第5話『教育は掛け算だって!』   


連載戯曲


エピソード 二十四の瞳・5『教育は掛け算だって!』   




時  現代

所  東京の西郊


登場人物


瞳   松山高校常勤講師

由香  山手高校教諭

美保  松山高校一年生







瞳: 言っただろ、教育は掛け算だって!

 先生が十のこと教えて、あんたたちが十なら答えは百、一だったら十。

 そんで、ゼロだったら答えはゼロだよゼロ。覚えてる?

美保: あたしゼロ?

瞳: ゼロだ!

美保: はあ……。

瞳: だけどなあ、美保はマイナスじゃない。


美保: え?

瞳:マイナスの数字は、どんな正数を掛けても答えはマイナス。そういう奴は、今の美保みたいに素直な話もできない。

 だから、そういう正直なとこが美保のプラスのとこだ。さっきも言っただろ。

美保: うん……。

瞳: 先生はな、美保が勉強の面でプラスだろうがマイナスだろうが。

 そんなことで、善し悪しを計ろうなんて思ってないぞ。

美保: ……どういうこと?

瞳: 場所を変えたら、美保の気持ちはプラスに変わる。

美保: え……。

瞳: 違う学校に行ってみるとか、働いてみるとかしたら……きっと美保にもゼロではない、プラスになれる場所があると思うんだ。

美保: それって……。

瞳: こら、詐欺師見るような目で見るんじゃないよ。

美保: だけど、あたし学校にはいたい……先生、あたしのこと辞めさせたいんじゃない?

瞳: バカ、それなら、ちゃんとプラスになって学校に来いよ。ちゃんと授業うけろよ。


 な、そうだろ、先生間違ったこと言ってるか(由香に)ね?

由香: え……うん……。

瞳: だろ?

美保: う、うん……。

瞳: これ、今日家まで行って美保に渡そうと思っていたんだ。

美保: え?

瞳: うち、選択授業が多くって、教室の移動が多いじゃんか。

 美保、あんまり学校来てないから、自分が受ける授業……教室もよくわかってないだろ、迷子の子猫ちゃん。

 辞めさせたかったら、こんなサービスしないよ。

美保: ありがとう先生……。

瞳: これでもう「教室わからないんだも~ん」って、言い訳はさせねーからな。

 数字の上では、ちゃんと学校に来てきちんと授業受けたら、カツカツで道はひらけないこともない。

 そのためには、自分を変えなくっちゃな!

美保: プラスにならなくっちゃだめなんだよね。

瞳: そうだ。難しいぞ、自分を変えるというのは。

美保: うん。

瞳: できるか?

美保: う……うん。

瞳: ちゃんと先生の顔見て!

美保: ……うん。

瞳: ……だめだった時の覚悟も心に置いとくんだぞ。

 その場しのぎにイイコチャンぶっても、問題先延ばしするだけだからな。

美保: うん。

瞳: ……。

美保: じゃ、もういい?……バイトの時間迫ってるから。

瞳: おう。それから……なあ美保。

美保: うん?

瞳: 夜中、バイク乗り回すのはやめときな。

美保: ……どうして?

瞳: 懇談の時、一人一人に聞いた。美保にも聞いたでしょ?

美保: あたし、免許もバイクも持ってないって!

瞳: 反応でね、美保とお母さんの反応で……

 今みたく、ムキになったり、目線が逃げたり……で、こいつは乗ってるなあ……と、あたしの勘。

 それで警察に問い合わせたの。多摩と府中の警察で、一回ずつ世話になってるわね。

美保: ……。

瞳: ほれほれ、また詐欺師見るような目ぇしちゃって。

 今さら問題にして、どうこうしようなんて思ってないよ。

 バイクそのものも悪いとは言わない、あたしも車大好きだから。

 だけど、今はそのバイクとダチとの付き合いが美保の足をひっぱてるんだ。

美保: それとこれとは関係ないよ!

瞳: ある! 夜遅くまでバイク乗って、朝学校に来られるわけないだろ……それに、乗ってるだけでは済まないようなことも……。

美保: 分かってるよ。

瞳: ……そこまでは詮索しないけどなあ、今は、そこんとこ手を切らなかったら進級なんかできねーぞ。

美保: 先生、あたしは……。

瞳: まだ、このうえゴチャゴチャ言わせてーのか!

美保: ……。

瞳: 分かったか? とりあえず進級のメドがつくまでは……いいな……そうでないと、またコブラツイストかけっぞ!

美保: う、うん。がんばるよ……じゃ……先生。

瞳: うん?

美保: 何でもない(駆け去る)

瞳: いいか、バイクはやめとくんだぞ!

由香: ……瞳、あんたすごいね……。

瞳: もうちょっと待っててね……(携帯をかける)……ああ美保のお母さんですか?

 はい、松山の大石です。いま、お家まで行こうと思ったら東公園のとこで美保に出会いまして……ええ、説教しときました。

 今日で音楽が切れてしまって、残りの日数も十六日です……

 はい、本人もがんばるって言ってますけど、最悪アウトになる覚悟は……恐縮です。

 今度落ちたら二度目。二回落ちて卒業した子はいませんから、ええ……それとバイクのこと……

 ハハハ、申しわけありません、勘で……ええ、ピンときて、警察のほうにも照会させてもらいました……

 いや、特に問題にして処分しようとは考えてません。ただ、美保の足をひっぱってるのは確実にバイクと、その仲間です……

 ええ、本人にもメドのたつまでは縁切れって……ええ、本人も飲み込んだ様子ですので……

 お家の方でも、そのへんよろしく……性根までは腐った子じゃありませんから、まだ信じてやりたいと思います……

 じゃ、どうぞよろしく(切る)おまたせ、家庭訪問なくなっちゃった。どっか行こっか?

由香: え?

瞳: 由香の希望どおり、あたしのバースデイ・イブってことで。もち由香のおごりでね。

 フランス料理にしようかな……イタメシもいいし……あ、自転車のうしろ乗って。立ち乗りでいいよ。

 近くの駐車場までだから……いくよ!

由香: あ、ちょ、ちょっと……。


 由香が瞳の自転車を追いつつ去る。黒子による明転。 


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