第2話『手編みのセーター』
連載戯曲
改訂版 エピソード 二十四の瞳・2『手編みのセーター』
時 現代
所 東京の西郊
登場人物
瞳 松山高校常勤講師
由香 山手高校教諭
美保 松山高校一年生
由香: それでは、大石瞳の一日早い二十五歳の誕生日を祝って……(クラッカーを取り出す)
瞳: ちょ、写真撮るから(カメラと三脚を取り出す)
由香: え、カメラ用意してんの?
瞳: これ用意するのに時間かかったんよ。
由香: おお! プロ用のデジカメじゃん!
瞳: 理科の先生にマニアがいてね……よし、いくよ。
五、四、三、二、チーズ(クラッカーの音とシャッターの音が同時にする。
クラッカーの中身といっしょに枯葉がチラホラと舞う。間)
瞳: ……なんか一抹の淋しさを感じるね。
由香: なにぜいたく言ってんのよ。世の中には誰にも祝ってもらえないで誕生日迎える女が山ほどいるんだぞ。
瞳: わかっておりますわよ、友だちのありがたみは。
由香: んなら、もっとありがたがりなさいよ!
瞳: ヘヘ~!……(袋を開ける)うっわあ……手編みのセーターじゃん!
由香: たっぷり一ヶ月はかけさせてもらいました。
瞳: いやあ、ありがとーーーーーー手間暇かかっちゃったでしょ。いやーーーーー襟とか袖まわりとか難しいんでしょ、よく編めてる(セーターを着る)
由香: でしょ!
瞳: ちょっと複雑な気持ちだなあ……。
由香: え?
瞳: これ、ほんとうは自分のために編んだんじゃない?
由香: え……。
瞳: 丈が、微妙に長い……。
由香: 今年は、そういう微妙にザクッとしたのが流行なのよ。
指先がチョコッとだけ出るようなのが萌えーっちゅう感じで男心をくすぐるんよ!
瞳: いまさら萌えーっちゅう齢でもないでしょ、あたしたち。
由香: 嫌だったら返してよ。
瞳: ありがたいと思ってるわよ。ほんとはペアルックで、色違いのを編んで彼にあげようと思って。
思うだけであげられなかったせつない女心……その宙に浮いたペアルックの自分の分をあたしに……。
由香: 瞳いいいいい!
瞳: かまわないわよ、たとえ流用にしろ由香の情熱のこもったセーター。
ありがたく着せてもらう、この編み目一つ一つに由香の想いを感じながら……。
由香: あのねーーーーー手芸はわたしの趣味とストレスの解消なの!
瞳: それはそれは……じゃ、ついでにあたしの写真撮ってくれる?
由香: え、一人だけで?
瞳: うん、写りがよかったら見合い写真とかにしようかなって、こういう萌え系もいいんじゃない?(ささっとセーターを着る)
由香: そういう齢じゃないって言っといて。
瞳: はいはい、チーズ。
由香: オ……や、やっぱ……い、意外に萌~じゃ~ん(^▽^)/
瞳: 本気で萌言うなあ~!
由香: いいよいいよ、プチギャップって感じ! 本気で見合い写真に使えるかも。あ、やっぱ、セーター脱いで一枚……(シャッターを切る。三脚の脚が一本縮んでカックンとなる)……なんか、本気の見合い写真は拒絶しとるぜ。
瞳: んなこと……ちょっとコツがね、よし、これでいいと思うよ。
由香: じゃ、いくよ。こっちも仕事でストレスたまってんだからね(シャッターを切る)
瞳: 仕事のストレスってあんの、山手みたいないい学校で?
由香: あるわよ。そりゃ、担任やってるといろいろと。
瞳: たとえば?
由香: 教師同士の人間関係とか、生徒の無気力さとか、縮まらない距離とか……。
瞳: ふうん……。
由香: こんなこと言っちゃあなんだけど、瞳は常勤講師で、担任もないから気楽なもんなんでしょうねえ(シャッターを切る)
瞳: それがねえ……。
由香: なんかあるの?
瞳: あたしが副担やってるクラスの担任、倒れちゃって、あたしが担任の代行やってんのよ。
隣の担任も休みがちで、ほとんど二クラスの担任代行。
由香: ええ! それって、瞳は常勤講師でしょ?
瞳: ウ、そーなんだけどね……。
由香: 学年主任とかいるんでしょ?
瞳: それが、頼りないオッサンたちで。
たてまえは学年主任と主席が代行っていうことになってんだけど、現実は日々の指導から、先月は懇談まで。
今も、家庭訪問にいくついでに……。
由香: え、この自動車大好き女が自転車で通勤してんの?
瞳: ちゃんと自動車で通ってるわよ。これ、セコの折りたたみ。車に積んでんの。
由香: え、自動車通勤ってヤバいんじゃないの?
瞳: 三年もやってりゃ開き直り。車は知り合いの駐車場に預けてっから。
由香: んじゃ……。
瞳: 家庭訪問は自転車。小回りが効くし、駐車する場所気にしなくていいでしょ。
それに汗水たらして自転車で行くと、いかにも先生が苦労してますって感じで、演出効果もばっちり。
由香: だけど、そんな担任みたいな仕事、常勤講師なんだから、
学校もいつまでもほうっておかないっしょ、常勤講師は常勤講師なんだから。
瞳: 常勤講師常勤講師言うな!
由香: ごめん。
瞳: 現役一発で通った由香と違って、三回も試験に落ちてる身だよ。好きこのんで常勤でいるわけじゃないもん。
由香: そんなつもりで言ったんじゃないわよ。
わたしだって、初めての担任で、クラスは苦しいし、もう二人も退学させてんだぞ。
そのたんびに親には泣きつかれるし、子供は拗ねるし……。
瞳: ウーーーーあたしなんか二十四の瞳なんだぞ。
由香: え?
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