第6話『バカヤロー!』
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・6『バカヤロー!』
時 現代
所 東京の西郊
登場人物
瞳 松山高校常勤講師
由香 山手高校教諭
美保 松山高校一年生
BGMがかかって飲み屋。ビール、チューハイ、ウーロン茶とサカナが並んでいる。瞳は先ほどの写真を見ている。
由香: ごめんね、わたしばかり飲んじゃって。
瞳: いいよ、こういう雰囲気じゃないと話せないこともあるし……こうして見ると、どれも今いちだな。
由香: わたしのせいじゃないわよ。
瞳: なにかがハンパなのよ。
由香: え?
瞳: ……やっぱポーズや表情じゃごまかせないか。
由香: え、そんなにブスに写ってるの?
瞳: 失礼ね、みんなかわいく写ってるわよ……ただ……。
由香: ただ……?
瞳: どれもこれも空元気……空回りの上に個性が……(ない)
由香: けっこういけてるように思うよカメラマンの腕がよかったから。
瞳: こんなステレオタイプじゃなくって、生きざまが写るようになんなきゃなあ……かけらでもさ。
由香: わたしのせい?
瞳: 違う、あたし自身のことよ、大石瞳の……もう二十五にもなろうってのに……ね、あとでぶっとばそうよ!
由香: え、あの年代物のミニクーパーで?
瞳: そうだよ。さり気ないけど、見えないとこでギンギンにチューンしてあるんだからね、
タイヤもエンジンもサスもミッションも……。
由香: あいかわらず走り屋やってんの?
瞳: 昔ほどじゃないけどね。合法よ、合法。
高速だって三十キロ以上はオーバーしないようにしてるし、市内なんか、タクシー並の安全運転だったっしょ?
由香: うん、だからとっくに卒業してんのかと思った。
瞳: 車は素直だからね。こっちの腕さえしっかりしてたら、手を加えたぶん、きちんと応えてくれる。
ところが学校とか生徒とかはね……。
由香: 美保って子の指導なんか立派なもんだったじゃない。
あの子も素直に聞いていたし、ベテランの本職に見えたわよ。
瞳: アリバイよアリバイ。生徒の指導も親への連絡も、無事に退学をかちとるためのね。
うちで三年もいたら自然に身につくテクニック。
由香: そう? そばで見ていたら、ちゃんと生徒に愛情持った、いい指導に見えたけどなあ……急にわたしにふったこと以外は。
瞳: 百人も辞めていく生徒にいちいち愛情なんかかけてらんないわよ。
フリはしてるけどね、愛情持ってるフリは……今日説教した美保も、
まあ、十日も効き目があったらいい方だろうね……明日は、まあ来るね。土日挟んで、まあ十日。
そのたんびに「よくやった! よく来たな! 明日もがんばれよ!」そして、十日たったら元の木阿弥……
期末テストで欠点のオンパレード。
できたらそこで引導渡してやりたいけど、美保は性格の弱い子だからさあ、きっと学年末までねばるだろうね。
それで学年末で「お世話になりました」の一言も言わせて、シャンシャンシャン。
校長も主任も「大石先生ごくろうさん!」それで美保もあたしもお払い箱……だろうね。
由香: 常勤講師は一年契約だもんね。
瞳: 違う! 長い短いの問題じゃあない……!
自分の一生を掛けた仕事として確かかどうか……たとえば、由香の実らないまま消えていった恋。
由香: なによ急に!?
瞳: 山のように編んだセーター。
由香: 夕方の蒸し返し? どうせわたしは夢見る夢子ちゃんですよ。
瞳: そんなことはない! 由香の愛と情熱はいつかは報われる。
この編み目の一つ一つに、その確かさを感じる。自信持っていいよ!
由香: そっかな……。
瞳: そだよ、由香の想いはいつかはかなう。いつか必ず由香の良さを分かってくれる男が現れる。
その確信が由香の目を輝かせているんだもの!……キラキラキラ……あん、まぶしい!
由香: よしてよ。
瞳: バカ、真剣だよ真剣。
由香: 真剣?
瞳: そう、自信持って。ほらほらほら、グッといって、グッと!
由香: そだよ、そおだよね。わたしだって、いつかはきっと……わたしの魅力に気づかない男共のバカヤロー!
瞳: バカヤロー! そして、いつかは実る由香の恋に乾杯!
由香: そおおだよね、わたしにだって、わたしにだって……!
ありがとう瞳、もつべきものは親友、自信がわいてきた!
瞳: なんだったら、セーター返そうか?
由香: いいよ、明日っからもっとスンゴイセーター編んじゃうんだから!
瞳: その意気や良し! その由香の自信にもう一度……。
二人: 乾杯!
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