第65話 じゃあお聞きしますけど、元職場の社長の顔って覚えていられます?

 空耳ってありますよね。

 「これだけは聞き間違えないだろう」という自信もあるんですけど、一応、俺の認知機能がなにがしかの理由によって、低下しているのかもしれません。


 可能性はゼロじゃない。

 では、問いましょう。


「あの、あなた、なんて言いました? 農業について、何と?」


「違うんですぅぅぅぅ!! 奈良原様ぁぁぁぁ! お願いです、小久保くんはバカなんです!! 幼稚園しか出てないんです! 基礎教養が足りないんです!!」

「そうです! 文字も読めませんし、ついでに空気も読めないのです! オウムの方がかしこいです! ですからぁぁぁぁ!! どうか、どうか、ご慈悲じひを!!!」


「お二人とも。今、俺、小久保さんと話しているので」


「ヤメときなって、お二人さん! こうなった新汰はもう止めらんねぇよ!!」

「そうだね。怪我するのがオチだから、下がっていた方が良いよ」


「ぴ、ぴぃぃぃぃっ!? ち、チロルさん、何ですか!? どうなるんですか!?」

「雪美殿は、そうでありますなぁ。とりあえず、あたしのおっぱいでも揉んでおいて欲しいであります! 大丈夫、ちょっとの間でありますよ!」



「良く来たな! ここではデスコロッセオをしてもらうぜ! おれはイギリスの特殊部隊で名を挙げ、あまりにも残虐な殺し方をしちまうもんだから、隊を追い出されたんだ。そこにある剣を取りな! そいつで、決闘だ!」


「今、なんて言いました?」


「ぐははは! 恐怖で耳が聞こえなくなったのか! 良いだろう何回でも言ってやる! このフロアでは、おれを倒さない限り鍵は手に入らない! ただし、武器の使用は許可する。おれも使うがな! どうだ、絶望しただろうぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


「うるさいですね。あなたとは話していません」


「うおっ! すっげぇ勢いで飛んできた! このデカい人、まだ生きてる!?」

「見事な裏拳うらけんであります! しかし、傭兵あがりはあたしとキャラが被るので困るであります!!」


「ぴぃぃぃぃぃっ!? ち、チロルさん!? どうなってるんですかぁぁぁぁっ!?」

「平気でありますよー。雪美殿は、おっぱいを揉んでいると良いでありますから」


「気を失ってはいるけど、とりあえず生きてるよ。首の骨も……うん。多分折れてない。さすが、特殊部隊で鍛えていたとか言うだけあるよ」

「そっすねー。あの裏拳はマジやべぇっす。オレよく見えなかったっすよ」


 さあ、ガラスの棺桶かんおけまで来ましたよ。

 小久保さんとお話しなければいけませんね。


「小久保さん。農業についてどうお考えですか?」


「だ、だから言ってんじゃないかぁ! 農業のせいでこんな目にぺぎゃあっ」


 バリンと言う景気の良い音で、ガラスの棺桶が砕け散りました。

 その脇では、バールを持った高東原さんと、ガラスの中に手を突っ込んで小久保さんの頭を引っ叩く郷田さん。


「ちょっと、ヤメて下さいよ。ちゃんと聞き取れなかったじゃないですか」


「すみません! ちょっと、ガラスの中にあの、その、そう! 毒蛇がいたので!」

「あ、あああ! 毒蛇に噛まれたのかな!? 小久保くん、意識がないなぁ!?」


「な、なにすんですか、郷田さ、ぺげぇっ」


「んっ!? 何だって!? 素晴らしい農業のご加護で、目の保養に困らない!?」

「農業のおかげで、身長が伸びて健康になって彼女ができた!? そ、そうかぁ!!」


「えっ? そんな事言ってるんですか? ちょっと、俺もお話したいですよ!」


「だ、ダメです! あの、そう、毒蛇が! 毒蛇がいますから!!」

「な、なな、奈良原様に万が一の事があったら、我々、命を捨てる構えですゆえ!!」


「毒蛇って、それ配線束ねたヤツじゃないですか。俺をからかってます?」


「あ、ああああ! 毒蛇がホースになってしまったぁ! そうか、これは小久保くんの想像が生み出した、架空の毒蛇だったのかぁ!」

「な、なるほどぉ! 想像そうぞう毒蛇どくへびですね! ああ、そう言う事ってありますよね!!」


「想像妊娠みたいな事言いだしたよ、あの人たち」

「あははは! 必死だね! ここまで滑稽だと、笑えるよ。もっとやれば良いのに!」

「佐々木さんも大概には鬼畜っすね。あの人らは生きるか死ぬかの分水嶺ぶんすいれいっすよ」

「だって、死ぬのはボクじゃないからね」


「ぴぃぃぃぃぃっ!? チロルさん、死ぬとか聞こえるんですけど!?」

「もういっそ、おっぱいに顔を埋めておくであります! 何も聞こえない方が平和でありますからね!」


「小久保くん? あ、疲れて寝ちゃいましたぁ! だって、今日も朝から、サクランボハウスの除草作業で忙しかったものなぁ! じゃあ、仕方ないなぁ!」


「えっ、そうなんですか!? ちなみに、除草剤使ってます?」


「ふ、フマキラーの除草剤です! オールキラー粒剤りゅうざいです!! 小久保くん、スキップしながら撒いておりました!」

「あー! あれ、良いですよねー! 作物に優しいですし、持続効果は長いし! そうですか、郷田農場ではしっかり予防しているんですね! なるほどなぁ!!」


「すげぇ! なんかむちゃくちゃ強引に除草剤の話にシフトしてる!!」

「あっはは! 郷田も郷田だけど、それに引っ掛かる奈良原も! はー、面白いなぁ!」



 そして俺は郷田さんと、おススメの除草剤について熱い議論を交わしました。


 ちなみに、既に生えている雑草を枯らすには液状タイプ。

 即効性がありますが、雨や風に弱いので、注意が必要です。


 そして、雑草が生える前に予防するのに秀でた粒剤タイプ。

 別名『土壌処理剤』とも呼ばれ、こちらは湿った土に撒くと効果的。



「そう言えば、このフロアのデスゲームやってませんね。守護者はどこに?」


「お前がワンパンで片づけちまったよ! 今こっちで、とりあえず気道確保して死なねぇように対応してんだわ!!」

「えっ? 俺がそんな事したんですか? 嘘だぁ! やってませんよ!」


「ここに来てチート主人公みてぇなセリフ吐くのヤメろよ! チートって言うか、無慈悲だったよ! この人、まだ名前も言ってねぇのに!!」

「なんと、それは気の毒ですね」


「くくっ、あははは! 奈良原は本当に、最高だなぁ! あっははは!!」

「そっちのサイコパスの人も、狂人っぽく笑ってねぇで手伝って下さいよ!」


「雪美殿ー。怖いのはもう終わったでありますよー」

「ぴぃぃぃ……。チロルさんの胸、フカフカですぅー」


「なんでウチの女子って困ったらとりあえずおっぱいに頼んの!?」


「ペタジーニさん」

「なんだよ!?」

「いや、忙しそうですね」


「おかげさまでな!! ほとんどお前のせいだけどな!!」


「でも、生き生きしていますよ」

「そうそう、ツッコミしてると心が弾むんだわ! って、んな事あるかい!!」

「あー。それ、あれですね、あのー。そうだ、牛ツッコミ!」


「ノリツッコミじゃい! 牛が突っ込んだらそれはもう事故じゃんか!!」



「郷田さん……どうにか命を拾いましたよ……」

「そうだな……。私たちは頑張った。小久保くんはもう、帰ったらクビにしよう」

「賛成です。実家の青森に帰ってもらいましょう」



「さて。人質も全員回収しましたし、帰りましょうか?」

「えっ!? 登頂してやんねぇの!? ゲームマスター待ってんのに!?」


「逆に聞きますけど、デスゲーム興行に協力する必要ってあります?」


「あ、ホントだ! オレがどうかしてたわ!」

「奈良原殿! ドアが開かないであります!」

「高東原さん、バール返して下さい。ふぅぅぅぅぅんっ!!」


「おや。これはさすがの奈良原でも壊せそうにないね。要するに、最上階まで来ないと帰さないよって事じゃないのかい?」


「面倒ですねぇ……。じゃあ、みなさん、行きましょうか。ペタジーニさん、へそ山田さんと長沼さん担いで下さい」

「あいよ。そこの小久保ってのはどうする?」


「置いときましょう。寝てるのに起こすの可哀想ですし」


 郷田さんと高東原さんが壊れたボブルヘッド人形みたいに首を振っています。



 そして登頂。最上階。

 ヤダなぁ、屋上じゃないですか。

 吹きさらしになってて、すごく寒いんですけど。


「よく来たな、カスども! お前たちの幸運もここまでうぅぅぅぅぅんっ」

「うるさいですね。それで、ゲームマスターはどこですか?」


 郷田さんが、気まずそうに言いました。



「今、奈良原様が腹パンした人が、林崎はやしざきです。デストラの社長でゲームマスターの」



 えっ。なんですか、この空気。


 俺が悪いんですか?

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