第6話 死んだはずの幼馴染が遊びに来たんだが!?

「はは、……訳わかんねぇ」


 目の前の訳の分からぬ状況に口元を痙攣させていると、目の前の女子はよく分からないことを口走り始める。


「私のこと……見えてる……よね?」


 突然俺の背後にいた女子は、なぜか目に涙を浮かべながら認識されたことに笑みを浮かべていた。


「あ、えっと……とりあえずどなたでしょうか?」


 完全に幽霊だと決めつけていた俺は、目の前の女子相手にただただキョドルしかなかった。まぁ幽霊だと決めつけるって言葉自体おかしいのだが。

 それでも鍵もしっかり掛けた部屋で目の前に全く知らない女子が涙と笑みを浮かべながら背後に立っていると曰うよりずっと現実的な気がする。


「えっと……やっぱり覚えてないんだね。まぁ10年以上ぶりだし仕方ないんだけど」

「あ、俺あなたとどこかで会ってました? 申し訳ないけど全然覚えてないんですが」

「なっ! ……覚悟してたけど面と向かって言われると辛い〜……」


 彼女は肩を落とし明らかに落ち込んでいる。これは俺が悪いのだろうか? 仮に落ち込ませたのは悪いとして、不法侵入してきたことについて咎めてはいけないのだろうか? 割合的にあっちの方が過失の割合高いと思うぞ。


「あ、あの……そもそもどなたです? 見た感じ強盗とかしにきたわけじゃないんすよね? だったら一応名乗ってもらっていいですかね?」


 これが俺が出せる最大限の勇気だ。不法侵入者であることは純然たる事実なのだが、こちらに危害を加えてくる系不法侵入ではないようだ。…………危害を加えて来ない系不法侵入って何だ?


「はぁ、一歩的に覚えてるって、こんなに辛いんだね。まぁなっ君がおばさんと電話してる時からそれは知ってたけどさ……もう枕元に立って思い出してもらう作戦やめようかと思ってたところだよ」


 ──ん?ちょっと待て、なっ君? オレンジジュースのような名前だと思うと同時に、とある女の子の名前が口から漏れ出した。ここにいるはずのない、どころか、もうこの世界にいるはずのない者の名前を。


八重洲やえす……飛鳥あすか……?」

「え……お、覚えててくれたの!!?」


 ものすごくテンションを上げて顔を近づけてきた彼女。突然のことに俺は後方にすっ転んだ。ついでに突然迫られたことに激昂し顔が真っ赤である。もう一度言おう、激昂して顔が真っ赤である。枕元に立たれていたのだからこうもなろう。


「あ、え、あっと……何ですか急に?」

「ご、ごめん! 大丈夫?」


 少し躊躇しながらも、伸ばされた手を掴むため俺も同様手を伸ばした。下心はない、断じてない。女子の肌に触れるなんてまじ10年以上ぶりじゃね? とか思っていない。


 そして俺は2つの手が重なる瞬間指を折りたたむ。そして上体に力を入れた時──その手に触れたのは自身の手入れが行き届いていない爪。それと同時に俺は再び尻餅をついた。


「…………は?」


 俺からでた言葉はそれだけだった。漫画の主人公であればもっといいリアクションが取れていただろう。「ええええええ〜〜〜〜!」とか「何ですと〜〜〜〜!」とか言うのかも知れん。しかしこれは漫画じゃない。リアルなのだ。リアルに彼女の手は俺の手をすり抜けたし、今現在再び尻は地面についている。人間まじで意味わからん時はこんな反応になる。


「──あ、死んでるの忘れてた」


 さらっと言われた一言に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 ✳︎


 それから1時間後、俺はようやく落ち着き彼女こと八重洲飛鳥の話を聞けるまでになった。俺ってばまじ冷静! 落ち着きすぎて一定のリズムで体を震わせている。こんな時ですらリズムを刻めるとか、もしかして俺そっちの才能ある?!


 なんて考えてないと心身が持たないレベルで頭がパンクしている。


 八重洲飛鳥の話はこうだ──彼女は俺も知っている通り死んでいる。本当につい最近のようだ。そしてなぜか俺に会うために東京から富山まで幽霊の状態でやってきて、そしてようやく見つけたと思ったら俺が彼女のことを記憶の片隅のもないことを知り、ショックで背中を押そうとしたら憑依してしまったらしい。


 ちなみに枕元というのは、少しでも思い出してもらえるよう、彼女が考えた案らしい。恐らくだが、最近見ていたあの夢は意識的にせよ無意識的にせよ、彼女の影響なのだろう。


「…………って、分かってる情報全部まとめても全然意味わからんのですが? まずどこから質問すればいいんでしょうか?」

「んん〜、ねぇなっ君さ、敬語やめよ。一応随分会ってなかったとはいえ幼馴染みな訳だし同い年だし。そうだ! 昔みたいにあすかちゃんって呼んでよ! そしたらまた仲良く──」

「いや無理だろ。……あ、敬語解けた」


 何だろう、最初は恐怖しか感じなかったが、言葉を交わすたびに懐かしさを感じる。例えるなら母さんや妹のような感じだ。


 それにしても女子相手に下の名前で呼ぶとか難易度高すぎませんかね? そんなのク○パにマ○オを倒せと言っているようなものだ。世の中にはどうしたって超えられない壁が存在する。


「そっか、そうだよね。幽霊なんか気持ち悪くて仲良くできないよね……」


 まずい、八重洲飛鳥は俺が意図せず踏んだ地雷のせいで怪我をしたらしい。まぁ俺はノーダメで彼女は死にかけなんだが。

 あれか? 普段から他人に対して話しかけるなオーラという特殊なバリアを張っているおかげだろうか? とにかくケアはせねば。


「あ、いや……別に仲良くしたくないとかそんなんじゃなくてですね、いきなり下の名前で呼ぶことに抵抗が」

「えっ! ってことは仲良くはしてくれるの?! やったーっ!! 苦労してここまできた甲斐があったーっ!!」

「いや別にそういう意味じゃn ──ん? 苦労してきた? 幽霊なんだから浮いてピューって感じじゃねぇの? てかなんで浮いてないの? 何で透けてないの?」


 目の前にいる彼女は一般的にイメージする幽霊像とはかけ離れている。浮いてない、透けてない、白装束着てない、頭によくわからん三角巾つけてない、恨めしそうじゃない、ざっと上げてこんな相違点がある。しかし体はすり抜けたことから幽霊であることは間違いない……間違いないと思うのだが、なぜか彼女は今──


「何で……幽霊なのに普通に椅子には座ってんの?」


 そう、この八重洲飛鳥という女子は人……少なくとも俺はすり抜けるくせに物は普通に触れるのだ。


「んん〜〜、あたしもよくわかんないんだけどね、人は触れないのに物は通り抜けれないんだ。要するに何が言いたいかというと、あたしは椅子に普通に座れるし、改札には引っかかるよ」

「なぜそこで改札……ん? ちょっと待て、飛べないんだよね? 改札に引っかかるんだよね?」

「うん。飛べないし引っかかるけど?」


 今俺の中で幽霊だの人間だのというオカルト的疑心暗鬼の時間は終わった。今俺の心を支配しているのは『まさか……嘘だろ?』というものだけだ。


「君さ……もしかしてここまで……新幹線で来た?」


 いやうんまぁそんな訳は──


「えっすごい! 何でわかったの?!!」


 当たっちゃったよ! 何でだよ! 外れてろよ! 幽霊が新幹線移動とかシュールすぎんだろ。


「大変だったんだよ。見えてないし無断で乗ることもできるんだけど、なんか申し訳無くなってまず家にお金取りに帰るじゃん? そして改札に引っかかって痛いじゃん? 席ないじゃん? 仕方なく立ってたらカップルがあたしをすり抜けながらキス始めるじゃん? 脳に直接響いて気持ち悪かった。でそこから富山県中の高校虱潰しに探したんだよ、でも全然見つからない上に電車の数が少なすぎて一回泣いた。で、ようやく見つけた! と思って近づいたら忘れられてるし……」


 ……何というかその……ごめんなさい。にしても大変だな浮けない幽霊とは。しかも富山の電車事情に泣くかぁ、気持ちわかるぞ。休日なんて冗談抜きで1時間に一本とかだからな、県庁所在地でこれだ。乗り過ごした時は泣きたくなるし情けなくなる。


「その……忘れててすまん。恐らくなんか事情があってこんなとこまで来てくれたんだろうにな……その、もしかしてだが小矢部おやべ──学校で俺をぶん殴ろうとしてた不良から助けてくれたのって……」

「うん……結果を見たら助けたって言いづらいけど、まぁ一応そうかな? あたし生前柔道習っててね、なっ君に憑依して倒し……あ、そうだ。その件はほんとごめん! あたしのせいで先生に怪しまれてるんだよね?」


 八重洲飛鳥は本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。


「あ、ちょっとやめてくれ! 確かに嫌な気はしないと言えば嘘だが頭を下げられるほどのことじゃねぇよ。明日このことを城端しろはた先生に説明を…………説明……を……どうやってするんだ?」


 犯人は幽霊。俺はやっていない。だがやったのは俺の体だ。しかも俺のためにやったことだ。さらに厄介なのが恐らくだが俺以外に彼女の姿は見えていないという点。これが一番厄介だ。見えない奴が犯人とかどう説明すればいい? 仮にめちゃめちゃ上手く説明できても納得してもらえないだろう。


「…………詰んだ」

「で、でもほら! 例えばあたしの姿が他の人に見えたらワンチャンあるよ! そうだあの子! あのめちゃめちゃ綺麗なあの子とか見えてたっぽいよ!」

「綺麗なあの子……もしかしてみなと玲衣れいいか?」

「そうそうあの子! あの子職員室で座り込んでたあたしにずっと怒ってたっぽいし。幽霊だとは気づいてなかったっぽいけどね」


 なるほど、あの時のはそういうことか。会話が俺に向かってないと感じたのは間違ってはなかったらしい。


「なるほどな、最悪頼んでみるか……ってか俺みたいに城端先生に姿を視認させることとか出来ねぇの? てかどうやったんだ?」

「う〜ん、2回憑依しただけだよ? もしかしたら何回か憑依することでその幽霊が見えるようになるのかも知れないけど」


 なるほど、体を共有することで認識できるようになったと。と言うか体を共有って響きがなんかこう……うん。


「とは言え憑依させるわけにもいかんしな……まぁ明日また考えるか。じゃあここらでそもそものことをとうとう聞いていいか?」

「いいよ! 何でもござれ!」

「なら単刀直入に聞こう。八重洲あ……はぁ……八重洲、何でそんなめんどくさいこと重ねてまで俺なんかのところに来た? 幼馴染だからってのは答えにならねぇからな」


 わざわざ新幹線に乗り俺たった1人を探すために富山中を探し回る。文字通り自分の足で。自分で言うのはちとあれだが、俺は俺にそこまでの価値があるとは思えない。精精校内を探してくれるのが関の山だ。


「あたしが、なっ君を探してたのはね──」


 一度下をむき固まる八重洲。まるで時間が止まったのかと思う静寂。恐らく実際は10秒ほどなのだろう。だがその10秒が永遠に感じられた。


「探してたのは…………何だ?」

「探してたのは、なっ君とこに遊びに行くためだよ!!」

「…………ん?」


 生まれてきて17年、様々なことがあった。いいことも嫌なことも、めんどくさいこともしんどいことも覚えている。そんな人生の中で、恐らく空前絶後の驚きになろうことが起きた。それは──


 ──死んだはずの幼馴染が遊びに来たんだが。

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