第63話 ありがちな「ここは任せて先に行け」な人たち

「ご、50万ですか!?」

「ええ、たったの50万で、長沼ながぬまさんでしたっけ? 社員の方の命が救えるんですよ。俺だったら社員の命に50万なんて、安いと思いますけどねぇ」


「ブラックジャック先生みたいなあおり方ヤメて!!」


 郷田さん、ほんの数秒の逡巡しゅんじゅんののち、首を縦に振る。


「お、おっしゃる通りです! 出します! 50万! いえ、足りないならばもっと!!」

「それを聞きたかったんですよ!」


「そのままブラックジャック先生の流れで行くんだな!? 分かったよ!!」


「あ、もしもし? あのですね、50万でどうですか? あ、聞こえてました? そうですか、それは良かった! 今ですね、迎えにハイエースを向かわせましたから。ちなみに、今って作業の最中ですか? あ、もう1件済んだ? 新鮮な死体が? それは良かったです。じゃあ、はい、はい。お願いしますね。はーい」


 とりあえず、話は付きました。

 あとはですよ、助っ人が到着するまでの間、アレですね。


 暇ですよね。


『何をしている! 早くゲームを始めないか!! 人質の命は、私が握っているんだぞ!!』


 そして遅延行為を絶賛発動中の俺たちに、ゲームマスターは苛立ちを隠せません。

 まあ、そうなりますよね。


「山梨駅さん。少しお話しませんか?」


 とりあえず、時間を稼ぎましょう。

 ただ、不安な事があるんですよ。


『なんだ? もしかして、今になって命が惜しくなったのかね? 良いだろう。奈良原くんが私と我が社に絶対の忠誠を誓うと言うのであれば、君だけは助けてやらなくもない。どうだね? 悪い話じゃなかろう?』


「えー。嫌ですよ。こんな気持ち悪いおっさんの会社に出戻るとか」


「な、奈良原様ぁぁぁぁぁ! オブラート! オブラートを!!」

「郷田さん。そりゃあ無理だ」


『き、貴様ぁぁぁぁっ! じゃあ、なんで話を振って来たんだ!? あああ!?』

「いえ、時間を稼ぎたいなって」


「新汰ー。オブラートは諦めてっけど、せめて本音は隠そうぜー」


 不安的中ですよ。


 コミュ障に対話による時間稼ぎとか、一番求めちゃいけないものですって。

 お相撲すもうさんにブレイクダンス踊れって言ってるようなものですよ?


『もう時間切れだ! そこの人質には、電気を流して死んでもらう! そうだ、そうだよなぁ! ちょっとくらい刺激的な映像を流さないと、視聴者様だって退屈だ!!』


 ゲームマスター、ここに来てようやく自分の役目を思い出す。

 このタイミングじゃなくても良くないですか?


「もしもし!? そ、そうか! 奈良原様! 高東原くんが戻ってきたそうです!」

「早かったですねー。まだ30分も経ってないのに」


『貴様ら、さては外部から人を呼んだな!?』

「あ、はい」


『何を平然としている! ルール違反じゃないか!!』

「いえ、ルールの説明を俺たち受けてないですけど?」


『……あ』

「はい」


『……わ、私がルールなのだ! 行け、債務者たち! 今来たヤツらを殺せ! 1人につき、1千万出す! かかれ!! くっははは! 残念だっなぁ! こっちは人手が有り余っているんだ! 今、10人を正面玄関に送り込んだぞ! ざまあみろ!!』


 確かに、ドドドドと人の走る音が聞こえますね。

 そして、金属と金属がぶつかる音、怒号が響きました。


 数分して、階段を上って来る気配を察知。


『くはははは! 見ろ! お前の呼んだ助っ人の生首抱えた債務者が、今にその扉から現れるぞ! お前のせいで関係のない人間が死んだのだぁぁぁぁ!!!』



「やれやれ。これで50万は、少し割が合わないな。奈良原は相変わらず、コミュ障のくせに交渉は上手いよね。まんまと乗せられたよ」



 聞き覚えのある声、そしてこの口調。

 現れたのは——。



代々木よよぎさん」

佐々木ささきだよ」



 お金大好き佐々木さん。

 今回もお金に釣られて、デスゲームに堂々参戦です。


「すみません。10人はやっぱり大変でしたか?」


「ボクを舐めているのかい? 前に言っただろう? ジャムを貰った時だったっけ? 10人くらいなら倒して見せるって。……ああ、という事は、さっきの乱闘はサービスになっちゃうのか。またイチゴジャム貰わないとね」


「高東原くん! よくぞ無事で戻ってくれた!」

「郷田さん! いえ、佐々木さんのおかげです! 僕の持っていた槍一本で、群がる敵をばったばったと……!」


「佐々木の旦那! 久しぶりっす!」

「やあ、ペタジーニ。相変わらず、奈良原に付き合って酔狂すいきょうだな、君も」


「ペタジーニ殿、お知り合いでありますか?」

「おや、そっちの君は……。もしかして、以前のデスゲームに参加していたかな? なんだか見覚えがあるよ」

「あたしは覚えておりません!」


「ヤメて! チロルちゃん! マジでどうしてオレの仲間は相手を煽っていくの!?」


「ふふ、別に、腹を立てたりしないさ。奈良原の仲間なんだから、まあ、そういうタイプの人間なんだろうなって思って、それで終わりだよ」

「マジか! 佐々木さん、大人だなぁ、おい!」


『貴様らぁ! もう我慢ならん! 私をバカにしおって! 今から5分後に電流で人質を焼いてやる! 見ていろ、この愚か者どもが!! 5分も猶予をやる私の懐の深さよ!!』


 本当ですよ。すぐに電流でヤッちゃえば良いのに。


「ふぅん。なんだか盛り上がっているね?」


 そうでした。

 佐々木さんに事情を説明しなければなりません。

 時間は有限。ここはスマートに済ませましょう。


「あのですねー。えーと、神経衰弱でミスは2回までとか言われて、人質が今から黒焦げになるんですけど、ノーミスで、アレが、まあ、やっぱり良いです」


「なるほどね。分かったよ」


「今ので!? やっぱこの人すげぇ!!」


 俺のスマートな説明を理解した佐々木さん、テーブルに座り、手錠に腕をロック。

 そして、鼻歌交じりでパネルをペラペラとめくっていきます。


「んーんー。んー。そう言えば奈良原。報酬って今日の帰りに貰えるの?」

「あ、どうなんでしょうか。ちょっと聞いてみます」

「よろしく頼むよ。んーんーんー。んー」


「な、奈良原様!? あの、佐々木様? 佐々木様は、大丈夫なのですか!?」

「ああ、あの人は大丈夫です。郷田さん、1度会ってますよ? ほら、ドッジボールの時。普通にお金を持ってさっさと帰った人です」


「うっ、頭が……!!」

「郷田さん、お気を確かに! 奈良原様、代金は銀行のATMに行かせて頂けたら、すぐにお支払いいたします!」

「そうですか。佐々木さーん! お金貰えるらしいですよー!」


「そうかい。それは良かった。はい、これでクリアかな?」


 佐々木さんの手錠が外れた模様。

 確認すると、全てのパネルがひっくり返されていました。


「お疲れ様です」

「これで良いんだ? 楽な仕事だったな。もう帰っても良いのかい?」

「帰っても良いですけど、お金が貰えませんよ」

「ああ、そうだね。仕方がない、ボクも付き合うとしよう」


 黙っていられないのはゲームマスター。

 なんかよく分からないうちに、なんかよく分からない方法でゲームをクリアされたら、まあ文句も言いたくなる気持ち、分からないでもないです。


『き、貴様! なんだ!? どういうことだ!? エスパーか!?』


「佐々木さん、エスパーなんですか?」

「変なキャラ付け、ヤメてくれるかい? 僕は少し目が良いだけさ。あ、鍵はそこの、消火器の下にあるみたいだよ」


「あ、ありました! 長沼くん! しっかり!!」


 実に淀みなく、このフロアも攻略完了。


「すんなり行き過ぎて、オレのツッコミの出番がねぇんだわ!! 佐々木さん、もうちょい手加減して!!」


「そう言えば、今日クリスマスですけど、佐々木さんは予定ないんですか?」

「ないけど?」


「えっ? いい大人が、クリスマスなのに!?」


「前言撤回! ヤメて、煽り運転! なんで恩人をそうやってコーナーギリギリを攻めながら煽れるの!? 新汰さ、もしかして頭文字イニシャルDに出てた!?」



 ペタジーニさんのツッコミを聞いていたら、下のフロアから、またしても人が大移動する音がして、見ると荒くれ者が大挙して上ってくるではないですか。


『もう良い! 貴様らはここで死ね!! お前たち、全員殺してしまえ!!』


「まーたルール無視するー。剥がし液さん、むちゃくちゃだなぁ」


「ご、郷田さん! 細山田くんが捕まっています!」

「……高東原くん。覚悟を決めよう」


 郷田さんは、俺の手を握り頭を下げました。


「奈良原様、ここはわたくしどもに任せて、先へ進んで下さい」



 なんでそんなこと言うんですか。


 本当にそうしようとしたら、「だからコミュ障はー」とか言うんでしょう?

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