1-13 精霊

 放課を知らせるチャイムが鳴った。いつもの聞き慣れたそれとは異なる音を聞いて、長かった一日が終了したのだと実感する。意味不明な授業や好奇心旺盛な同級生たちの質問から解放された日々也がぐったりと椅子にもたれかかっていると、不意に横合いから声をかけられた。


「アハハ、だいぶお疲れみたいだね。どうだった? はじめての授業の感想は?」


 視線を声のした方に向けると、大きな帽子をかぶった少年が立っていた。確かカミルとか言う名前だったかな? と、朝方聞いた名前をなんとか思い出す。さっきまで寝不足で死にそうな顔をしていたが、授業中の居眠りが功を奏したのか今は柔和な笑みを浮かべている。


「どうって聞かれても、言ってることがさっぱりだったから何ともな。……それより何だそれ?」


 そう言ってカミルの頭のちょっと上辺りを指さす。もちろん日々也が尋ねているのは帽子のことではなく、さらにその上。

 『カミルの帽子の上にちょこんと座っている小さい何か』についてだった。


「あれ? まだ紹介してなかったっけ? ほら、二人とも挨拶して」


 カミルが降りてくるように手の動きで伝えると、その『何か』たちは緩やかな動作で少年の頭から飛び降り、その胸の高さまで下降してきた。


「…ロナよ」


「私はルナだよ~。よろしくね~」


 片方はぶっきらぼうに、もう片方はおっとりと自己紹介をする。そんな一応は生き物らしいが傍目には小さめの人形か何かと見間違えてしまいそうな二人は何もかもが対照的だった。

 ロナと名乗った方は勝ち気そうな黄金色の目をしていて、着ているものは真紅のドレス。自分の身長ほどもある燃えるような真っ赤な髪はくせっ毛なのか所々飛び跳ねており、毛先にいくほど黄色くなっている。

 それに対してルナは常に眠そうな青い目をしていて、明るめの紺色をしたドレスを着込んでいた。自身の背丈くらいにまで伸ばしたストレートの藍色をした髪はまばらに光を反射してキラキラと輝いている。

 性格も見た目も全く違うロナとルナの頭を指先で撫でながらカミルはあまり明確な答えを得られていない日々也の疑問を解消するため、二人の代わりに説明を始めた。


「この二人はボクと契約してくれてる双子の精霊なんだよ。あ、ちなみにロナの方がお姉ちゃんで、ルナの方が妹なんだってさ。全然そうは見えないけどね」


「ちょっと、それどういう意味よ!?」


 カミルの発言が気にくわなかったのか、ロナが納得いかないと言いたげに睨みつけた。しかし、そんな事は日常茶飯なのか、カミル自身はどこ吹く風といった様子だ。


「そのままの意味だよ。実際ルナの方が大人しいし、物分かりがいいし。ロナなんて、いっつもつんけんしてるだけじゃないか」


「なっ!? 言ったわねこの……」


 二人が喧嘩、と言うよりはロナがつっかかり、カミルがそれを適当にいなしていく。これもまたよくあることなのか、教室に残ってたむろしている数人の生徒だけでなく、ルナでさえ止めようとしない。それどころかルナは日々也の肩に座り、ことの成り行きを静観しながら悠長に話しかけてすらいた。


「ごめんね~、騒がしくしちゃってさ~。こういうの苦手だったら言ってね~」


「ん? いや別に苦手って事はないけど、良いのか? あいつら止めなくて」


「放っておいても大丈夫だよ~。色々鬱憤は溜まってるだろうけど~、カミルはなんだかんだ言ってロナのこと大切に思ってるし~、ロナは~えっと~ほら、ツンデレってやつだから~」


「ルナ? それは私に対して喧嘩売ってるって判断していいのかしら?」


「さぁ~? ど~だろ~ね~」


 カミルとの口論を中断して今度はルナをギロリと見やるロナ。姉に刺すような視線を向けられているにも関わらず、妹はまるで他人事のように大きなあくびを返しただけだった。

 相手を小馬鹿にしている風にも取れるが、ただ単にいざこざに発展するのが嫌なのと、純粋にこの会話そのものに興味がないだけらしい。長年の付き合いでそれを理解しているロナは特に怒りもせず、プイと顔をそらしただけに終わった。

 ルナの態度に勢いを削がれたのか、不機嫌そうにしながらもそれ以上ロナが噛みついてこないのを確認して、カミルも一息つく。そんな三人を見て日々也はふと、疑問に感じたことを口にした。


「それにしても、召還獣って割と勝手なんだな。もっと召還者の言うことを聞くもんだと思ってた」


「え? 召還獣?」


 日々也の言葉を聞いてカミルたちがキョトンとした表情を見せる。その反応の意味が分からず日々也も不思議そうな顔をすると、一瞬間を置いて合点がいったという風にルナが頷いた。


「あ~、そっか~。ヒビヤ君は私とロナが召還獣だって勘違いしてるんだね~」


「は? いや、さっき契約がどうとか言ってただろ?」


「契約をするのが召還獣とその召還者だけとは限らないでしょ。人と人だって契約くらいするんだし」


 呆れたようにロナが呟く。なぜだかまたイライラしてきており、理解力のない子どもでも見る目をしているが、口をへの字に曲げて説明をしようとしない。

 ルナも説明をする気はないらしく、日々也の肩の上でゴロンと横になっている。その結果、またもや説明の仕事がカミルに回ってきた。


「……えっと、ちょっと難しいなぁ。どこから話せばいいかな……」


 困ったようにカミルは頭をかいた。


「召還獣って言うのは読んで字のごとく、異世界から『召還』した『モンスター』のことなんだよ。ロナやルナみたいな精霊は一応分類上はモンスターなんだけど、異世界から召還した訳じゃなくて最初っからこの世界にいる生き物なんだ。…いや、正確には自然の象徴だから生き物って言うよりは概念って言った方がいいのかな? まぁ、何にせよそんな理由で二人は召還獣じゃないんだよ」


 本当はもっと複雑で面倒くさくてややこしい定義があるのだが、それは日々也には言わないでおいた。昨日今日魔法を知った人間に理解できる内容ではないし、カミル自身そんなに詳しく知っている訳ではない。そもそもこの手の話はリリアの領分だ。

 カミルは助け船を出してくれることを期待してリリアに目配せしようとしたが、あいにく何かを書くのに集中していて気づいてもらえそうになかった。


「全く、本当に納得いかないわ。私たち精霊がモンスターなんかと同列に視られるなんて。何で人間っていうのは、どいつもこいつもいい加減な奴ばっかなのかしらね」


 ふん、と腹立たしげにロナが鼻を鳴らす。ルナも同じ気持ちなのか、肩越しに微かに首を縦に振るのが日々也にも伝わってくる。


「そんなにモンスター扱いされるのが嫌なら学会にでも抗議すればいいのに。文句ばっかり言っててもどうしようもないよ?」


「ハァ? どうして私がわざわざ他人に何かを教えてやらないといけないのよ?」


 冗談などではなく、本当に言っている意味を理解していないロナにカミルは内心呆れていた。

 精霊というのはとにかく他人に情報を伝えたがらない。

 人間とは比べものにならないほど長寿な精霊達はその分たくさんの知識を蓄えているが、それは学者のように実験や調査から得たものではなく、永い一生の経験からきている。

 つまり、精霊にとって知るということは実際に体験するということであって、誰かに教えてもらったり自分で調べたりすることではないのだ。

 当然、人間の中にはただでさえなかなか人前に現れない精霊を探し出し、なんとか教えを請おうとした者もいた。しかい、その度に無下に扱われたり、苦労の末やっと教えてもらえたと思えば原因と結果だけでその事象の過程がスッポリと抜け落ちていたりと散々な結果だった。

 そのため、探求心と研究心が旺盛で知りたがり屋とまで言われる魔法使いでさえ知識の宝庫と呼べなくもない精霊とはあまり深い交流を持ってはいない。カミルの様に契約までしているのは珍しいくらいだ。


「大体、私が文句を言うのは勝手にモンスター扱いしてきてる人間が悪いからじゃない。きちんと分かってないものまで自分のものさしではかって、それらしいところに無理矢理当てはめようとする奴らの尻ぬぐいなんかしてやる義理はないわ」


「…まぁ、それはそうなんだろうけどさ」


 どこまでも不遜な態度を取るロナだが、カミルがそれを諫めることはなかった。その不遜さこそが精霊らしい姿であり、彼女たちなりの人間への思いやりだからだ。突き放すようでいて、その裏には下手に手助けをせず、努力している子を見守る親にも似た感情が見え隠れしている。


(だからって、みんながみんなそれを理解してくれるって訳じゃないんだから、せめて建前くらいは覚えてほしいんだけどなぁ)


 それをどう伝えようかと考えていると、すぅっと背後から音もなく首に腕が回された。カミルの後ろが見える位置にいるはずの日々也とルナもその時になって、やっとそこに誰かが立っているのに気づく。カミルはもうすでにその正体が分かっているのか、とくに慌てた様子はなかったが、翡翠色の目が少しだけ動揺を伝えている。

 誰かはそのままカミルに体を寄せると囁いた。


「ニャアン。何だかお困りみたいだニャア?」


「うん、もう、すっごく困ってるよ。いつもいつもいつも、どこかの誰かさんが人目も気にせず抱きついてくるせいで恥ずかしいから離れてミィヤ!」


 ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべているミィヤを振りほどこうともがくが、離れる様子は一切ない。それどころかより一層強くしがみついてくる。それに比例してカミルの顔が赤くなっていくのは背中に何か柔らかいものが当たっているからだろうか。


「~~~ッ! ロナ! ルナ! ヒビヤ! 誰でもいいから助けてよ!」


「いつもの事じゃない諦めなさいよ。」


「本当、二人は仲良しだね~。」


「僕は関係ないだろ。巻き込むなよ。」


「この薄情者っ!!」


 その場の全員に見捨てられ、今にも泣き崩れそうになる。こんな状況でもリリアはまだ何かを書き続けていた。

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