第51話 凪紗さんを推す若い衆

 年の瀬迫る、冬の午後。

 凪紗さんが遊びに来ました。


「新汰さーん! 皆さんも、休憩にしませんかー? 私、道の駅でマフィン買って来ましたよー!!」


「マフィンですか。イチゴジャムに合いそうですね。じゃあ休憩にしましょう」

「オレ、噴霧器ふんむき洗ってから行くわ。先行っててくれるか?」


 噴霧器とは、その名の通りタンクに入れた液体を霧状に放出する機械です。

 うちでは除草剤を撒くのを手作業でやっていたのですが、今回少し臨時収入があったので、今後の事も考えて購入に至りました。


 ハイエースちゃん4号の買い手が見つかったんですよね。

 おかげで、また農機具が潤います。


「ワシは出張所の方で休ませてもらうけぇ。ちぃと腰がのぉ……おお痛い……」

「おじき、バンテリンは薬ケースの2段目にあります!」

「自分、塗りましょうか!?」

「いやぁ、ええで。おどれらは凪紗嬢ちゃんのご厚意に呼ばれてきぃや」


「では阿久津殿、道具はあたしが預かります! どうぞ、どうぞ!!」

「おお、すまんのぉ、チロル嬢ちゃん。ワシ、独身じゃけど、娘がおったらこんな感じなんかのぉ……」

「あたしの事を娘だと思って下さって結構でありますよ! パパとお呼びしましょうか!?」


「ヤメて下さい。阿久津さんをパパって呼ぶ北欧美人とか、セットにしたら怪しさ爆発ですよ。うちの評判が落ちるじゃないですか」


「お前は今日もキレッキレだな! ぎ過ぎたナイフか!」


「チロルさんも、阿久津さんを甘やかしちゃダメです。最近、作業量のワーストワンですからね。まだ40半ばなんですから、年齢は言い訳にできませんよ」

「おお、すまんのぉ。ワシ、日が暮れるまでにゃあ、マルチしっかり張り終えるけぇ、見ちょってくれぇ!!」

「その意気です! 晩ごはんは、阿久津さんの好きな里芋の煮っころがしにしましょう」


「おお、ほんまか!? 新汰の作る料理は美味いけぇのぉ! こりゃあやる気も出るで!!」

「凪紗さんが道の駅の廃棄野菜を譲ってくれたんですよ」


「分かったから、そろそろみんな行ってあげて? 凪紗ちゃん、ずーっと母屋の前で1人たたずんでんだよ。飼い主待つ忠犬みてぇで見てらんない!!」


 なるほど、ペタジーニさんは良く周りが見えていますね。

 チーフとしての自覚が芽生えてきたようで何よりです。

 それでは、改めて休憩にしましょう。



「紅茶が入りましたよ、みなさん」

「わぁー! 私の分まで、ありがとうございます!」

「とんでもない。お客様ですからね。差し入れも下さいましたし。どうぞ。熱いので気を付けて下さい」


「赤岩。森島さん。なんか凪紗さんと奈良原さん、良い感じじゃね?」

「おう。年齢的にもお似合いだし、そろそろくっ付いて欲しいよな」

「2人を見ているとじれったいと言うのは分かるなぁ」


「そうだ、新汰さん! イチゴジャム、年末のセールから置いてもらえるそうですよ! クリスマスの目玉にするって店長が言ってました!」

「本当ですか!? いやぁ、嬉しいなぁ! これは量産体制に入らなければいけませんね。しばらく畑の方はペタジーニさんに任せますか」

「新汰さんってお料理なんでもできますよね。すごいです! 料理の出来る男の人ってポイント高いんですよ? その、将来、一緒にお台所に立てますし!」


「ほら、見てみ。なんかもう、新婚の夫婦みてぇじゃん」

「確かに。お互いがお互いを理解し合ってる感じがすんな!」

「結婚してもね、その先に離婚って言うゴールが待ってたりするから、油断は禁物だよ? あ、ごめんね、自分の話しちゃって」

「……いえ、森島さん、バツイチでしたね。すんません」


「奈良原殿!」

「はい、どうしました?」

「あたしのブラジャーが見当たらないのだが、ご存じないだろうか?」

「ああ。それなら俺の洗濯物に紛れ込んでいたので、チロルさんの部屋のベッドの上に置いておきましたよ」

「そうでありましたか! これは、失礼いたしました!!」


「うぅ……。私もブラジャー一緒に洗って貰っちゃダメですか?」

「何言ってるんですか。凪紗さんはご自宅でブラジャー洗えるでしょう」

「そーゆうんじゃないんですぅ! あ、そうだ! ブラジャー見ます!? 私、今日は可愛いヤツしてきましたよ!!」

「あ、大丈夫です」


「……新婚の時期が過ぎて、初々しさのなくなった夫婦感が増して来たぞ?」

「なんであの人たち、マフィン食いながらブラジャーって連呼してんだろうな」

「自分が離婚する寸前も、あんな感じだったよ。下着なんて、見慣れたらただの布なんだよね……」

「森島さん、ヤメて下さい。暗い影を落としすぎっす」


「それにしても、凪紗殿は有能でありますな! 販路の開拓から農場の従業員のケアまでこなされるとは! まるで部隊のお母さんのようであります!」

「へっ、そ、そうですか!? 私、新太さんのお役に立ちたくて色々やってるだけなんですけど、あ、あの、お母さんという事は、当然お父さんは……?」

「奈良原殿に決まっているではないですか! お二人は理想のカップルです!!」


「おい、チロルさんって邪魔になるかと思ったけど、これは!」

「ああ、むしろくっ付けに行ってる! 多分無自覚だろうけど!」

「結婚するまでが一番楽しいんだよな……」


「新汰さんも、私の事、そんな風に思ってくれてます……?」

「はい。もちろん」


「行ったー! 行ったし言ったぞ、奈良原さん!」

「マジでか! これはひょっとして、カップル成立あるか!?」

「2人は凪紗ちゃんを応援してるんだね。良いなぁ、純粋に男女の色恋にエールを送れるって言うのは」


「凪紗さんの事は、すごく便利な女の人だと思っています!」


「あれ?」

「うん?」

「ほらぁ」


「そ、そんな風に思ってたんですか……私のこと……!」


「奈良原さん、それは禁句っすよ」

「だよなぁー。本人目の前にして便利な女扱いは」

「でもね、結婚ってそんなもんだよ? いかに便利でいられるかみたいなところあるし」


「とっても嬉しいです! 私、新太さんのお役に立てているんですね!」

「ええ、とても役に立っています」

「そうですかぁー! えへへへ、嬉しいですぅー」


「あれ?」

「ああ……」

「ほほう」


「これからも、新汰さんのために私、頑張っちゃいますね! 何でもしますよー! 日々のお手伝いから、その、お、おっぱい触ってもらう事まで!」

「本当に助かります」

「お、おっぱい、揉みますか!? 私は全然構いませんよ!?」


「あ、大丈夫です。昨日チロルさんに揉ませてもらいました」


「えっ、あの、それってどういう?」


「奈良原殿がどうしても考えが纏まらないので、ちょっとおっぱい揉ませてほしいと夜、部屋にいらしましたゆえ、とりあえず揉ませて差し上げたであります!」

「いやぁ、同じ居住空間に人がいるって嫌だったんですけど、こういう時は便利ですね。ひとふさ揉ませてもらいました」


「あ、頭が痛くなってきた」

「自分、経験ないんで分かんねっす。森島さん?」

「自分はおっぱい揉ませてもらうまで、200万は使ったかな……」



「新汰さん! お話があります!!」

「はい」


 凪紗さんが、かつてない勢いで、俺の正面に座り直しました。

 マフィンのおかわりでしょうか。

 もう1つくらいなら食べられますが。



「私をここに住ませて下さい!」

「え、嫌です」



「うぅ……即答……。あの、道の駅の廃棄するお野菜、毎日持って帰りますからぁ」

「えっ!? ……んー。じゃあ、良いですよ?」

「良いんですか!? やったぁ! 今、言質げんち取りましたからね!? 嘘ついたら、道の駅辞めますよ!?」

「絶対に嘘じゃありません」



「おっしゃー、終わったぜーい。……どうした、みんな。なんか悲喜こもごもだが」


「ペタジーニさん! 私、こちらに住むことになりましたぁ!」

「賑やかになって楽しいでありますな! 凪紗殿!!」

「いや、賑やかにはしないでください。うるさいのダメなんで」



「で、若い衆はどうしてみんな疲れ切ってんの!? 今、休憩中だよな!?」


「いえ、なんて言うか、奈良原さんってすげぇなって」

「自分、あの人について行きます」

「……結婚かぁ。……結婚、ねぇ」



「何が起きてどうなったの!? 誰か、説明できるヤツいねぇの!?」



 ペタジーニさんの戸惑いとともに、同居人が2人に増えました。

 嫌だなあ。

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