第52話 奈良原農場の朝の風景

「おはようございます! 新汰さん!」

「おはようございます、凪紗さん」


「おはようございます、奈良原殿! そろそろ朝ごはんができるであります!!」

「あ、今日はチロルさんの当番でしたか、顔洗って来ます」


 どうして俺のプライベートゾーンにこんなに人が増えたのか。

 歯を磨きながら考えたけど、答えは見つからず、顔を洗って寝ぼけた頭を起こしても、やっぱり答えは見つかりませんでした。


 チロルさんは一向に住む家を見つける気配がないですし、凪紗さんに至っては、住む家があるのに母屋に引っ越してきました。

 お母様が寂しがっているのではないですかと聞けば、「週に2回は帰るので平気です!」と返されてしまい、それに続く言葉は見つかりませんでした。


「奈良原殿! 凪紗殿! 朝食の用意ができました! ピザです!!」

「朝から重たいですね……」

「野菜たっぷりピザであります!!」


「野菜に感謝して頂きましょう!!」


「あははは! 新汰さん、分かりやす過ぎますよぉー」

「野菜に罪はないので、食べ残す訳にはいきません」


 そして、俺が買っておいたチーズが根こそぎ冷蔵庫から消えていました。

 チロルさんの好物は乳製品。

 特に牛乳は非常に好きなようで、彼女が住むようになってから鮭ヶ口牧場の直送牛乳の本数を1つ増やしたほどです。


「はい。お二人とも、牛乳です。重いので早く受け取って下さい」

「わぁー! ありがとうございます! やっぱり牛乳は搾りたてが一番ですよね!」

「さすがは凪紗殿! 分かっておられる! 朝の牛乳は最高であります!!」


 おや。テーブルに置いてあったスマホが光っていますね。


「あ、それでしたら、新汰さんが顔を洗いに行っている間に鳴ってましたよ。すみません、お伝えするタイミングを失ってしまいました」

「ああ、いえいえ。どなたでしょうか。かけ直しましょう」


 コール音が4回鳴ったところで、通話状態に切り替わりました。


『あ、お兄? おはよー! ってか、なんで出てくんないのさ! ひどいし!!』

「莉果さん。おはようございます。すみません、朝ご飯に夢中でした」

『さらにひどいし!! もう! 今日はお仕事あるのか通学中に確認する、勤労JKの鏡な莉果ちゃんの頑張りを認めて欲しいし!』


「新汰さん、どなたですか?」

「莉果さんでした」

「莉果殿にも牛乳を取っておきましょう! ピザに合います!!」

「いえ、彼女牛乳が嫌いなんですよ」


『ちょっとー! なんでウチと電話してるのにそっちで話してんの!? 聞こえてんだけど! お兄、そーゆうとこある! ナシだし!!』

「これはすみません。今日もイチゴの出荷をするので、お仕事は売るほどありますよ。お時間があれば手伝いに来て下さると助かります」


『お兄がどうしてもって言うなら行ったげるし!』

「どうしても」

『うんうん、素直でよろしいし! んじゃ、あとでねー』

「ああ、莉果さん」

『へっ? なになにー?』


「牛乳が嫌いだと、主に胸のサイズの成長の度合いが違うように思えるのですが、その件に関してどう思われます?」


『むきーっ!! 今、凪紗さんとチロルさんいるでしょ!? あの2人はおっぱい強者だから、牛乳とか関係ないし! お兄のバカ! コミュ障! 変態!! 野菜オタク!!』


 あ、電話が切れてしまいました。

 何か気に障る事を言いましたかね?


「食事中に失礼しました。……あの、俺のピザは?」

「冷めると味が損なわれるので、あたしが食べておいたであります!!」


 そんな理屈ってあります?


「そうでしたか。あー。……まあ、良いです。食パン焼いて食べます」

「新汰さん、チロルさん、私は今日早番なので、お先に失礼しますね!」

「道の駅まで結構ありますから、車に気を付けて。と言うか、やっぱりご自分のアパートから通われた方が。ここより全然近いでしょう?」


「むーっ! 新汰さん、そんなイジワル言うんなら、大詰めになっているイチゴジャムの件、私はいつでも放棄する用意がありますよ!?」

「ごめんなさい。すみません。ずっと住んでいて下さい。俺が死ぬまで」


「あ、今のなんだかプロポーズの言葉みたいでした! えへへ、朝からステキな言葉を聞けて、今日も頑張れそうです! じゃあ、行ってきまーす」

「はい。行ってらっしゃい」

「お気を付けて! 凪紗殿!! お土産は食べられるものを所望であります!!」

「チロルさん、まだ食べるんですね……」


 彼女は燃費が良いのか悪いのか、実によく食べます。

 雑多ざったに食べるので残り物が出なくて助かるのですが、チロルさんが来てからうちのエンゲル係数が爆上がりしました。


「おはよーっす! 新汰、イチゴハウスの温度が低かったから、調節しといたぜ!」

「おはようございます。助かります」


 ペタジーニさんが出社。

 彼は誰よりも早く農場に現れ、誰よりも後に農場を去ると言う、エリート農業戦士。

 しかも農業知識が豊富になり、もう仕事の大半を任せられます。


「おはよう、チロルちゃん! オレの牛乳ある?」

「ペタジーニ教官! おはようございます! もちろん、残してあります!! 今コップにお注ぎしますので、どうぞ座ってお待ちください!!」

「あ、なんか悪ぃな。おー! めざましテレビの占いやってんじゃん!」


「ああ、牡牛座は最下位でしたよ」

「いや、オレ乙女座なんだけど!? 勝手なイメージで星座まで指定してくんのヤメてくれる!? これ、パワハラじゃね!?」

「牛ハラですね」

「教官殿! 牛乳が入ったであります! どうぞ!!」


「またペタジーニさんは、いつまで経っても乳離れができませんね」

「いやぁ、オレにとっちゃおふくろの味だかんな! って、誰が牛じゃい!!」


「ピポロン族は、月食の際に村の戦士が牛乳を神に捧げる儀式をするのですが、教官殿? 今日はもしや月食ですか!?」

「知らねぇよ!? あと、ピポロン族の風習についてはもっと知らねぇよ!?」

「あ! 見て下さい、ペタジーニさん! 占い、乙女座が最下位ですよ!!」


「マジかよ! つーか、さっきシレっと嘘ついてんじゃねぇか! なんでオレの事を最下位にしたがんの!?」

「俺なりの友情ですよ」

「コミュ障の友情って、なんかにごってんのな。オレ新聞読むわ」


 ペタジーニさんは意外と毎朝新聞を読む、インテリ派の荒くれ者。

 ちなみにうちは、日本農業新聞の他に、スポーツ新聞と普通の朝刊が1つずつと、夕刊が2つ届く、新聞大国。

 理由ですか?


 セールスの人が親し気に話しかけてくれるのが嬉しくて、つい。


「奈良原殿、ハイエースが入って来ました!」


 御日様組チームは、ハイエースで出勤してきます。

 今日の当直は赤岩さんだったので、佐藤さんが運転手でしょうか。

 ちなみにそのハイエースは御日様組の自前なので、うちの車庫には日中、ハイエースが4台並んでいます。


 これでも2台売却したんですよ?


「お控えなすって! おはようござんす、新汰の!」

「「「おはようごぜぇやす!! 奈良原さん!!」」」


「おはようございます。皆さん、今日もお元気そうで何より」

「奈良原さん、先ほど凛々子お嬢さんがいらして、注文を受けていた肥料が入荷されたので、暇な時に取りにおいでよ、との事でした!」

「そうですか。赤岩さん、ご苦労様です。昼過ぎまで休んで下さい」


「押忍! 失礼しやす!」


 御日様組チームは、ハウスの夜間警護と言う大役を担って貰っているので、担当した人には半休が進呈されます。

 当然ですが、夜間勤務の手当ても付けています。


「マジか! おい、みんな! ペタジーニの日本球界最高年俸を菅野が越えたぜ!」


「えっ? ペタジーニさん、そんなにお給料もらってたんですか?」

「ペタジーニの話だよ!!」

「はい」


「いや、オレじゃねぇよ!? オレ、本名は辺田尻へたじりだかんな!? つーか、何度目になるか分からねぇけど、オレ別に自分でペタジーニって名乗ってねぇから!!」


「あ、9時ですね。さあ、みなさん、今日も楽しくお仕事しましょう」

「聞けよ!!」



 こうして、奈良原農場の1日が始まるのです。


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