第53話 クリスマス前のイチゴは売れる

 12月も3週目。

 この時期、イチゴを育てているとむちゃくちゃ忙しくなります。

 そうなのです。アレがあるのです。


 クリスマス。


 俺にとって、クリスマスなんて言うものは、名前の付いたただの平日だったのですが、今年からはどうもはしゃぎ倒さなければならないようで。

 だって、注文が止まらないんですよ。イチゴの。


 これがパリピってヤツですか。


 しかも、凪紗さんの活躍によって、道の駅でイチゴジャムの販売をする話もちょうど決着がつきまして、めでたく納品決定。

 彼女には何かお礼をしなければなりませんね。


 そしてその最初の納品日が、これまた今週。


 かつてない忙しさ。

 これは、1人で細々と玉ねぎ育てていた頃には経験できなかった事でしょう。


 イチゴによる修羅場。


 良いですよね。ふふふ。

 興奮して来ました。



「はい! 奈良原農場です! すみません、代表は今、席を外しておりまして! 営業担当の白木屋しらきやが承ります!」


 俺はここにいるのですが、いないことになっております。

 凛々子さんが「忙しいのに新汰くんが電話番って、それはナシだし!」と莉果さんのモノマネをしながらやって来てくれまして。

 俺の代わりに電話注文をさばいておられます。


「新汰くん! 追加で5箱、ケーキ屋さんから注文来たよ!」

「了解しました。ああ、俺のイチゴちゃんが色々な方法で美味しく頂かれてしまうのですね……。興奮しますね!」


 ちなみに、一般的なイチゴの一箱は、4パック。

 うちでは1パック350グラムにしています。

 一般的には300グラムくらいが多いようですが、そこは新規参入者として、サービスに打って出なければですよ。


 多くの人にイチゴを食べてもらって、絶頂してもらいたい。


「あのな、新汰よ。普通の人は、イチゴ食ってもヤバいクスリをキメたみてぇにはならないんだわ。美味しいって頬っぺた落とすのが普通なのよ」

「ペタジーニさん。口を動かしている暇があったら」

「働いとるわい! ハウスからご新規のイチゴ様を収穫して来たよ!」

「やるじゃないですか。仕方がありません、奈良原賞を出しましょう」


 ちなみに、現在の奈良原賞は、イチゴジャム制作過程で大量に出た試作品が景品となっています。


「おっ、マジでか! やったぜ! ジャム、マジでうめぇよなぁ!」

「その調子でガンガン収穫して来て下さい!」

「おうよ! 了解したぜ!」


 うちのイチゴの収穫方法は、時差式のスタイル。

 一列ごとに採る時期をズラす事で、毎日安定した量の収穫を可能にしています。

 まあ、だいたいどこの農家さんも同じようにしていると思いますが。


「さあ、それではパック詰め班も気合を入れて行きましょう!」

「うへぇー。またいっぱい来たぁー! ちょっと疲れたしー!!」

「そんな事言ってないで、ファイトだよ、莉果ちゃん!」

「まさかワシがこがいな事をしよるっちゃあ、驚くのぉ。去年の今頃はシマ荒らすチンピラをふんじばって気合いれちゃりよったのにのぉ」


 バック詰めは根気と集中力が勝負。

 普段から道の駅の仕事で梱包作業に慣れている凪紗さん。

 最近はマジメに働くので頼りになる莉果さん。

 腰をやっているため、収穫班に加えられない阿久津さん。

 そして、電話番と受注を管理しながら、空いた手で手伝ってくれる凛々子さん。


 そこに俺を加えた、精鋭部隊で行っています。


「お兄! 揃え方に美しさが足りない! ウチの詰めたパックをお手本にするし!」

「おお、これは見事な……! さすが莉果さん、日頃からインスタで映えを研究しているだけの事はありますね。これ、お手本用に台の真ん中に置きましょう」


「え、そんなに? へへっ、ちょっと嬉しいかもだし!」

「莉果をやる気にさせるとは、新汰くんも隅に置けないねぇー」

「べ、別に、お仕事だから手抜きする訳にはいかないだけだし!」

「あらら、ツンデレになっちゃった。妹ながら、新汰くんの前に来ると知らない表情が見られるからお得で良いねぇー」


 白木屋姉妹のじゃれ合いはノーカウントです。

 だって、じゃれながらも普通に仕事をしてくれていますから。


「新汰さん、おっぱい揉みますか?」

「あ、大丈夫です」


 凪紗さんも、たまにおっぱいの差し入れをしようとしてくる以外は順調そのもの。

 おっぱいは揉んでいると心が落ち着きますが、時と場合を考えておっぱいを差し出して頂きたい。

 おっぱいが必要な時はこちらから声を掛けますので。


「奈良原殿! 追加のイチゴをお持ちしたであります!!」

「ご苦労様です。チロルさん、何個つまみ食いしました?」

「み、3つであります!」

「目を逸らさないで。本当のところは?」


「10個ほど、頂戴ちょうだいしたであります!!」

「あげてません。良いですか、食べた分、バリバリ働いて下さいよ」

「了解であります! 犬飼二等兵、再び出動するであります!!」


 チロルさんのつまみ食いをとがめないのか、ですか?

 もちろん、叱っていましたよ。最初のうちは。


 ただ、もう諦めました。

 彼女、隙を見てはつまみ食いをするんですもの。

 そして、隙がなければ隙ができるまで待つので、結果、つまみ食いを容認した方が作業の効率は格段に上がるのです。


 なにより、彼女は覚えが早く、既にメインの戦力としてカウントしているので、つまみ食いを止めて士気を低下させるよりそちらの方が得だと判断しました。


「奈良原殿! さらに追加をお持ちしたであります!!」


 ほら、この通りですよ。

 しかも、この速さで仕事は丁寧。

 既に農作業はペタジーニさんに次ぐ能力を発揮しています。


「ご苦労様です。どんどん運んでください」

「かしこまりであります!!」


「新汰、こがいな感じでどうじゃ? 今回はワシ、ちぃと自信があるんじゃが」

「はい。良いですね」

「もっと褒めてくれんかのぉ? ワシの渾身の作やで?」


 阿久津さんが戦力として実に低いのが悩みの種。

 冬場は腰をいわせるので、農作業にも出せず。

 かと言って、出荷作業のスキルも極めて低い。


 あと、定期的に褒めないとやる気を失くします。


 コミュ障に気を遣わせるとか、どういうことですか。


「すごく良いです。その調子で頑張って下さい」

「ほうか! 莉果嬢ちゃん、見てくれぇや、これ! なかなかのもんじゃろ!?」

「おっ! 阿久津さん、やるじゃん! キレイな積み方だし! あ、でもダメだよ。これ、重さが軽く100グラムはオーバーしてるし」

「えっ!? ちょっと阿久津さん! グラムは守って下さい!」


「100くらい誤差じゃろう?」

「あなたが殺して来たチンピラと同じ勘定しないでもらえますか」


「女子供の前で物騒な話してんじゃねぇよ!!」

「ペタジーニさん。ツッコミのために帰って来ないで下さい」

「違うわい! 普通に収穫したイチゴ持って来たついでにツッコミしとるんじゃい!! そもそも、お前はどうなんだよ! 作業のスピード!」


「あららー、ペタレルヤくん、そこはツッコミ入れちゃダメだねー」

「新汰さん、私たちの3倍のスピードでパックに詰めてますよ。しかも、とってもキレイで丁寧に!」

「お兄の作業に妥協なしだし! ペタさん失言ー!! やーい!!」


「ペタジーニさん」

「はい」

「1度は許しますが、俺の農業への情熱を次に疑った時は……」

「すんませんっした!」


「鼻輪を引きちぎりますからね」

「謝ってんのに!! なんでワンテンポ遅れて恫喝どうかつしてくんの!? 言葉の作業効率は最悪じゃんよ!!」


「よし。これで道の駅と、ケーキ屋さん3店舗の分は詰め終わりましたね。配達に行きましょう。どなたか、通訳でついて来て下さい」


「はい!! 私、行きます!! はい、はーい!!」


「ぐぬぬっ! 出遅れたしー!!」

「むむー。わたしも、電話番がなければ立候補したんだけどなぁー」


「配達一人で出来ねぇ時点で、結構な勢いの効率ダウンだと思うんだけど!? あ、すんません、収穫に戻りまーす。おー、怖ぇ」



 こんな調子で、今日も楽しく農業しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る