第7話『……どういう意味?』


連載戯曲


エピソード 二十四の瞳・7『……どういう意味?』       




時  現代


所  東京の西郊




登場人物


瞳    松山高校常勤講師


由香  山手高校教諭


美保  松山高校一年生






由香: よし、今度は瞳の採用試験合格を祈って……!

瞳: それはいい。

由香: え?

瞳: あたし、もう辞めようと思ってんの。

由香: ……どういう意味?

瞳: 教師になるのやめようと思って……。

由香: なに言ってんのよ、らしくもない。たった三回試験に落ちたぐらいで。

 たった今わたしを励ましてくれたところじゃないの! 自信を持とうよ、自信を!

瞳: 違うの。教師って仕事そのものに魅力を感じてない、感じなくなった。

 写真見てつくづく思った。まあ、もともと車に乗るための金と時間欲しさのデモシカだけどね。

 見ると聞くとで大違い、三年やって、場違いだってのがよくわかった。

 さっきも言ったけど、教育は掛け算なんだよ。

 ゼロやらマイナスの子たちばかり相手にして、空っぽの卵のカラだけいじくりまわしてると……

 なにか、自分の持っている数字まで小さくなっていくような気がしてね。

由香: 考えすぎだよ、そんなのやってるうちになんとかなるって。

瞳: 由香は感覚が違うのよ。学校も、山手みたいな温泉学校にいるから。

由香: 瞳だって、試験に受かって正式採用になれば変わるわよ。

瞳: 夕方、グチこぼしてたのはだあれ?

由香: グチぐらい誰でもこぼすでしょ。みんなグチこぼして、なけなしの元気を絞り出してやってるんじゃない。

瞳: あたしのはグチじゃあないの。

由香: じゃ、なんなのよ?

瞳: 魂の慟哭……。

由香: ドーコク?

瞳: 聞こえない? あたしの心臓が血の涙流して泣いてんのを!? 

由香: お酒も飲まないで、よくそんな台詞が出てくるね。

瞳: 言ったでしょ。由香とあたしは感覚が違うって……ちょっと、このチューハイ半分まで飲んでくれる?

由香: え……うん(半分飲む)これでいい?

瞳: この半分のチューハイを、由香はどう表現する?

由香: え……そうだなあ、まだ半分残ってる。

瞳: だろうね、由香は、のび太君みたいな性格だもんね。

由香: それって? 

瞳: 依頼心は強いけど、憎めない楽観主義で、いつも人が助けてくれんの。

由香: それって……。

瞳: 誉め言葉のつもりだけど。だって、人柄が良くなきゃ、だれも助けてくれないよ。

由香: じゃ、瞳は?

瞳: もう半分しか残ってない……あたしの心もちょうどこのくらい。その残った半分の心が、もう決めちゃったのよ。

由香: 何を?

瞳: あたし、二学期いっぱいで辞めよって決めた。

由香: 辞めて……どうすんの?

瞳: この秋から、姉ちゃんがダンナといっしょに長野でペンション始めたの。

 あたしもちょこっとだけ出資してんだけど、そこで働こうかと思って。

 姉ちゃんも、アルバイト使うよりは、身内のほうが気楽だろうし。

 ちょっぴり大きめのペンションだから、人手もけっこう大変なんだ。

由香: だけど……。

瞳: だーかーらー……夜の山道ぶっとばそうよ!

由香: えー、ローリング族とか出るんじゃないの?

瞳: 大丈夫よ、週末じゃないし。

 そんな奴らが走らない道だし、制限速度は三十キロしかオーバーしないから。

 そのために、あたしウーロン茶しか飲んでないんだよ。ね、山頂からの夜景は絶品だよ!

由香: いや、だけど……。

瞳: あたし車とってくるから。由香は、お勘定の方よろしくね(伝票を渡して去る)

由香: あ、ちょっと! 瞳い!


 暗転


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