最終話(2)

 ***


 瑛一とお別れした数日後、星奈は真野と長谷川を訪ねていた。

 彼らが指定してきたのは、市内にあるマンションの一室。よくよく考えると、それは彼らの研究所として名刺に記されている住所と同じだった。

 

「よく来てくださいました、牧村様。どうぞ中へ」


 インターホンを鳴らすと、すぐに真野が出てきた。まだ慇懃な研究者のふりを続けるのかと思いつつも、星奈は促されるままその部屋に足を踏み入れた。


「お、お茶、飲みますか?」

「いえ、お気遣いなく」


 リビングに通されると、キッチンスペースから長谷川が様子をうかがうように声をかけてきた。そのおどおどした姿が何だかおかしくて、星奈は笑って首を振った。


「今日は、お二人にお礼を言いに来たんです」


 長いこと身構えさせては気の毒だと思い、星奈は単刀直入に切り出した。それなのに、真野も長谷川もビクッと身体を強張らせた。


「まず、先日は遠方までエイジを迎えに来てくださってありがとうございました。お二人が来てくれなかったら、私だけではエイジを動かしてやることもできませんでしたから」


 あの日、エイジの体から魂が抜けて動かなくなったあと、少しの間途方に暮れてから、星奈は真野たちに連絡をした。連絡が来ることも助けが必要になることも予め予想できていたらしく、二人は星奈たちがいた墓地に近いところに待機していて、すぐに車で駆けつけてくれた。

 家まで送るという二人の申し出を断り、気持ちの整理をするために星奈は電車と新幹線を乗り継いで帰った。そのときに、「いろいろ落ち着いたら連絡してください」と言われていて、今日の訪問になったというわけだ。


「そんな……お礼を言われるようなことは何も」

「でも、本当に助かりましたから」


 謙遜する真野に、星奈はさらにお礼を言おうとした。ところが、それを長谷川が頭を床に叩きつける音で遮る。


「……すいませんでしたっ!!」


 勢いのある謝罪の言葉で、その頭を床に叩きつける行為が土下座なのだと星奈は気がついた。

 初めて見る土下座に、星奈は面食らった。


「あの、謝られるようなことなんて何も……」

「ずっと騙してたんだ! すいません、本当に……」


 訳がわからなくなっている星奈に、長谷川は必死だった。それを見て、星奈は合点がいく。


「ロボットじゃないのに、ロボットだって言ってたことですか?」


 星奈には、それしか思い浮かばなかった。

 エイジはロボットではなく、瑛一の魂が入った人形だったのだ。だから、ロボットの研究者を名乗っていたのも、開発中のロボットのモニターを探していたというのも、嘘ということになる。

 でも、それがどうしたと星奈は思っている。そんなことはあの日に気づいて、承知でここへ来ている。


「それもあるけど、違うんだ……我々はずっと、君を騙していたんだ。我々は、瑛一くんの魂を使って金儲けをするつもりだったんだ!」


 それは長谷川にとって、ものすごく大きな罪の告白だったのだろう。震えて、すぐに次の言葉が出てこなかった。

 そんな長谷川の肩を叩いて、真野が口を開いた。


「詳しくは、私から話します。私たちのことを、瑛一くんとの出会いと彼とどんな契約をしていたかを」


 そう言って、真野は語り始めた。


「私はしがない人形職人で、こちらの長谷川は簡単に言うと死霊使いです。死んだ者の魂を捕まえて使役したり、何かに封じ込めて操ったり、そういうことができる能力があると思ってもらえれば。聞いてすぐわかったかもしれませんが、人形と長谷川の能力というのは、非常に相性がいいんです。だから、出会ってすぐに思いついてしまったんですよ。私たちが組めば、いい金儲けができると」

「そうなんですね」


 半信半疑のまま、ひとまず星奈は相槌を打った。

 死んだ瑛一と半年も一緒にいたというのに、星奈はまだ魂とか霊というものを信じきれていなかった。だから、長谷川が死霊使いだというのも、いまいち理解が追いついていない。


「それで私たちは最初は、私が作った人形に長谷川が適当に捕まえた動物の魂なんかを入れて人形劇なんてものをやっていたんですよ。それとか酔狂な人間に売りつける、動く呪いの人形とかを作ったりね。ま、全然金になりゃしなかったんですけど」


 恥じているのか何なのか、真野は自嘲するみたいに笑った。


「あるとき、テレビで人型ロボットが出ているのを見て思いついたんですよ。人間の魂を捕まえて人形の中に入れて、それをヒューマノイドロボットとして売り出したらボロ儲けできるんじゃないかって。人間の魂を入れてあるから高度なプログラムも学習も必要ない。つまり、人形を作る金だけで何倍も何十倍もの金が儲かるぞと」

「それで手頃な魂を探してるときに出会ったのが、瑛一くんだったってわけです」


 真野の言葉を長谷川が引き継いだ。ここからは、彼の領分ということだろう。


「瑛一くんがいたのは、彼が亡くなった事故現場でした。我々が通りかかったのはちょうど警察による事後処理なんかが済んだあとでした。死んで間もない彼の魂はその場所にがっちり縛られているのに、ずっと『戻らなきゃ。戻らなきゃ』って言ってたんです。周囲をさまよう他の霊に取り込まれることなく、それだけ自我を保てるなんてちょうどいいなと思って、声をかけたんですよ。『このままそこにいたら悪霊になるぞ。俺たちと一緒に来るか』って」


 そこで長谷川は言葉を切って、星奈の様子を確認した。瑛一が死んだばかりのときのことを話しているから、大丈夫かどうか心配したようだ。

 少し胸が苦しい気がしたけれど、星奈は先を話すよう手振りで促す。


「そしたら、瑛一くんは言ったんです。『戻らなきゃ。連れてってくれ』って。このマンションに連れ帰ってからも、そればっかりですよ。だからどこになのか尋ねたら、『彼女のところに。泣かせたから、戻らなきゃ』って言うんです。その意志だけでこの世に留まってるようなもんだったんで、そこから話をするのも事情を聞き出すのも大変だったんですよ」


 そう言って、長谷川は苦笑する。そこに、不快感はない。あるのは親しい者に対する、仕方がないなというような感情だ。


「瑛一くんに残っていたのは、悪霊になりかねない強い強い思いでした。だからそれを鎮めて、薄めて、話ができるようにしてから、我々は彼を説得したんです。我々と組んでロボットビジネスでひと儲けしないかと。そしたら彼、言ったんですよ。『この未練をどうにかしてくれたら、いくらでも言うことを聞いてやる。もう死んでるからお金には興味はない。ただ、彼女のことが心配だからそばに行ってやりたい』と」


 そこまで言って、長谷川は顔を伏せた。星奈が涙を堪えきれなくなったのを見たからだ。

 もう泣くことはないだろうと思っていたのに、そんな話を聞かされたら泣かずにはいられなかった。

 死んでもなお、瑛一が自分のことをそんなに思ってくれていたのだということが、嬉しいけれど胸が苦しかった。


「我々はそれを聞いて、してやったりと思ったんですよ。願いさえ叶えてやったら、あとは言うことを聞くと言うんですからね。でもまあ、そのまま好きにさせたんじゃ、その彼女とやらを取り殺してしまいかねないと思って、制限をつけたんです。それが、あの“やりたいことリスト”でした。そのリストをこなしたら気も済むだろうなと。でも、リストを作らせてみたら我々の思っていたものとは全然違っていて……考えを改めさせられたんですよ」


 長谷川が言うと、真野が目頭を押さえた。


「やりたいことリスト、すべて彼女の……牧村さんのためのものでしたからね。全部、どうすれば牧村さんが立ち直れるかを考えて、作られたリストだったんです」


 そう言って、真野はリストについて詳しく話し始めた。


 まずひとつめの【お好み焼きが食べてみたい】は、星奈に食事を食べさせるためのものだった。瑛一が死んでショックを受けて、きっと食事が摂れていないだろうからと。でも星奈は料理が得意ではないから、唯一まともに作れるお好み焼きにしようと瑛一は考えたのだという。


 二つめの【泣ける映画を見たい】というのは、もしかしたら星奈がうまく泣けていないかもしれないから、無理にでも泣かせてストレスを発散させようと考えたらしい。


 三つめの【買い物に行ってみたい】は、星奈の好きなことで気晴らしさせようという考えだったのだ。おそらく瑛一の死後、外出していないだろうし、人の多いにぎやかな場所には出られていないだろうと。だから、連れ出すための口実に、この項目だったのだ。


 四つめの【バイトをしてみたい】は、星奈がもし家にこもりきりになって働けていなかったらいけないからと、バイトに復帰させるにはどうすればいいかと考えての項目だったらしい。狙い通り、エイジのこの願いを叶えるために星奈はバイトに復帰した。


 五つめの【花見で宴会をしてみたい】は、星奈を楽しいところに連れ出すことと、周囲の人とより親しくなることを望んでのことだったらしい。塞ぎ込んでいないで楽しいことをして欲しいと、瑛一は考えたのだろう。


 六つめの【合コンに参加してみたい】は、星奈が早く次の恋をして、瑛一のことを忘れて、楽しいことや嬉しいことを取り戻して欲しかったからだという。


「【釣りに行ってみたい】も【ピクニックに行きたい】も【星を見たい】も【夏祭りに行ってみたい】も、すべて彼女と約束していたことだと言っていました。すごく楽しみにしていたから、何とか叶えてやりたいと」

「……おかしいなとは、思ってたんですよ。どれもささやかすぎる願いだなと思ってたんです。釣りや星を見たいっていうのも、私が瑛一にせがんでいたことでしたし。瑛一の、私の、願いを叶えてくださってありがとうございます」


 星奈は泣きながら、真野と長谷川に頭を下げた。彼らには感謝しかない。

 それなのに二人は沈痛な面持ちで、その感謝を受け取ろうとしない。


「お礼を言われるようなことは、本当にしてないんですよ。我々は、瑛一くんの魂を使って金儲けをしようとしていたんですから。魂を人形などの器に定着させるということは、輪廻の輪から引き剥がし、未来永劫転生させないということだったんです。……瑛一くんの願いや未練を知るまで、我々はそれを悪いことだとも思ってなかったんですよ」


 長谷川は深く後悔しているのだろう。沈んだ声やうなだれた丸い背中から、それが伝わってきた。

 話を聞くと、星奈にもそれがどれだけ恐ろしいことかわかった。けれども、墓参りのときの瑛一の最後を思い出すと、でも……と思ってしまうのだ。


「瑛一の魂は、まだこの世にいるんですか? あの墓参りの日に光になってしまったんですけど……」

「そうなんですよ。あれは本来、あり得ないことでした。瑛一くんは、輪廻の輪へ還りました。牧村さんが、戻してあげたんですよ、おそらく」

「成仏した、ということですか?」

「そうですね」


 長谷川に代わって変わる真野の言葉に、星奈は安堵した。

 この世のどこにももう瑛一がいないというのはやはり寂しいけれど、成仏できたのはいいことだ。さまよわず、縛られず、しかるべきところへ行けたのはいいことだ。


「それなら、やっぱり真野さんと長谷川さんは恩人です。瑛一と私の。瑛一は悪霊にならずに済んだし、私は立ち直ることができました。本当に、ありがとうございました」


 星奈は再び、深く頭を下げた。そして顔を上げ、涙を拭う。

 すると今度は、長谷川と真野が泣きだした。


「け、結果オーライだっただけじゃないか! 本当に、本当に、ひどいことをしてしまうところだったのに……」

「でも、よかったですね。輪に還ったのなら、またいつか巡り巡って会えるかもしれません」


 涙と鼻水を流しながら、長谷川と真野は言う。

 胡散臭くて怪しい、人の良い二人のその間抜けな姿を見て、星奈は笑った。


「真野さんも長谷川さんも、絶対に悪いことに向いてませんよ。だからこれからは、真っ当に生きてくださいね。お二人の技術は、人を救える素晴らしいものなので。それでこれ、活動の足しにしてください」


 そう言って、星奈はカバンから封筒を取り出し、持ってきていた紙袋と共に二人に差し出した。


「エイジが稼いだバイト代と、着てた服です。服は、エイジ……瑛一の魂が入っていたお人形に着せてあげてください。お金も、お二人が使うことを瑛一も望むはずですので」

「……いいんですか?」

「はい。それから、モニターの報酬もいりません。本当なら、私がお二人に払わなくてはいけないくらいでしょうし」


 星奈の申し出に、真野も長谷川も目を丸くしていた。

 これで今日の目的は果たせたから、星奈は一礼して立ち上がる。


「あの……牧村さん。お幸せに!」


 玄関で靴を履いた星奈に、長谷川が慌てて声をかける。


「長谷川さんも」


 笑顔で手を振れば、また長谷川は鼻をぐすんと鳴らした。


「しっかり食べて、しっかり生きていってくださいね!」


 実家の親のようなことを言う真野には、「もしお金に困ったら釣った魚をさばいて食べます」の答えた。

 そしてもう一度礼をして、“人工知能及び人型ロボット研究所”を後にした。



〈了〉

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