1-9 似ている世界

 魔法都市ルエリカ。魔法の研究、開発が盛んなウィルソートという国にある都市の一つであり、他のどの都市よりも魔法が発達している。

 その理由の一つとして、他に類を見ないほどに大きな魔法学校であるハクミライト魔法学園がある。地元の人間だけでなく、国中、ひいては世界中から入学する者が後を絶たず、その為この学園には世界中の魔法とその技術が集まるのである。

 元々、豊かな土地だったこともあり、物が溢れ、人が集まり、魔法で賑わう街。日々也が召喚されたのはそんな街だった。

 そのルエリカにあるレストランの一つに、当面必要そうな物を買い揃えた日々也とリリアの二人は来ていた。外に出て初めて気付いたのだが、この世界は元の世界に似ているところが割とある。服装は日々也のいた世界でも通用しそうだし、建物の造りも遜色がなく、テーブルの上の小物も見知った物が多い。しかし、似ているのであって全く同じという訳ではない。よく見れば、服はどこかファンタジーっぽいし、建物の造りも違和感があり、テーブルの上にはよく用途の分からない物もある。

 簡単に言ってしまえばこの世界は日々也のいた世界と小説やゲームでよく見るようなファンタジーの世界を混ぜたような世界なのだ。それに気付いた時、日々也はこっちでも案外楽に暮らせそうだと思ったのだが、一つ問題があった。


「………読めないな」


 日々也はそう言って持っていたメニューをリリアに渡す。そう、こっちの世界の文字が読めないのである。

 それによって一気に不安が高まる。文字が読めないというのは中々に大きな問題だ。一人で出歩いて誰かに騙されないとも限らない。制御下にある証明として出来るだけ一緒に行動するように、と理事長から釘を刺されてはいたが、そうでなくとも文字が読めるようになるまではリリアのそばを離れない方が良いだろう。目の前にいる少女に命運を握られているんだということを改めて実感し、諦めにも似た感覚に襲われ脱力する。その優位にある立場を悪用する気が相手にはなさそうだというのがせめてもの救いか。


「まさか、こんな落とし穴があったとは……」


「え…えっと、とりあえず、いくつか料理名を読み上げましょうか?」


「あー、そうしてくれ」


 そんな日々也にリリアは「アハハ」と愛想笑いを浮かべながら話しかける。

 買ったばかりの靴にかたをつけるため、爪先を床にグリグリと押しつけながら応えた日々也だったが、また別の不安がよぎった。


(まさか、聞いたこともないような料理名とか飛び出してこないよな?)


 元の世界と共通点が多いといっても所詮は異世界、そのくらいのことは十分あり得る。それでは読み上げてもらう意味がない。

 日々也がいた世界には存在しなかったような食材で作られている可能性もある。見た目がキワドイ食べ物がこの世界では好まれているなどということもあるかもしれない。

 考えれば考えるほど怖くなる。せめて昆虫食がメインの文化です、なんてのはやめてくれと切に願う日々也の様子に気付かず、リリアは手元のメニューを開いて目を落とす。


「えぇっと…そうですね……あんまりハズレのない物で言うと…」


 リリアは考えながら、料理名を確かめるように指をメニューの上から下へと動かしていく。

 そしてしばらくして、ラミネート加工された鮮やかな紙から日々也へと視線を移して口を開き、


「やっぱり、ハンバーグとかカレー辺りがいいと思い……って、どうかしたんですか?」


「………なんでもない」


 なんだか身構えていたことが馬鹿馬鹿しくなり、更に脱力する。日々也の心情を知ってか知らずか、少し心配そうに声をかけたリリアにちゃんと答えるのも億劫だった。






 もしかすると名前とは全く違う料理が出てくるんじゃないかとも思ったが、結局厨房から運ばれてきたのは普通の料理だった。

 目の前の皿に盛られたカレーを一口すくって食べる。何の変哲もない普通のカレー。異世界だというから色々と警戒していたのに拍子抜けすることばかりだ。


(まぁ、でも僕の想像してた異世界なんて全部フィクションの受け売りだしな。案外こんなものなのかもな)


「それにしても不思議ですよね」


 もう一口カレーを食べようとした時、突然リリアが話しかけてきた。日々也はスプーンを動かす手を止めて聞き返す。


「何がだよ?」


「ん~、何がって言われると一口には説明できないんですけど…まずは、こうしてちゃんとお話しができるってことですね」


 そう言ってリリアはお冷やを飲み、喉を潤して喋りやすくする。


「だって、ちょっと国を出ただけで言葉なんて通じなくなるじゃないですか。ましてや異世界だったら自分の世界にはない言語が話されていてもおかしくないのに、私とヒビヤさんはこうして普通に会話できてるんですよ? それが不思議だなーって」


 言われてみればその通りだ。特に意識していなかったが何の問題もなく会話ができている。それどころか発音やイントネーションにすら違和感を感じない。

 リリアはチーズ入りのハンバーグを一口大に切りながら続ける。


「他には物の名前が同じってことですかね」


 そう言って右手を顔の高さまで持ってくる。


「これは『ナイフ』ですし」


 次に左手を上げる。


「これは『フォーク』です」


 そのままフォークに刺さっていたハンバーグを口に運ぶ。


「私たちが座っているのは『椅子』ですし、ご飯が乗っているのは『お皿』ですし、そのお皿が乗っているのは『テーブル』です」


 「ヒビヤさんの世界でもそういう名前なんですよね?」と質問してくるリリアに「ん……あー、まぁ」と日々也は曖昧に答える。リリアが言ったことについて考えていたせいで、しっかり答えるだけの余裕がなかったからだ。

 確かに不思議だ。出来過ぎていると言っても良い。

 生活する上で全く支障がないとまではいかないまでも、特に不自由せずに生活していけそうな程度には元の世界とこの世界は似ている。

 その似ているという事実が奇妙に感じる程に。

 なんだか言い知れない不安にかられて、それを払拭するためにほとんど無意識のうちに日々也は口を開いていた。


「お前って、割と色々考えてるんだな」


「なっ!? ヒビヤさんは私のことを何も考えてないアホの子だと思ってたんですか!?」


 日々也の言葉に、リリアが顔を真っ赤にして怒り出す。褒め言葉のつもりだったのだが日々也の発言はまたもやリリアを誤解させてしまったようだった。少年は訂正するのも面倒だと、とりあえず乗っかってみることにする。


「へぇ、脳天気そうだからそう思ってたけど、違うのか?」


「違いますよっ!」


 ハンバーグに付いてきたサラダを怒ってムシャムシャ食べるリリアを見ていると吹き出しそうになる。それに気付いたリリアに「何見てるんですか?」と言いたげに睨まれて、日々也はカレーを食べるのを再開した。

 やっぱりカレーは普通の味しかしなかった。

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