第54話 奈良原農場のクリスマス

 学生時代はコミュ障ぼっち。

 会社勤めの頃は毎日残業。

 つまり、俺にとってこの日はずっとただの平日だったのですが。


 今年はどうも、静かに過ごさせてもらえないようです。


「それでは、皆さん! グラスは持ちましたか!? では、私、小瀬川おぜがわ凪紗が代表で音頭を取らせて頂きます!」


 仕事を日暮れまでに終わらせて、今日は母屋に全員集合。

 ケンタッキー・フライド・チキンのパーティーバーレルに、ピザと各種ソフトドリンク、更にはアルコール類。

 俺のグラスにも、ビールが注がれています。

 あまりお酒は好きじゃないんですけど。


「せーのっ! メリークリスマス!!」


 そうです。本日はクリスマスイヴ。

 サンタクロースが夜空を往来し、よいこのベッドに忍び寄る一方で、ご両親は新しい兄弟を仕込むためにせっせと夜なべする日です。


 俺はまったくその気がなかったのですが、俺以外の全員がやりたいと言うので、仕方なく母屋を会場に提供しました。

 それから、お会計も俺のポケットマネーで済ませておきましたよ。


 まあ、イチゴの収益がビックリするくらい出ていますし、その成果のうちの半分……いや、半分以上は、皆さんの頑張りによるところ大ですし。

 仕方がないので、たまには大騒ぎにも付き合いますよ。


 コミュ障だって、空気くらい読めるんです。たまには。



「新太くぅーん! 全然飲んでないじゃんかぁー! ダメだよぉ、会社のトップは、率先して飲み食いしないとー! 社員が気兼ねしちゃうでしょー!!」

「凛々子さん。もしかして酔ってます?」

「酔ってないっすよ? わたしを酔わせたら大したものだよー!」


「あー! 誰だし、お姉にお酒飲ませたの! お姉、チョー酒癖悪いんだから! しかもチョーお酒弱いの!!」

「莉果ぁー! なんでそんな寂しい事言うのー? おっぱい揉むー?」

「うへぇー。もう出来上がってるし。おっぱいなら凪紗さんに揉ませてもらうからいいし! ウチはチキン食べるんだし!」


「えらい事になっとる……。近づかんとこ」


「お姉! ペタさんがお酒注いで欲しいって言ってるし!」

「なんでぇ!? 莉果ちゃん、ひどくね!? オレ、たった今避難始めたとこなのに!?」


「ペタレルヤくん、なんだね君はー! その外見で、カルーアミルクなんて飲むんじゃないよー! 今日くらい牛から離れなさい! にゃはははー」

「うわぁ! すげぇめんどくせぇ酔い方してんじゃん、凛々子ちゃん! あと、カルーアミルクうめぇんだよ! そこまでミルク感ねぇし! つか牛じゃねぇし!!」


 まったく、ペタジーニさんは今日も騒がしいですね。


「新汰さん、新汰さん! ビールって美味しいんですか!?」

「どうでしょう。別に不味いとは思いませんけど、特に美味いとも思いません」

「私も飲んでみたいです!」

「ダメです。未成年の飲酒は厳禁ですよ」


「ふっふっふー! なんと私、一昨日が誕生日だったんです! もう二十歳ですよ! お酒が飲める年になりましたぁー!!」

「なんと! それはめでたいですな、凪紗殿!」

「おめでとうございます。だったら飲んでみますか。ちょっとだけにして下さいよ」


「新汰さん、もしかして心配してくれてますか?」

「いえ。酔って吐かれでもしたら嫌だなぁって」


「お前は外気よりも冷てぇなぁ! 付き合ってやれよ!! ああ! 凛々子ちゃん、それダメ! 阿久津のおじきの焼酎だから! らめぇぇぇ!!」


「新汰さん、聞きましたよね! ペタジーニさんもああ言ってますよ!」

「ですね。とりあえず、あの状態からツッコミ入れて来る気概に今日は負けておきましょう。では、このビールにしますか。どうぞ」

「わぁー! 人生初のお酒です! いただきます!!」


「お味はいかがでありますか!?」

「うぅ……苦いですぅ……。皆さん、これが美味しいんですかぁ?」


「だから言ったじゃないですか、そんなに美味しいものじゃないって」

「あたしは欧州にいた頃、水の代わりに飲んでおりましたので、実に美味いであります! 日本のビールは特に美味しいですな!!」

「私にはまだ早かったみたいですぅ……」


「お兄! エビマヨのピザ持って来てあげたし!」

「お、気が利きますね、莉果さん。それで、本音は?」

「お姉から逃げて来たし……。あの暴れっぷりを見てると、絶対にウチはお酒なんて一生飲まないって誓えるし」


「まあ、俺たちは大人しく料理を食べましょう」

「はぁーい。私もウーロン茶にします。あ、チキン美味しいです!」

「チロルさん、なんで骨しゃぶってんの? こっちに新しいのあるよ?」

「莉果殿、お気になさらず! チキンの骨、美味しいであります!」


「ヤメて下さい。せっかく肉の付いたものがあるのに。このままじゃ残ってしまいそうなので、チロルさんはしっかり食べて下さい」

「な、何と言うお慈悲……! あたし、これまで受けて来た命令の中で、一番幸せな命令であります!! 犬飼チロル、食べます!!」



「おじき、組のクリスマス会に出なくて良かったんで?」

「あんなもん、辛気しんきくそうてやっちょれんで。どがいな理由でおっさんとじいさんが顔付き合わせてメリークリスマス言うんじゃ。アホか」


「自分、こんな楽しいクリスマス会とか、初めてっす!」

「はは、赤岩は彼女いた事ねぇもんな!」

「佐藤だって素人童貞じゃねぇか! ……あ、森島さん、グラス空いてるじゃないっすか! の、飲みましょう! 飲みましょう!」


「ごめんね、オレに気を遣わせちゃって。嫁のTwitter見たらさ、なんか合コンに行ってるみたいでね。……もう、オレの事、忘れたのかなぁって」

「も、森島さん! チキン、チキン食いましょう!!」



「新汰ぁ! 助けてくれぇ!!」

「ちょっと、ペタさん! お姉連れてくんなし!!」

「莉果ちゃん! そんな釣れない事言わねぇで! もう限界なんだよ! 凛々子ちゃん、パワハラ上司みてぇになってんだから!」


「こらぁー。新汰くん、さては飲んでないなぁ? よーし、この梅酒を君には進呈しよう! 飲め、飲めー!!」

「あ、頂きます」


「頂いちゃうのかよ! その梅酒、結構アルコール強いぜ? 悪の親玉連れて来たオレが言うのも何だけど、無理すんな!?」

「……うん。梅の味がします。梅って良いですよね。漬けるだけでこんなに多様性のある変化を見せるんですから」


「あれ? もしかして、新汰さんお酒強いですか?」

「さあ。人と比べた事がないので、強いのか弱いのか」


「マジか、お前! 酒まで強いとか、割とワイルド系でオレ憧れんだけど!」

「ペタさん何飲んでんのー? ウチでも分かるヤツ?」

「か、カシスオレンジ……」

「あー! それ知ってる! 女子が飲むヤツだー!! ペタさん牝牛めうし説!!」


「良いでしょうが! オレは酒、楽しんで飲む派なの! 一気飲みとかしてるヤツら、あいつらアホだぜ?」

「えっ? ペタジーニさんがまともな事を? ああ、もう酔ってますね?」


「オレが酔う判定がひでぇ! シラフでもまともな事しか言ってねぇよ、オレ!」



 ん? 母屋の電話が鳴っています。

 しかし、誰も気づいていない様子。

 まあ、これだけ大騒ぎしていたら仕方ないでしょう。


 こんな時間に誰でしょうか。

 イチゴの注文にしては時間が遅いですし。

 まさか、今日の出荷に不備でもあったのでは……。


 恐る恐る、受話器を取りました。

 すると、随分焦った様子の男の人の声がするじゃないですか。


『そちら! 奈良原農場でよろしいですか!?』

「はい。この度は申し訳ございませんでした」

『えっ!? あれ!? 奈良原農場でよろしいんですね!?』

「はい。申し訳ございません」


『その反応は、奈良原様ですか!?』

「いかにも、俺は奈良原です。申し訳ございません。明日には対応いたしますので」


 すると、電話の相手の声が更に大きくなりました。

 謝り方が気に障りましたかね。



『わたくし、郷田ごうだです! 元デストライアスロンの! 奈良原様、こんな事を言える筋ではない事は承知の上で、申し上げます!!』


 郷田って、誰でしたっけ?


『どうか、どうか我々を助けて頂けませんか! お願いします!!』


 郷田って、俺の知り合いの方ですか?


 あ、ジャイアンの苗字だ。

 だったら最初から「ジャイアンです」って名乗ってくれたら良いのに。

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