1-12 朝と帽子の少年
鼻腔をくすぐるいい匂いで目が覚めた。顔を少し動かしてその出所を探してみる。少しして台所に人影を見つけたが、まだ視界がはっきりしないせいで誰かまでは分からない。
誰だろうか?
もやがかかったように働かない頭で考える。
自分の知っている人物で、こんなに朝早くから料理を作るような人と言えば?
そうこうしている内にその人影は両手にお皿を持って近づいてきた。傍にあるガラステーブルには既に幾つかの料理が並んでいる。その時、ある人物のことを思い出した。
あぁ、そうだ。いつも自分のために朝ご飯を作ってくれていたあの人は……。
「おかーさん?」
ポツリ、と呟く。するとその誰かは自分が起きていることに気づいたようで、肩をすくめる動きをしてから話しかけてきた。
「…せめてお父さんって言ってほしかったな」
独り言ともとれるその声を聞いて、リリアの意識が急にはっきりしてきた。目をゴシゴシと擦り、その人影を改めて見てみると、そこには母親などではなく昨日自分が誤って召還してしまった少年、日々也が立っていた。ずいぶん前に起きていたのか着替えもしっかりすませている。そんな日々也と比べて、着替えどころか今の今まで寝ていた自分がものぐさに思えて少女の顔が少し赤くなる。
「あ……え、えと…おはようございます」
「おはよ。ご飯できてるから、起きたんだったらさっさとベットから出てこい」
そう言うと日々也は手に持っていたお皿をガラステーブルの上に置き、その場に座り込んだ。リリアも、モゾモゾとベットから這い出すとテーブルを挟んで日々也の反対側に座る。そして、二人で手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めた。
「おぉ! おいしいです! ヒビヤさんって、料理上手なんですね!」
「別に焼いただけなんだから上手いもなにもないだろ」
目玉焼き一つではしゃぐリリアに素っ気なく答えた日々也だったが、その顔はどこか嬉しそうだ。
「ところで、魔法学校って言ってたけど具体的にどんな事するんだ?」
ふと、思い出したように聞いてみる。
「別に特別なことをしたりはしませんよ。普通の学校でやるような勉強に魔法関連の勉強をするだけですよ」
「だから、その魔法っていうのがよく分からないんだよ」
不親切な説明に思わずため息混じりに返す日々也。この世界では常識の魔法も彼の世界ではそもそも存在すらしないものなのだから、そんな大雑把な説明では理解のしようがない。
「ん~、とりあえず昨日話した魔力については覚えてますか?」
「…まぁ、大まかには」
昨晩、小一時間ほどリリアに説明された内容を思い出してみる。専門的な用語が多すぎてほとんど理解できなかった中で日々也が分かったのは、魔力というものは一般的に魂や精神と呼ばれる存在から作られ、人間だけでなく動植物なども持っているらしいということだけだった。
「それならいいです。魔法というのはですね、魔力が関係しているもののことを指すんです。道具の使用や詠唱の有無に関わらず、魔力が関係していればそれは全て魔法なんです。なので魔法学校では、魔力の扱い方、練り方、どうすれば魔力を魔法へと昇華できるのか、魔法の効果や副作用は一体どういったものなのか、とかを習うんです」
「何というか……大変そうだな…」
先のことを考えて、日々也もさすがに辟易する。この世界の言葉に加え、基礎知識すらない魔法なんてものを学ばなくてはいけないのだ。自然と日々也の顔が曇る。
「な…なんとかなりますよ! 私にできることがあればお手伝いしますし!」
「というか、当分はお前に助けてもらわなきゃならないことだらけだけどな」
何の根拠もなく励ましてくるリリアを見て、日々也は昨日から何度目になるか分からないため息をつくのだった。
「おはようございま~す。……って、まだ誰も居ませんね」
教室のドアを開けてあいさつをしたリリアだったが、閑散とした室内を見回して最後の一文を付け加える。壁に掛かっている時計を見てみるといつも登校している時間より一時間ほど早かった。
(そもそもヒビヤさんが起きるの早すぎるんですよ…。もう少しゆっくりしたかったのに……)
心の中で文句を言いつつ、自分の座席へと歩いて行く。自室にいても暇なだけだったので来てみたが、静かな教室の中、話し相手もおらず、結局ここでも一人椅子に座ってボーっと天井や外を眺めるくらいしかすることがなかった。
学校の説明や注意などやらがあるとかで日々也とは職員室の前で別れてきていたのだが、これなら生徒が登校してくる時間まで一緒にいればよかったかもしれないと今更になって後悔する。今からでも日々也のところに行こうかと考え始めた時、突然ガラリと音を立ててドアが開いた。リリアがそちらに目を向けると、一人の少年が教室に入ろうとしていた。
黒いズボンに黒いシャツ、その上に濃紺のパーカーを羽織ったその少年はカミル・エンバートというリリアのクラスメイトの一人だ。
「おはようございます、カミルさん。」
「え? …あぁ、おはよう。リリアちゃん」
リリアが挨拶をするとカミルも挨拶を返した。しかし、反応が一瞬遅れている。その理由は彼のかぶっている白いキャスケットのせいだった。艶のある黒髪とは対照的なそれはかなり大きく、ずれて左目の辺りをすっぽりと覆ってしまっている。そのため、死角になる左側に居たリリアに気づかなかったのだ。日常生活でも不自由しそうだが、カミル曰く「顔にある傷を隠している」とのことで、人前では絶対に取ろうとしない。
「どうしたの? 今日はやけに早いね」
「えぇ……まぁ…色々とあったんですよ………」
何となく自分の口から言うのは気が引けて、苦笑いをしながら言葉を濁す。カミルは少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上の追求はせずにリリアの二つ隣の席に座った。
「そういうカミルさんも早くないですか? いつもはこんな時間に来てませんよね?」
「その……ボクも色々あって…さ」
リリアが尋ねると、今度はカミルが苦笑いする。その時、カミルの目の下に隈が出来ているのに気がついた。
「……
「ううん………今回
ゆっくりと首を左右に振って否定した後、遠い目をしながら悲しそうとも諦めとも取れる声色で語り始める。
「……昨日の夜にルナがいきなり『月見しよう』って言い出してさ…ずっと付き合わされてたんだよ………。そのせいで、ただでさえ寝るのが遅かったのに今朝は今朝でロナが『日の出が見たい』とか言って叩き起こされるしさ……おかげで寝不足だよ………」
「な、何と言うか……お疲れ様です」
「本当…疲れたよ………」
さすがのリリアの笑顔も引きつってしまう。机に突っ伏して「フフフ…」と不気味な暗い笑いをする同級生は、はっきり言って憐れの一言に尽きた。
「え、えぇっと、その問題のお二人は…?」
「ぐっすり寝てるよ。いい気なもんだよねぇ、ボクはこんなに疲れてるってのにさ……。そもそもアイツらはさぁ……」
我慢ならないと言いたげに愚痴が始まる。結局、その後疲れがピークに達したカミルが寝てしまうまでリリアはそれを聞き続けるしかなかった。
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