしくなる程の台詞をミィヤは顔色一つ変えず言ってのける。むしろ、さっき以上に赤くなったカミルが耐えられなくなり慌てて話をそらした。


「えっと、ミ、ミィヤ? ボクに何か用があったから話に割り込んできたんじゃないの? あ、それともヒビヤに?」


「……ニャア。やっぱり忘れてたニャア。今日はお買い物に付き合ってくれるって約束だったはずだニャア」


 わざとらしくむくれるミィヤにカミルは思わずたじろいだ。

 幼なじみとの約束をすっぽかしてついつい話し込んでしまっていた。このままでは後でロナに嫌みを言われるに違いないと、危険信号が警鐘を鳴らす。


 「ご、ごめん!今からでも大丈夫?」


「一応、まだお店が閉まるような時間じゃないから問題ないニャア。あ、ヒビヤクンも一緒にどうかニャア? リリアちゃんも誘って」


「僕はいい。昨日買う物は買ったし、この後に行く所があるからな」


 「当然リリアを連れて」と付け加える。丁度、書くのを終えたらしいリリアが自分の名前に反応して、「呼んだ?」とばかりに小首をかしげた。


「ニャア~。それは残念だニャア。じゃあ、今日は私とカミルだけで行ってくるニャア。あぁ、それから……」


 ミィヤは少しだけ膝を折ると、日々也の耳元に顔を寄せ、他の誰にも聞こえないように小さく囁いた。


「リリアちゃんのこと、しっかりと見守っててあげてほしいニャア」


「…は?」


 突然の、意味の分からない言葉。

 あまりにも突拍子もないことだったのと、一瞬の出来事だったせいで少し惚けてしまった。改めて聞き返そうとした日々也だったが、ミィヤはもうカミルの腕を引っ張って教室を後にするところだった。


「ほらほら、カミル~、早く行こうニャア」


「わっ!? ちょ、ちょっと! ミィヤ!」


「あっ! コラ! 待ちなさいよ!」


 引きずられていくカミルを追ってロナたちも急いで教室から出て行く。

 気づけばしつこく残っていた生徒もいつの間にか帰路につき、あとは日々也とリリアだけになっていた。


「さっきミィヤちゃん、何て言ってたんですか?」


 筆記用具を鞄に詰め込み、支度を終えたリリアが尋ねる。


「……いまいちよく分からなかった」


「難しい話だったんですか?」


「いや、そういう訳じゃないけどな…。それより、準備ができたんだったら僕らも行くぞ」


 日々也は立ち上がり、自分の鞄を肩に掛ける。そして、リリアと一緒に歩き出してからも、ずっとミィヤの言葉の意味を考え続けていた。






 鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌に街道を歩くミィヤのすぐ後ろを、カミルがついて行く。

 先程まで騒いでいた精霊二人も今はパーカーのポケットの中で大人しくしていた。気を利かせてくれているのかどうかは知らないが、ミィヤと二人で出かける時にはいつもそうしてくれる二人にカミルは少なからず感謝していた。


「珍しいね」


 不意にカミルがそんなことを口にした。


「何のことかニャア?」


 そう言いながらも、ミィヤからは疑問に感じているといった様子が一切見られなかった。おそらく、分かった上で聞いているのだろう。


「ヒビヤたちを誘ったことだよ。いつもはボクと出かける時にそんなことしないでしょ?」


「新しくできた友達と親睦を深めようとするのは当然じゃないかニャア。あ、もしかしてカミルったら嫉妬してるのかニャア?」


「ミィヤ」


 どこまでもおどけた調子の幼なじみの名前を、たしなめるように少し強めに呼ぶ。


「どうしてそんな嘘つくのさ?」


 ピタリ、とミィヤの足が止まった。それと同時にカミルも立ち止まる。二人の距離はさほど開いていなかったにも関わらず、ぶつかりそうになることすらなかった。


「…分かってるくせにわざわざ聞くのは、ちょっとイジワルが過ぎる気がするんだけどニャア?」


「まぁ、たまには仕返ししておかないとね」


 ずっと前だけを見ていたミィヤがようやく振り返ると、顔を半分近く隠した幼なじみは優しく笑っていた。

 慈しみ、愛おしむ微笑み。

 ミィヤには、それが少し儚く見えた。


「……怒らないのかニャア?」


「どうせ『ボクの為』なんでしょ? ならいいよ。ただ、あんまり他人は巻き込んでほしくないかな。昨日魔法を知ったばかりのヒビヤじゃどうしようもないだろうし。それより早く行こう。ロナが怒り出さないうちにさ」


「………約束を忘れてた人がよく言えたもんだニャア」


 自分を追い越して前を歩き出したカミルの背中に向かってそう言うと、ミィヤは次はどうやってからかってやろうかと楽しそうに考え始めた。

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