第50話 莉果さんの進路相談
「お兄ー。ちょっと相談があるんだけどさー」
「はい。何でしょう? 野菜に関わる事ですか?」
「うー。ちょっとだけ関わるかもだし。ちょっとだけ」
「伺いましょう! これはいけませんね、温かい紅茶を淹れなくては! イチゴジャムを入れるとこれがまた美味しいんですよ!!」
後日聞いた話によると、この日の莉果さんはいつになく神妙な表情だったとか。
すみません。
全然気付きませんでした。
「わぁー! いい匂いだし! ヤバ、これは映える! 写真、写真!!」
「あ、どうせだったら、うちの農場のラベルが入った瓶も写して貰えます? 道の駅に出荷する事になったんですよ」
「えー! すごいじゃん! 良かったね、お兄!」
「はい。もう、ずっとムラムラしっぱなしです」
「女子高生前にして、ムラムラとか言うなし!」
「大丈夫です。莉果さんには一切欲情しません」
「それはそれでなんかムカつく! ……スカート短いよ?」
「ヒラヒラするくらいしか能のない布は、イチゴの前では無力なのですよ!」
莉果さんがスカートの裾をピラピラやっているところに、チロルさんがやって来ました。
そして彼女は敬礼。
「おっと! これは失礼した! 奈良原殿、お楽しみの最中でありましたか!」
「いえ、むしろスカートがヒラヒラするだけで何が楽しいのか悩んでいました」
「……奈良原殿は、心を何かで病んでおられるのだろうか?」
「俺の心の中は野菜と世界平和の事でいっぱいですよ!」
「チロルさーん! ちょっと休憩して行けば良いし! お兄がこの調子で、話が進まないんだよぉー」
「えっ、何か話してましたっけ?」
「お兄はね、デリカシーを少しくらい身に付けべき」
「莉果殿、それはいくらなんでも言い過ぎであります」
「だよねー。ちょっと高望みし過ぎたし」
「はい! 奈良原殿にデリカシーが身に付いたら、もはや奈良原殿ではないどこかの誰かだと、あたしは愚考します!!」
よく分からないけど、なんだか気の毒そうな目で見られている気がします。
さては、イチゴちゃんに嫉妬ですね?
仕方のない人たちです。
「チロルさんはさ、なんで傭兵になったの?」
「食べるためでありますな! あとは、父が軍人だった事もありました!」
「そっかぁ。お父さんの影響受けたんだね」
「おや、莉果殿、もしかすると、進路にお悩みでありますか?」
「えっ、そうなんですか?」
「ウチの中でお兄とチロルさんは真ん中で線引くと、2人ともあっち側だと思ってたけど、その考えは改めるべきだと今ハッキリ分かったし」
「あたしは奈良原殿のように狂戦士ではありません!」
「いえいえ、チロルさんは立派な農業戦士ですよ」
「……主人公の聞き間違えって、そーゆうんじゃないし」
どうにも莉果さんの様子が気になります。
日光量の足りていない葉物野菜のような雰囲気。
寒さで根っこに悪影響が出ているのでしょうか。
黒マルチの出番ですね。包みましょう。
「あー、いたいた! もー、莉果! なんで黙って出かけるかなぁー」
「おや、凛々子さん。新しい野菜の話ですか?」
幸せ配達人、凛々子さん登場。
彼女が来ると、結構な比率で俺がほっこりします。
「やー、ごめんね、新汰くん。今日は急いでたから、何もお土産ないんだよー」
「……そう、ですか」
「奈良原殿、何と言う落ち込み方だろう! 凛々子姉さん、これはいけない!!」
「あ、ポケットに小松菜の種があったよ! はい、新汰くん!!」
「えっ!? 良いんですか!? うわぁー!!」
そして種を受け取る前に、莉果さんがそれを横取りするではないですか。
そんな酷いことをするなんて、これが非行!?
反抗期ですか、莉果さん。
「ちょっとウチの話聞いてくれたら、種は返してあげるし」
「聞きましょう」
「実はさ……。あの、進路。ちょっと迷い始めてる、かも」
「そうなんだよー! 莉果、大学からの通知見たんでしょ?」
「凛々子姉さん、通知とは?」
「合格通知だよ! 莉果、推薦で大学に合格したの!!」
「なんと、莉果殿! それはめでたい!!」
「スイセンはニラに似てますからね。注意が必要です。莉果さんはスイセンを使って何をしたんでしたっけ?」
「新汰くん、会話が混線するから、ちょっと黙って聴いててね?」
「分かりました」
「って言うか、お父さんとお母さんがビックリしてたよー? どうして何も言わなかったのさ? せめて、お姉には言って欲しかったなぁー」
「何も言わずに試験を受けるとは、莉果殿も豪胆な魂の持ち主であられる!!」
「ごめんね、チロルちゃん。あなたもちょっとだけ静かにしててくれるかなー? 会話が入り組んじゃうんだよねー。今日はペタレルヤくんいないの?」
「ペタジーニさんなら、営業に行くとか言って、朝早く出て行きましたよ。オレでも販路開拓できらぁ! とか言って」
「わーお。これはすごい人選ミス! 彼は新汰くんの介護と言う大事な仕事があるのにねー。これは、後でお説教だなぁ」
よく分からないですが、ペタジーニさん、お気の毒です。
「だってさ、バハもママも反対しそうだったし。お姉も賛成しなかったっしょ?」
「奈良原殿、そのパン食べても良いですか?」
「良いですけど、賞味期限切れてますよ?」
「一週間までなら許容範囲であります!」
「えーと、10日前ですね。ジャムの試食会した時の残りなので」
「許容範囲であります!!」
「そうですか、ではどうぞ」
「んーん。お姉は莉果が決めた事だったら、応援したよ? って言うか、今も応援するためにやって来たんだけどなぁー」
「……え? マジ? でも、ウチには向いてないってお姉も前に言ってたじゃん」
「そりゃあ、まあねぇ。興味のない事を無理強いしても、意味ないかもと思ってたからさ。でも、思い切った事をしたねー」
俺の耳が興味をそそられる魅惑のワードを聞くまであと数秒。
「農学部の推薦を受けてたとはねぇ。あまりにも予想外過ぎて、お父さんもお母さんも願書よく読んでなかったんだってさ。あっははー」
「えっ!? 莉果さん、大学で農業の勉強するんですか!?」
「うっ……。ま、まだ予定だし! あ、あと、急に興味なくなって、転科するかもだし」
「つまり、農業に興味が出て来たんですね? そうなんですね? いつからですか!? 野菜見るとムラムラします!?」
「もー! お兄があんな楽しそうに毎日、野菜、野菜って言ってるの聞いたら、ちょ、ちょっとだけ気の迷いが起きただけだし!!」
「新汰くんの楽しそうな農業に、莉果も本格的に参加したくなったんだってさ!」
「ああ! こんなに嬉しい事はないですね! ゆくゆくは、うちで働いてくれるんですか!?」
「そ、それは、まだ、決めてない……し」
すると、莉果さん、更に神妙な顔になりました。
なるほど、分かりますよ。俺には全部分かります。
「お金の心配なら問題ないですよ! 莉果さんのデスゲームで得たお金、ちゃんと貯金してありますから!!」
「えええっ!? なんで分かったの!? し、私立の大学だから、お金どうしよっか悩んでたんだけど。急に志望校変えたから、家に迷惑かけたくないし」
「貯金で足りない分は、うちでこれまで通りバイトすれば良いですよ! 特別に、時給に色をつけましょう!」
「い、良いの!? だって、今までウチ、熱心に仕事してなかったし」
「農業を愛する女の人を見捨てたとあっては、農業
「……ぷー! なにそれ! そんな神様いんの!?」
「今作りましたが、今日から
「じゃあ、お兄。これからもよろしくって事で、いい感じ?」
「ええ。農業の知識を納めた暁には、結婚しましょう」
「は、はぁぁぁっ!? ……ぐぬぬぬっ。久しぶりにお兄のトラップに引っ掛かったぁ! すっごいドキッとしたぁ! 悔しいし!! これからはマジメに働くから、もう! みんな、覚悟するし!!」
「期待していますよ。そして、全力でサポートさせてもらいます。野菜を愛する者としての使命ですから」
「うー。まあ、今はそれで良いかな」
「あらあらー。これはお姉もうかうかしてられないなぁー。ねー、莉果?」
「べ、べべべべ、別に!? そーゆうんじゃないし! 違うし!! 違うんだし!!」
農業人口は減少の一途を辿っています。
新たな担い手を応援するのは、もはや必然。
莉果さんの明るい門出を祝える日は近そうですね。
入学式、何着て行きましょうか。
そうだ、前に阿久津さんが着ていた、大根みたいな色のスーツを借りましょう。
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