第8話『ヒヤッホー!』


連載戯曲


エピソード 二十四の瞳・8『ヒヤッホー!』    






時  現代

所  東京の西郊


登場人物


瞳    松山高校常勤講師

由香   山手高校教諭

美保   松山高校一年生





 瞳のミニクーパー。BGMが、タイヤのソプラノに変わって明るくなる。


瞳: ヒヤッホー! 聞いた!? 今のドリフト! タイヤのソプラノ!……

 ほら、もういっちょうS字カーブ(右に左にドリフトし、タイヤがキュンキュン、歓喜の声をあげる)たーまらん!

由香: た、頼むから、もうちょっと穏やかに走ってもらえない。

 わたし、車弱いとこへもってきて、アルコール入ってるから……ウップ。

瞳: 仕方ないわねえ。ほらヘド袋、車の中汚さないでよ。

由香: ……大丈夫、飲み込んだから。 

瞳: うわあ、息がヘド臭~い。ほら、ウーロン茶と口臭消し。            

由香: ありがと……。                              

瞳: 大丈夫?

由香: うん、普通の運転になったから大丈夫。

瞳: つまんねえなあ……。

由香: つまんないのは、こっちだわよ!

瞳: へいへい、安全運転安全運転……。

由香: ねえ、さっき言ってたペンションの話って、本気?

瞳: あたりきしゃりきにブリキのバケツ!

由香: 真面目に。

瞳: あたしは、いつも真面目ー。

由香: それじゃ言うけど、ペンションって御客つくまでが大変だって言うよ。

 こんなこと言って失礼だけど、軌道に乗るまでは海のものとも山のものとも……。

瞳: 山のものってきまってるじゃん。

由香: え?

瞳: だって長野県だもん、山しかないよ。

由香: 真面目に。

瞳: だから真面目だって。

 姉キのペンションは、前のオーナーが歳くって引退するからそのあとを譲り受けての経営。

 だから、固定客が最初から付いてんの。あたしも姉キも元を正せば、その固定客の一組だったんだけどね。

由香: なるほどね、瞳なりの固い計算があった上での話なんだ……。

瞳: あたりまえじゃん、一回ポッキリの人生だもん、いろいろ考えた末の結論よ、

 ヘラヘラしてるようでも考えるとこは考えてんのよ……ほい着いた(急ブレーキ)。

由香: ゲフ……痛いでしょ、急ブレーキかけたら。シートベルト食い込んじゃったよ。

瞳: 見てみぃ、この山頂からの夜景……。

由香: うわあ……。

瞳: もちょっと晴れてたら、都心の方まで見えんだけどね。


 間


瞳: あたし、この夜景見て決心したんだ。

由香: この夜景で?

瞳: うん、この夜景の下にあたしはいない……。

由香: え?

瞳: だって、見てるあたしは、この山の上。

由香: ハハ、そういう意味? でも、そんなの簡単じゃん。

 山から下りて、家の明かりの一つもつけたら、この素敵な夜景のワン・ノブ・ゼムになれるじゃん。

瞳: 千三百万分の一のね……デジカメの画素以下。あたしなんか、いてもいなくてもいっしょ。

由香:タソガレ通り越して、暗闇じゃんよ。

瞳: 違う、楽になれたのよ。

由香: え?

瞳: あたし一人が抜けても、この夜景には何の影響もない……

 だったら、あっさり抜けちゃってもいいんじゃないかって。

 それなら、学年末まで義理たてなくても、きりのいい二学期末でおさらばしてもいいんじゃないかって……

 あたしがいなくても辞めてく奴は辞めてく。

 多少もめることにはなるかもしれないけど、この千三百万の明かりの、ほんの一つのささやかなエピソード

 (歌う)ケ・セラ・セラ、なるようになる……と、アララ……。

由香: どうしたの?


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