デス廃ビル登頂ゲーム編

第55話 同業者からのSОS

 電話の向こうの男の人は、俺の事を知り合いのように言う。

 けれども、俺にはまったく覚えがありません。


 これが巷で聞く、オレオレ詐欺!?


「すみません。うちはそういうの、間に合っているので」

『えっ、いや、違うんです、奈良原様! どうかお話だけでも聞いて下さい!!』

「嫌ですよ。俺、自分で言うのもアレなんですけど、押しに弱いんで。最終的に多分、騙されちゃうと思うんですよね。皆に怒られますから」

『騙すなんて、滅相もない!!』


 凛々子さんが言っていた。

 「新汰くんは相手を疑わないとダメだよー」と。


 そうだ、凛々子さんに聞いてみましょう。


「すみません。少々お待ちください」

『あ、そんな!』


 ええと、凛々子さんは……。

 ああ、ペタジーニさんの鼻輪を掴んで、楽しそうですね。


「凛々子さん、凛々子さん」

「あー。新汰くん、どこ行ってるのさー。もっと飲んで、飲んでー! ほら、ペタレルヤくんのヤツでいいから! はい!」

「あ、分かりました。頂きます」


「新汰! 助けて! オレ、もう頭痛いし、凛々子ちゃんはピアス放してくれねぇし! このままじゃ、いよいよオレの鼻の穴が一つになっちまう!!」


「えっ!? ついに鼻の穴が一つになるんですか!?」

「なんで目を輝かせてるの!? 一つになる前に、血がいっぱい出るんだぞ!」

「ええ……。それは困りますね。後でダスキン呼びますか。代金は、ペタジーニさんのお給料から引いておきますからね」


「そうなる前に、止めてくれ!! そのために来てくれたんだろ!?」


「あ、そうでした」

「おお! やっぱり新汰はピンチの時に頼りになるぜ!!」

「凛々子さん、今、オレオレ詐欺の人から電話が掛かっているんですけど、どうしたら良いでしょうか?」


「何の話!? いでででででで!! ねえ、それ何の話!?」


 凛々子さんは、ペタジーニさんの鼻輪をこねながら、短く答えてくれました。


「そんなの、アレだよー。切っちゃえば良いんだよ!」

「なるほど。その手がありましたか。ちょっと行ってきます」

「新汰ぁぁぁっ!! 行かないで! お願い、行かないでぇぇぇぇっ!!」


 凛々子さんはやっぱり頼りになりますね。


「すみません。お待たせしました」

 受話器を持って、まずはお時間を取らせてしまった事を謝罪。


『い、いえ! とんでもないです! あの、それでですね』

「失礼します」


 受話器を静かに置きました。

 ミッションコンプリート。

 俺だってやればデキるんですよ。


「あ、お兄お帰りー! どこ行ってたん? トイレ?」

「いえ、オレオレ詐欺の方と話をしていました」

「ダメだよ、そんな人と話したら! お兄、すぐ引き受けるじゃん!」

「大丈夫です。いわゆるガチャ切りと言うヤツをやってやりました!」

「おおー! すごい、お兄がちゃんとしてる! 偉い! ご褒美にピザあげるし!!」


 莉果さんから受け取ったピザをモグモグやっていると、再び電話が鳴りました。

 今度こそ出荷に不備があったのでしょうか。

 立ち上がろうとすると、チロルさんが「ここはあたしにお任せを!」と、代わりに電話の元へと駆けて行きます。

 助かるなぁ。


「新汰さん、相手のお名前聞きました?」

「ええと、ゴンタとか言ってました」

「ゴンタさんですかぁ。んー? どこかで聞いた事があるような?」

「凪紗さん、反社会勢力の方にお知り合いが?」


「人聞きの悪い事言わないで下さい! 阿久津さんたちにも悪いですよ!」

「そう言われると、あの人たち一般人じゃなかったですね。あははは!」


 チロルさんが戻って来ました。


「誰からでしたか?」

「貴乃花と言う人からでした! 要領を得ないため、ガチャ切りしたであります!!」

「今日は変な電話が多いですね。年末だからでしょうか」

「んんー? やっぱり、なんだか聞き覚えがあるような気がするんですけどぉー」


「凪紗さんの前のチキン、いただきだし!」

「あー! 莉果ちゃん、ひどい! これ、私が狙ってたんですよぉ!」

「にっひひー! 所詮この世は弱肉強食だし! あむっ! サクサクだし!!」

「もー。油断も隙もないんですからぁー」


 そして再びなる電話。

 ちょっと頻度が高すぎじゃないですか?


「あ、私出ますよ。ちょうどお手洗いに行きたかったですし」

「凪紗さん、すみません。アレだったら、もう電話線抜いといて下さい」

「はぁーい」


「お兄さ、どっかでカモにされたんじゃない? 普段からボーっとしてるからさ! ダメだし、世の中悪いヤツは結構近くにいるし!」

「そうですね。今後は気を付けます」

「莉果殿はその年で社会の縮図を知っておられるとは! さすがは農場勤務の先輩! 勉強させて頂くであります!!」

「ふふー。それほどでもないしー!」


「新汰さん! 新汰さん!!」


 凪紗さんが慌てて帰って来ました。


「トイレが間に合いませんでしたか?」

「ち、違いますよぉー! 新汰さんの元勤め先って、デストライアスロンって言うんじゃありませんでしたか?」

「ああ、はい。そんな感じです」

「それなら、やっぱりお知り合いなんじゃ? 郷田ごうださんって方が、ものすごく慌てて、奈良原様をお願いしますって言ってますよ」


 そう言えば、最初に電話に出た時にも、元勤務先の名前が出たような。

 あまりにも興味がないので、右から左へ受け流してしまいました。


「仕方がないですね。行きましょう。寒いんですよね、電話の近くって」


 そして受話器を取ると、パッヘルベルのカノンが流れていました。

 これ、どうやって通話にするんでしたっけ。

 ええと、保留ボタンを押すんでしたか?


 ……あ。


 手が当たって、電話が切れてしまいました。

 でも、すぐに再び鳴る電話。

 分かりましたよ、そのガッツは認めます。


「はい。もしもし。奈良原農場です」

『ご、郷田でございます! 奈良原様! お願いですからお話させて下さい!!』

「郷田さん? あの、好きな野菜を教えてもらえます?」


『ぴ、ピーマンです! ピーマン大好き、郷田でございますぅぅぅぅ!!!』


 記憶の点が遥か彼方の点と結びつき、線になりました。


「ああ!! あの、ゲームマスターしたりしてた! 郷田さん! ええ、ええ! 思い出しまたよ! お元気ですか? いや、最近寒いですし、お風邪とか引いてないですか? そう言えば、うちは今日宴会してますけど、そちらもそうですか?」


『私は会社を辞めました。そして、仲間と一緒に新しく仕事を始めたのですが』

「あー、そうなんですか。それは良かった」

『ところが、先ほどデストライアスロンの社長である、林崎から連絡が来まして。うちの社員が人質にされ、返して欲しくばデスゲームに参加しろと』


「ああ、それは大変だ。では、失礼します」

『待って下さいぃぃぃ!! どうか、どうかお力を貸して下さいませんか!?』


「ええ……。嫌ですよ」

『そこを何とか! 我々も心を入れ替えて、今は奈良原様のようになろうと、社員全員で頑張っているところなのです! それが、それが!!』


「自業自得って言葉をご存じですか? あと、覆水ふくすいぼんに返らず」

『……おっしゃる通りです。申し訳ありませんでした。奈良原様のマネごとで、農業を始めたバチが当たったのかもしれません……』



「えっ!? 農業をされているんですか!? ちなみに、何を育てているんですか!? ヤダなぁ、それならそうと言ってくれたら良いのに! で、何を育てているんですか!? 野菜ですか、果物ですか!?」



『え、あの、知人から、桃の農園を譲り受けまして……。それと、今はサクランボを温室で育てておりまして』


「郷田さん」

『は、申し訳ございません』


「今回だけですよ」

『えっ?』


「相談なんですけど、サクランボの木、いくつか分けてもらえます?」

『そ、それは、もちろん!』


 その言葉が聞きたかった。


「じゃあ、とりあえず状況を出来るだけ詳しくレポートに纏めておいて下さい。それから、あのー。えー。……なんでしたっけ」



 ひとまず、同業者のピンチとあっては捨て置けません。

 農業は人と人との繋がりが大事。


 例えそこに遺恨があろうとも、農業は全てを優しく包み込み、溶かすものなのです。

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