第64話 最後の人質が嫌いな人だった時

「やれやれ。相変わらず賑やかだな、奈良原の周りは。ボクはもう10人倒しているから、この先は追加料金を取るけど?」

「うわぁ、佐々木さん、ブレないですね。お金が好きだなぁ」


「ボクは貯金が趣味なんだよ。通帳のゼロが増えていくと、気持ちいいんだけどさ、奈良原には分からないだろ?」

「小松菜の芽が毎日少しずつ生えて来るのを見ると、確かに気持ちいいですね」


「お二人さんよお! ほんわかトークしてっけど、お客さんが山ほど来てんだわ! どうすんの!? オレがやるか!?」

「ちょっと待って下さい。考えます」


 ゲームマスターの命令は、「ここで殺せ」でしたっけ。

 という事は、上階からさらに荒くれ者の債務者がなだれ込んで来る可能性も、結構低いですが、ナシではないですね。


 挟撃きょうげきに警戒すると、守るべき人が多い。

 藤堂さんはチロルさんに任せたら良いとして、郷田さんと高東原さんは。

 ああ、どうして最前線に出ているんですか。


 これじゃあ、守りようがないですよ。


 上階からの刺客に対する警戒は、ペタジーニさんに任せますか。

 で、佐々木さんは追加料金がもったいないので、待機してもらう、と。


 最適解が導き出されましたが、嫌だなぁ。


「ペタジーニさんは、上に警戒しておいて下さい」

「おっしゃあ! 任せとけ!」


「チロルさんは、藤堂さんをしっかり守って下さい。うちの大事な新戦力ですから。最優先事項です。任せられますか?」

「犬飼チロル二等兵、命に代えても雪美殿を守るであります! 拝命しました!!」

「ぴぃぃっ!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい!!」


「藤堂さん。謝らなくても良いんですよ? だって、あなたはもう、うちの農場のファミリーなんですから!」


「新汰さ、ここぞとばかりに既成事実を作ろうとすんの、ヤメろよ。状況的にそれ、パワハラだぜ?」

「そんなことより、奈良原。郷田と高東原が死にそうだよ」

「ああ。そうでした」

「どうするんだい?」


「俺が行きます。嫌ですけど。本当に、心の底から行きたくないですけど。だって仕方がないじゃないですか。行かなかったら、みんなで俺を指さして、コミュ障は嫌ねぇとか、ねちっこく言うんでしょう? ああ、嫌だなぁ、そういうの」


「言ってる間に2人が死ぬよ!? 行くんなら、早いとこ行ってあげて!?」

「分かりましたよ。ああ、嫌だ嫌だ」


 俺は勢いよく、入って来た方のドアの前で仁王立ちキメてる死にたがりたちを回収します。

 そして、さらに勢いよく、2人を後方に放り投げました。


「佐々木さん。郷田さんと高東原さん、受け止めてあげて下さい」

「やれやれ。サービスは1度だけだよ。はい、はいっと」


「な、奈良原様ぁ!? あなたが前線に立たれる事はないのです!」

「そうです! あなたがいないと、この先の攻略が!!」


「君たちはどうしてそんなに慌てているのかな? ちょっと事情が掴めないけど」


「佐々木様!? だって、奈良原様お一人で! 相手は10、いや、15人はいますよ!?」

「奈良原様が天才なのは存じておりますが、これはあまりにも無謀!!」


「あー。君たち、勘違いしてるのか」

「みたいっすね。まあ、これまで新汰の立ち回り見たことないんじゃ、頭脳労働の人って思うのも無理ねぇかなぁ」


「どういう事でありますか!?」


「ど、どうして皆さん、落ち着いておられるので!?」

「あなた方のリーダーが大ピンチだと言うのに!」


「だから、勘違いだよ。あと、ボクを奈良原のチームに入れないでくれる?」

「やっと意味が分かったであります! お二人はご存じないのでありますか!」



「あのぉ、新汰、むちゃくちゃ強いっすよ? この中でも当然最強だし、うちの農場の中でも。つか、オレの人生でも、新汰より強いヤツ見たことねっすわ」



 なんだか後ろはみんなでお喋りしていて楽しそうです。

 コミュ障をこうやって、皆さんはすぐにハブるんだから。

 嫌だなぁ。傷つくなぁ。


「おっしゃあ! 1千万ゲットにゃがかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「お前、押すな、えっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


「しまった。失敗でした。何か得物えものを持って来れば良かったですね」


 とりあえず、先頭の荒くれ者の顔面に一撃。

 ふらついたところを思い切り蹴らせて頂いて、そのまま階段を転がってもらいました。

 半分くらい減りましたね。


「あーあー。やりたい放題だ。奈良原は加減がないよね」

「実際、何の制約もねぇ物理戦だったら、新汰1人いりゃ片付くっすからね」


「あ、あの、奈良原様はどうしてあんなにお強いのですか?」


「理由っすか。簡単に言うと、人ってどうしても相手に遠慮するじゃないっすか。無意識に。あいつにはそれがないんですよ。常にリミッター外れてるんす」


「傭兵でも、心を無にして、情を捨てるのには苦労するでありますが、総司令官殿には一切の迷いがないのであります!!」


「要するに、頭がおかしいんだよ。ボクの目でも奈良原の頭の中はえないな。と言うか、見たくないね。絶対にカオスだからさ」



「ふんっ! ふぅぅぅぅぅんっ! はい、次の方! ふぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!」


「ちょ、押すな! やべぇヤツがいるんだよ!」

「バカ言え、一千万だぞ!? こんなチャンス2度とねぇよ!」

「じゃあお前が行けよ、おれはもう嫌だはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「はい、次の方」


 残り5人になったところで、荒くれ者たちが「ひぃぃぃ」と言いながら撤退を始めました。

 判断がスリーテンポくらい遅れているんですよね。


「皆さん、ちょっと俺、行ってきますね」


「おお、了解。殺すなよー?」

「誰にものを言ってるんですか」


「クレイジーサイコ野郎にだけど!? 至極真っ当な忠告ですけど!?」


 その後、荒くれ者たちとの鬼ごっこは2つ下のフロアまで続きました。

 逃げ足が速いのもまたいやらしいですね。


「ごめ、ごめんなさ、助けて! もう何もしませ!!」


「殺しませんよ? でも、あなたたちは俺たちのこと、殺そうとしていましたよね? おかしいなぁ、勘定かんじょうが合いませんね? それでも俺は殺さない。これって考えてみたら、すごいサービスですよ? では、おやすみなさい。ふぅぅぅんっ!!」


 どうやら、今の方で最後のようです。

 また2つフロアを上がらなくてはなりません。

 やれやれ。



「戻りました。さあ、次に行きましょうか?」

「ねえ、新汰? そのお前が引きずっているのは誰なのよ?」

「人質になっていた、へそ山田さんです」


「ほ、細山田くぅぅぅぅぅぅん!!」

「とりあえず、階下の人たちは全員眠ってもらいましたので、後顧こうこうれいなく攻略に戻れますよ」


「見てたよ……。お前が泣き叫ぶ雇われたファイターを1人ずつぶん殴って黙らせてるシーンを。雪美ちゃんには目を閉じてもらっといた」

「あ、それはナイス判断です。帰ったら図書券あげますね。あれ? モニターが消えてますね? アラハバキさんは?」


「ものすごく縁起の悪いものを見たような顔をしたと思ったら、モニターが消えたよ。奈良原のせいで。あと林崎だろ」


 そうやって、みんなコミュ障のせいにするんですよ。

 本当に、これだからコミュ強の人たちって嫌なんですよね。



 そして到着した次のフロア。

 やっぱりガラスのひつぎの中には、人質がきっちりハマっていました。


小久保こくぼくん! ああ、良かった! これでうちの社員は全員です! 小久保くん、無事だったかね! ああ、本当に良かった!!」



「良くないですよ! あんたに誘われて、農業なんか始めたからこのざまだ! くそぉ、農業なんか、土いじりなんかしなきゃ良かった!」



「あっ。えっ!? マジでか」

「まずいであります」

「あーあ。バカだねぇ」



「ち、違うんです! 奈良原様! 小久保くんは精神が疲弊ひへいしていて!」

「そ、そうです! 別に、農業にケチをつけている訳では!!」


「何言ってんですか! 農業のせいでこんな目に遭ってんじゃないですか!!」


「バカぁぁぁぁぁ! 黙らないか、小久保くぅぅぅぅぅん!」

「君ぃぃぃぃ!! 本当にヤメなさいよ! 本当にぃぃぃぃ!!!」



 一応、確認した方が良いですよね?



「あの、今、その方。……なんて言いました?」



 多分、聞き間違いだと思うんですけど。


 一応、ね?

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