1-6 文化の違いですかね
美織は仕方がなく、焼き肉味のジュースを口に入れた。
「ちゃんとお肉の味するんだ……しかも塩ダレ味……」
ジュースは思っていたより不味くはなかったが、爽快感は感じない。
喉の乾きには役に立たない飲み物のようだ。
「美味いだろ? 肉を焼くのが面倒なときに丁度いいんだ」
シオンは空中画面を操作している。
「んん……たしかに不味くはないわね、今飲みたいものじゃないけど」
不味くはなかったので美織は素直に頷く。小腹がすいたときに飲んだら気が紛れそうだ。
「だろ!? 美味いだろ? これを不味いって言うやつの気がしれん」
シオンはバッと勢いよく顔を美織の方へと向けた。今までで一番の笑顔である。
美織はシオンの年齢を20代後半くらいだと見積もっていたが、笑うと20歳くらいにも見えた。
「嫌いな人の気持ちも分かるな、私は大丈夫だけど……」
シオンの満面の笑みをまじまじと見ながら美織は答える。
なるほど、笑っていたら白スーツも似合わないことはない。
「よし、じゃあ映像流すぞ」
シオンは軽快に画面を操作した。焼き肉ジュースを気に入って貰えたのが余程嬉しかったらしい。
『ようこそ、転生サポートカンパニーReinへ!』
陽気な音楽とともに、画面には白いスーツを着た女性と男性が映し出された。2人とも人当たりが良さそうな雰囲気だ。
「この人たち知り合い?」
美織はにこにこと笑顔を振りまく画面の2人を指さした。
「ああ、同期と先輩だ。
男の方はさっき話してた同僚だ」
惚気のリリーか。
美織の中で人物像が一致する。リリーは金色の髪に銀色の瞳と、いかにも絵本の中の王子様のような容姿をしていた。
「へえ……2人とも優しそうね」
美織は焼き肉味ジュースをもう一口口に運ぶ。女性の先輩も凛とした顔立ちに優しい笑みを浮かべていた。
「……この動画の中じゃな」
シオンは2人をじとりとした目で見ながら、コタツに入る。動画の2人と実物はギャップがあるらしい。
『我が社では、お客様からの転生者召喚依頼を受け、地球人の転生を実行する事業を行っています!
また、取引のある世界線は12にも及び、業界最大級です』
動画はリリーの声で進んでいく。
画面には先程から出ている女性の先輩と異世界転生候補者に選ばれたらしい女性がにこやかに話す映像が流れていた。
「地球以外に12も別の世界があるんだ……!
あれ、転生候補者って全員地球人なの?」
もしそうならば、地球人は貴重な力を持った種族ということなのだろうか。
「ああ、そうだ。
簡単に言うと地球人の体内にはすごい力があってな。それを欲してる世界が多いんだ」
シオンはコタツから出てきたグレを撫でている。グレは気持ちよさそうにゴロンと寝っ転がって腹を出していた。
「えっそうなんだ!
ってことは私の体内にもすごい力があるわけだ」
美織は自分の手をじっと見つめた。
「ああ、すごい力の呼び方は12の世界それぞれで違うんだが、うちの会社では魔力と呼んでいる。
お前ら地球人は魔力って言葉に親しみが強いみたいだからな」
魔力など感じたことがないのに、一体どこにそんな力が眠っているのだろう。
魔力があれば火や水が出せたりするのだろうか。
『Reinの部署は大きく分けて3つあります。
1つ目は転生候補者と実際に会って転生のサポートを行う転生部。
2つ目は転生者を欲している各世界線に出向き、転生者手配依頼を受けてくる営業部。
そして3つ目が会社内部の人事や経理を行う社内環境調整部です』
美織が不思議に思っている間にも動画は進んでいく。美織は疑問を一旦脳内にしまうことにした。
「えっと、つまり、シオンの会社では転生者が欲しいっていう依頼を受けて、それに見合った地球人を転生させるってわけ?」
「そうだ、おまえのいた国だと人材派遣会社に近いかもしれないな」
美織は頭の中を整理しながらなんとか理解する。人材派遣会社と違う点といえば、本人の意思に関係なく勝手に異世界転生候補者になるということだろうか。
『……入社を希望される際には各部署の仕事内容についてよく理解し、自分の適性に合った部所を希望してくださいね』
リリーは部署紹介をそう締めくくった。シオンと話しながら動画を見ていたので、見れていない部分もある。
『――転生者も転生先の世界も幸せに。
私たちは転生に関わる全ての人の満足と幸せを提供し続けます。』
女性の先輩が綺麗な声で言うと動画は社名を写して終わった。時間にして5分ほどだったと思う。
「分からないことが多かったけど、私の体内に魔力があって、シオンが転生部ってことは分かった」
美織はふうと息を吐くと肩の力を抜く。大まかな概要しか掴めなかったが、自分が特別な力を持っていると聞いて悪い気はしなかった。
「で、転生部って具体的にどんな仕事してるの?」
「聞いてくれるか。俺の仕事の大変さを」
シオンはグレを撫でていた手を止めると、鋭い目付きになる。
美織はシオンの真剣さに思わず姿勢を正すとゆっくりと頷いた。
「ありがとう。
まずな、昼寝の時間が短いんだ」
「ひ、昼寝ぇ…?」
美織は素っ頓狂な声を出す。
よりによって仕事の大変な部分の1番目にそれを持ってくるか。
シオンの世界ではシエスタを文化とする国かもしれない。美織は無理やりそう考えると首をひねりながら話の先を促すことにした。
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