第3話 幼馴染の訃報を聞いたんだが!?

 時刻は17時20分。とあるアパート前。長い叱責、そしてよくわからん絡みをされた俺はようやく自宅へと帰り着く。と言っても部活をしていないので他生徒と比べれば全然早いんだが。


「ただいま〜」


 返事がない、ただの屍のようだ。


 というのはまぁもちろん冗談で、俺はこの広いとも狭いとも言えない7畳のアパートを借りて一人暮らしをしている。高校を実家から遠いところを受験したことで、交通費もろもろを考えたときにアパートを借りた方が安いという結論になった。

 学校でも1人、家でも1人、もはや俺は孤独のスペシャリストと言って差し支えないのではないだろうか?


 最初は謎にワクワクして始めた一人暮らし。家に帰ると全てが自由時間で、3食全て自由に食べられる。食べたくないものはそもそも入れないということが出来るのだ。おかげで全く野菜を食べていない。


 しかし利点なんてその程度だ。冷蔵庫の中が底を尽きれば買いに行かねばならんし、レシピを考えなければいけない。それに掃除、洗濯、ゴミ出しやら何から何まで俺1人でやらねばならないのだ。正直きつい。

 誰でもいいから俺のこと無償で扶養してくれないかなぁ?


 それと一人暮らしの弊害、というよりぼっちが一人暮らしをした時の弊害として、まじで1日誰とも話さないということがある。別にこれ自体は問題ない、むしろ話したくないのに話さなくていいという意味で優れていると言える。


 では問題は何か? それは久々にコンビニなどに行き、店員に返事をする際「ぁ……あ……ぇあ……」と、まじで声が出ないことがあるのだ。いやまじである。俺なんか月一のペースである。みんなも2日間くらい一文字も発さずに生活してみなさいな、まじで出ないから。これがあるから帰宅時にただいまと言う習慣を付けた。


 正直、だからといって困るというわけではないのだが、とにかく恥ずかしい。そして情けなくなるのだ。まるで「君はダメな人間だ」と、喉元に烙印を押されているような感覚になる。そんなことが積み重なると、今日みたいに授業中ノートに謎の文章を書いたり、急に学校辞めたいとか言ってしまうのだ。


 つまり俺は悪くない、Siriがもっと発展してないのが悪い。

 などと下らないことを考えながら俺はベッドで横になる。今日は腹が減っていない。


 ──ギシッ


 ……今ベットが軋んだ音がしたんだが、気のせいだよね? 何もいないよね? 起きたらベッドが濡れているとかないよね! ね!


 その時突如女性の声が部屋中に響いた。しかも複数。


「ひぃ! 何この声! 怖い! 怖いけどなんか……リズミカル?」


 落ち着いて音の発生源に近づく。というかそれは手を伸ばしたらすぐそこにあった。


「……スマホの着信音かよ。ビビらせんなよまったく」


 着信は母親だった。因みに名前をしっかりと変更して『母親』ってつけている。『妹』も然りだ。何故って言われるとねぇ、まぁあれですよ。もし人に見られたときに「こいつ連絡先に女入ってるぜ!」とかいじられたら敵わんからな。もっと因むと着信音は『おジャ魔女○レミ』だ。


「はいもしもし? 急にかけてどうしたんだ?」

「あっ、奈月やっと出た! もうちょっと早く出るようにしなさい! 3コール以内に出るのが常識よ」


 3コール……俺の場合だと『はしゃいで騒いで』くらいまでか、厳しいな常識。


「はいはい、今度はサビが終わるまでには出るよ」

「サビ? ……まぁいいわ、そんなことより奈月、八重洲飛鳥やえすあすかちゃんって覚えてる?」


 八重洲飛鳥、誰だそれ? 名前的に女子だろうか? とにかく覚えてない。なにせ中学までの記憶は連絡先とともに消滅させたのだ。あの一回もかけたこともかけられたこともない連絡先と共に。


「さぁ? そんな人親戚にいたか?」


 その時、背後でガシャん! と何かが物に当たった音がした。


「……お母様お母様、このアパートって借りる時なんか言われました?」

「急に何よその喋り方……別に何も言われてないけど? どうかした?」

「いやそのなんていうの……YOUREI的な」


 びくつきすぎて言葉がおかしくなった。なんだよYOUREIって? なんで貴方なんだよ?


「別にそんなこと聞いてないわよ? まぁでもいいじゃない別に、いるだけなんでしょ? というか話し相手になって貰いなさいよ! どうせ家だと話し相手いないんでしょ?」

「えぇ〜……」


 やはり俺の母親は適当だ。どういうロジックを辿ったらこの答えに行き着くのだろうか? しかし残念だったな母よ。俺は家どころか学校でも殆ど話さないぞ。


「そんなことより、ほんとに覚えてないの? ひっどい男ねぇ。飛鳥ちゃんよ飛鳥ちゃん! 幼馴染の! 昔東京にいた時に遊んでたでしょ? 『なっ君なっ君』ってずっと付いてきてたじゃない」


 なっ君……なんだそのオレンジジュースみたいな名前は? と思うと同時に、俺はあの夢を思い出す。夢に出てきた女の子に『なっくん』と呼ばれているからだ。だが、それに気がついた所であまり感情に変化はない。


「で? その何とかさんっていう幼馴染がどうしたって?」

「あの子ね、つい先週亡くなったらしいのよ。昔仲良くしてたからってことで教えてもらったんだけどね」

「へぇ、そうなんだ」

「何その冷たい反応? そんなんだからあの子以外からモテたことないのよ」

「いやそんなこと急に言われてもな……こっちからすれば会ったこともない親戚が死んだって言われてるようなものなんだよ。だって覚えてないし」


 まぁ思うところはあるよ、昔遊んでたらしいし。夢に出て来てるっぽいし。


「じゃあとりあえずご冥福をお祈り──」


 本当にその瞬間、俺の意識は電源を切ったテレビのようにプツリと消えた。



 そして目を覚ました時、俺はベッドにいた。まるで何事もなかったかのように普通に目が覚める。頭も痛くない。


「……何だったんだあれ。夢?」


 もしかしたら昨日ベッドに潜り込んでから先は夢だったのかもしれない。そう思い着信履歴を見るため、徐にスマホに手を伸ばす。そして電源を入れた時、衝撃的な事実を知ることになる。


 4月14日(火)11時26分


「学校……始まってね?」


 俺はこの日、盛大に遅刻をした。

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