第58話 プロレスラー対うちの牛

『よく来たな。裏切り者ども。郷田。お前はあんなに目を掛けてやったのに、恩をあだで返しおって。それから、ようこそ奈良原くん。久しぶりだね』


 ゲームマスターが早速登場。

 今回はなんとモニター付きです。


 知らないおじさんがものすごく親し気に名前を呼んで来るので不快です。


「あの、誰ですか、あの中年と初老の真ん中みたいなおじさん」

「えっ!? あ、はい。デストライアスロンの社長です」

「あ、そうなんですか。やっぱり、郷田さんくらいになると、社長と面識があるものなんですね。専務ってすごいなぁ」


『奈良原くん。その無礼な態度も水に流そう。うちに戻ってくる気はないかね?』


「えっ、なんであの人、俺の事を知っている風なんですか? 気持ち悪いなぁ」

「あの、奈良原様。よろしいでしょうか」

「はい。高東原さん。どうぞ」


「毎朝の朝礼で社長は10分も喋っていたので、多分面識はあるかと思います」

「そうなんですか?」


「お前、マジか! てめぇの勤めてた会社の社長、知らねぇの!? つーか、毎日見てたら顔くれぇ覚えんだろ!」


 やれやれ。ペタジーニさんは何も分かっていない。

 困ったものです。


「あのですね、じゃあ逆に聞きますけど。ゲームで序盤に出て来るモブキャラの名前とか顔、終盤まで覚えてますか? 俺の場合、クビって言うエンディングにたどり着くまで、5年くらいやってたクソゲーですよ?」


「お、おう。お前、今日はいつにも増してトゲだらけだな。モニターのおっさんがプルプル震えてんだけど。せめて、名前くらい呼んであげたら?」

「まったく、ペタジーニさんは甘い。分かりましたよ。呼びますよ」



「ええと。山梨駅やまなしえきさん?」



「奈良原様。林崎はやしざきです。社長の名前」

「惜しい! ニアピンでしたね!」


「普通にグリーンオーバーしてるよ?」


 とりあえず、早いところ中に入りましょう。

 寒くて仕方がありません。


「あの、山梨……林崎さん? ゲームの説明してもらえます? ほら、いつもの、上級国民の皆様ごきげんようみたいな口上から、早くやって下さいよ」


 すると、ここで予想外の出来事が起きます。

 デスゲーム関連で俺が予想できないことって、これかなりレアですよ。



『う、うるさい! このゲームは、親会社様が下さった、崇高すうこうなデスゲームだ! 人質ひとじちを回収しながら、ビルの屋上までのぼってこい! そうすれば、ゲームクリアだ! どうせ途中で死ぬんだろうけどな! くそバカ! 死ね、死ね!!』



 ゲームマスターが小学生みたいな事を言い出しました。

 これ、上級国民の皆さん、モニターをそっと消して、お休みになられるんじゃありません?



 あと、そのゲーム作ったの、俺です。



「郷田さん。やまな……林崎さんって、現場に出た事あります?」

「ございません」

「あー。ああー。なんだろう、ちょっとだけ、コミュ障の匂いがするなぁ、あの人」


 そしていつの間にか真っ暗になっているモニター。

 嘘でしょう。

 ゲームマスター、進行しないんですか?


「どうしましょう? 突入しますか?」

「奈良原様のご采配を伺いたいのですが」


「行きましょ、行きましょ。寒いですし。罠の配置も覚えてますから」

「なんか今回、ノリがすげぇ軽くて逆に不安なんだけど。あと、チロルちゃん。君、まーったくゲームに興味を示さず、ひたすらチキン食ってるな!?」


「あたしごときの知恵で聞いたところがお役に立てないのは分かっていますゆえ! とりあえず、チキンを食べていたであります!!」

「すげぇ割り切り方! やっぱ君はアレだ! 新汰のコミュ障側の住民だよ!!」


「二人とも、行きますよー。あ、入口のタイル踏んだら暗がりからボウガンの矢が飛んできますから、気を付けて下さいね」


「軽いんだわ! おい、最初のデスゲーム思い出せよ! 鉄アレイとチクワに苦戦してたあの頃をよぉ!!」



 と言う訳で、ビルに入りました。

 最悪ですよ。


 このビル、空調設備が死んでます。


 寒いじゃないですか。もう、本当に山梨駅さんにはガッカリ。


 あと、俺の記憶よりも階数が1つ多いですね。

 そもそも、迷路脱出ゲームは各階にいる守護者から鍵を奪って次の階へ上がる、と言う作りだったのですが、その根本が変わっているからでしょうか。

 人質回収したあとに鍵を探すとかに改悪されていたら嫌ですね。


 だって、プレイヤーの我々はもちろん、見てる方だってダレますよ?

 守護者やっつけた後に、皆で探し物とか、見てて楽しいですか?

 俺なら深夜のなんか南国の綺麗な海とかが流れるチャンネルに変えますよ。


「あ、思い出しました。この照明のスイッチ、押したら毒蛇が出て来るんですよ。でも、この寒いのに毒蛇って襲って来ますかね? 押してみます?」


「ヤメて! なんでさっきから投げやりに攻略してんの!? あと、オレ、蛇って苦手なの! 絶対に押さないで貰えっかな!?」

「ペタジーニ殿、蛇はお嫌いですか!? 毒蛇でも、ちゃんと処理すれば美味しく頂けますよ?」


「なんでチロルちゃんはヨダレ出してんの!? そんなの日本でするのは、鉄腕ダッシュのコーナーくらいのもんだよ!?」


 あ、2階に到着しましたよ。

 ちなみに、ここまでで罠を8個破壊しています。

 バール持って来ておいて良かったですね。


「よぉく来たな! この階の番人はおれ様、エルボー佐川さがわだ! 言っとくが、現役のプロレスラーだぜ? 残念だけど、ここでお前らは、・エンドだ!」


「頭の悪そうな方が出て来たので、ペタジーニさんお願いします。多分、気が合いますよ」

「いや、オレだって、の違いくらい分かるわい!!」


「ほう、活きの良さそうなヤツがいるな。ここでは、おれ様と命を懸けた腕相撲をしてもらうぜ! デス腕相撲だ!!」



「エルボー佐川なのにエルボーしないんですか!?」



「あ、あの、奈良原様? あまり刺激しない方が」

「だって高東原さん! エルボーって多分得意技でしょうに、腕相撲と全然関係ないじゃないですか! あ、これ、もしかして笑うとこですか!? あはははは!!」


「良いか、鼻輪のお前。お前を殺したら、次はあの、人をバカにしたような態度のヤツを殺す!」

「おう。オレは負けねぇよ? あと、新汰は別に人をバカにしたような態度をとってるんじゃねぇよ? 心の底からバカにしてんだよ?」



『はっはっは! 運よく2階まで着いたようだな! その腕相撲の台は、手が触れると高圧電流が流れる仕組みになってい』



「えっ、なに!? どうした!?」

「あ、すみません。なんだか不快だったので、モニターの配線切っちゃいました」

「おおおい!! ルールが分かんねぇじゃんよ!!」


「ペタジーニ殿。ルールならあたしが把握しているであります!」

「マジか! チロルちゃん、意外に頼れる!!」


「戦場では、生きるか死ぬか。これがルールであります」


「いや、ちげぇんだわ! そんな、殺伐とした世界のルールじゃなくてさあ!!」



「おい。早くしろ、鼻輪。おれ様の方は準備万端だ」

「うるせぇ! ちょっと黙ってろ! どうせお前もルール理解してねぇだろ!」

「はっはっは! さては命が惜しくなったな! ならぱ去れ!」


 去らせちゃダメだと思います。

 本当に、このデスゲーム、雑だなぁ。

 作ったの、俺ですって言いたくないレベルですよ。


「はい。ペタジーニさん、ちゃっちゃとやって下さい。あとがつっかえてるんで」

「マジかよー。いきなり変な罠とか出て来ない? まあ、やるけどさ」


「ふはは! 行くぞ、鼻輪! せぇぇぇぇぇい!」

「……あ、こんなもん? じゃあ、力入れるよ? おるぅああぁぁっ!!」


「ぎぇがああぁあぁぁああぁぁあぁぁぁぁっ」



 ペタジーニさん、エルボー佐川さんを瞬殺。

 まあ、当然の結果ですね。


「こんなもん、毎日農作業してりゃ余裕ってもんよ!」


 はい。素晴らしい勝ち台詞、頂きました。

 これはポイントが高い。ペタジーニさん、奈良原賞です。

 莉果さんたちにプレゼントし損ねた図書券あげます。



 場末のプロレスラーが農夫に勝てるワケないでしょうに。



「郷田さん。やつぱり、僕らとんでもない人たちを相手にしてたんですよ」

「ああ。元から勝てる要素なんてなかった。しかし、味方になるとこんなに頼もしい人たちもいない」


「はい、みなさーん。鍵探して下さい! 多分、どっかの壁のタイルが剥がれると思うので!」



 かつてない地味な絵面えづらで進行するデスゲーム。


 上級国民の皆さん、まだご覧になってますか?

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