1-7

「シオンの世界では昼寝するのが主流なの……?」


 日本の会社では昼寝ができる会社の方が少ないはずだ。しかし、南米の国などでは昼寝を取る事が習慣化していると聞いたことがある。

 シオンの世界でもそうなのだろうか。


「ああ、おまえがいた国とちがってな。

 仮眠休憩がある」


 シオンはチョコ味のジュースを手に取ると飲み始めた。いかにもカロリーが高そうだ。


「それは羨ましいな……

 それで? その休憩が短いわけ?」


 満腹でうとうとする昼ご飯のあとの昼寝はたしかに魅力的だ。とはいえ、昼寝をしてしまったら逆にだらけそうな気もする。


「そうなんだ、俺らの仕事は基本的に相手方の時間に合わせるからな。

 営業部も転生部も満足に昼寝できる方が珍しいんだ」


 シオンはコタツ布団の中に手を入れて、頬を机の上に乗せると不服そうに口をとがらせる。


「それが仕事上の一番大変なことなわけ……?」


 昼寝はおろか昼休みさえ満足に取れずに働いてきた美織にとって、シオンの悩みは取るに足らない気がしてしまう。


「……俺にとっては一大事だ。昼ご飯のあとの眠気ときたら半端じゃないんだぞ?」


 それは美織も分かっていた。昼食のあとは上手く頭が回らない。だから、美織は昼食前に重要度が高い仕事をするようにしている。


「ま、まあ仕事の大変だと思う部分は人それぞれよね……」


 頭ごなしに否定しないことを心がけながら、美織は笑みを浮かべる。少し笑顔がひきつってしまったがつっかならないだけマシだ。


「まあでも夜しっかり睡眠時間確保できたら問題ないんじゃない?」


 美織がちらりと画面を見ると、元の世界を写した画面はまだ美織の住んでいた賃貸の前で止まっていた。

 そろそろ美織の両親や荷物のことについても聞きたい。親に対して妙なフォローはしていないだろうか。


「まあ、そうかもしれんが、勉強もあるし難しいんだよ……」


「勉強? どんな勉強するの?」


 視線をシオンに戻すと、美織は背中を丸めコタツに深く入りながら聞き返す。空調は整っているものの、コタツから出ていた手先は少し冷たくなっている。


「その国の文化や流行りは常に勉強しなきゃならんな。条件さえ合えば、老若男女問わず転生させるから、その世代の価値観とかも知っておく必要がある。

 新しい物好きのやつを農村に転生させても上手くいかないからな……」


 美織は瞬きをしながら口をうっすらと開く。


(ちゃんと仕事してるんだ……って当たり前か……ノルマとか言ってたもんね)


 先程から、シオンの仕事に対しての姿勢は好感が持てるところがあった。呆れるまでがワンセットだったが。


「……仕事は総じて大変だけど、違う国の文化を学ぶのは私が思っている以上に大変よね」


 シオンの仕事に対する姿勢を少し見直しつつ、美織は労う言葉をかける。


「ああ……

 この間なんて転生者と共通の話題を見つけるために徹夜でゲームしたんだぞ!」


 キリリと真面目な顔をしたシオンは体を起こすと、腕を組んだ。


「……それはあんたがハマっただけじゃないの?」


 そんなことだろうと思っていたが、目を細めながら美織はふうと息を吐いた。この男は真面目なのか不真面目なのかいまいち掴めない。


「てことは、私についてもリサーチしたわけよね?

 ここまで一つも発揮されてないけど……」


 美織についてどの程度調べたのだろうか。


「ああ、調べたぞ。お前の好きなイラストも一通り見たし、小説も読んだ。あれよかったよな、葵畑ってやつ」


「葵畑! 私あれが一番好きな小説なのよ!分かってくれる!?」


 美織は不意に持ち出された好きな小説の名前にテンションが上がった。思わず身を乗り出してシオンの目の前まで迫ってしまう。


「お、おう。俺も好きだな、あれ。

 あの……おばあちゃんが葵を育てるとこの描写とかな、綺麗だよな」


「そうなのそうなの! もうあの表現力がほんっとうに好きで……! あの小説、周りに読んでる人がいなかったから嬉しい!」


 美織が楽しそうに声を弾ませるものだから、シオンも思わず笑顔になる。コタツ机の上で抑えられていたシオンの髪の毛は少し寝癖が付いている。


「ふっ……そんなに好きなら、あの小説、お前の荷物からここに持ってきてやるよ」


 シオンは微笑すると座椅子の背もたれにもたれかかった。


「えっいいの!? そんなことできるんだ……!」


 美織の頬は鮮やかな朱色に染まる。

 葵畑は辛いことがあったら読んでいたのでお守りのようなものである。できるならばずっと手元に置いておきたい。


「異世界での文明や文化に支障をきたさない範囲なら、荷物の移動も認められてるんだ。

 印刷文化が未発達な国もないことはないが……まあ、お前がそこを選ばなければいい話だしな」


 昔は荷物の異世界への移動は禁止されていたが、ネックレスやお守り、手紙といったものに思い入れがある転生者が多かったため、今は規則が緩められていた。

 美織の好きな小説も一冊くらいなら問題ない。


「やったあ! ありがとう……!」


 美織は手を胸の前で組みながら目を輝かせる。


「そういえば、私の荷物ってどこ行ったの?賃貸ももぬけの殻だったし……」


 ふと美織は疑問が頭をよぎる。本や電化製品など結構な量の荷物があったはずだ。実家に送られたのだろうか。


「それなら俺たちの会社の倉庫にあるぞ。大切なものがあれば持ってくるが……」


 「ちょ、ちょっと待って。

 もしかしてシオンが運んだの……?」


 事も無げにあっさりと荷物の在処を言ったシオンに、美織が口を挟む。さっきとは違う意味で身を乗り出しそうである。


「いや荷物を運ぶのは別会社に依頼してるんだ、人手がいるからな」


 転生はさせられる世界なのに、荷物を運ぶのには人手がいるようだ。どうも先進的な世界とも言い難い。


「あ、なら、うん、よかった……かな……?」

 

 人に下着などを見られたと考えると顔から火が出るほど恥ずかしかったが、シオンに黒歴史である様々なノートを見られていないのならばまだマシである。


「なんだ、見られたくないものでもあったか」


 シオンはにやりと不敵な笑みを浮かべ片眉を上げる。


「ん? そりゃあるでしょう。

 他人に全ての持ち物をさらけ出せる人なんてほぼいやしないわ」


 涼しい顔で美織は言う。誰だって見られたくないものの一つや二つはあるものだ。

 だが、シオンに見られていないのだったら問題ない。別会社の人とやらに美織が会うことはないだろう。


「たしかにそれもそうだ」


 シオンはあっさりと引き下がると頬杖をつく。どうやらシオンは執着するタイプではないらしい。

 言い合いになったときも機嫌が切り替わるのは早かった。


「まあ、持ち物に不備がないかの確認は今から俺がするんだがな?」


「ちょっと!? 

 見られたくないものがあることに同意してくれたんじゃないの!?」


 美織は焦った声でシオンに詰め寄る。この男はなぜ情報を小出しにするのだろうか……。

 


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私の異世界転生担当者は仕事ができない。 保科朱里 @akari_hoshina

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