第47話 若葉マークの凛々子さん

「こんにちはー。新汰くーん。いるー?」


 今日は凛々子さんとの約束があったので、母屋にて待機していました。

 農作業は昨日のうちにキリの良いところまで済ませておいたので、本日の奈良原農場は休養日です。


「奈良原さん! 凛々子お嬢さんがお見えです!」

「あ、はいはい。すみません、森島さん。休みなのに留守番をさせてしまって」

「とんでもないっす! 自分、ぬか漬けの勉強したかったんで!」


 母屋を空けるというのに、ペタジーニさんときたら「冬イベがよ! マジでちょっと手ぇ離せねぇんだわ!!」と訳の分からない事を言うんですよ。

 こういう時にこそ輝くのがペタジーニさんなのに。


 仕方がないので、森島さんにお留守番を頼みました。

 彼は数か月前からぬか漬けについて勉強中。

 うちは古い民家なので、漬物をするには持って来いなのです。


 そしてWi-Fiもありますから、タブレットで色々と調べながら試行錯誤するのにちょうど良いのだとか。

 留守番も快諾してくれました。


「ごめんねー。お休みの日に付き合ってもらっちゃって。今度、春野菜の苗、サービスするからねー」

「えっ!? ……森島さん。今日、遅くなるかもしれません」


「あっははー! 新汰くん、そーゆうのは女子が勘違いするから、言わない方が良いかなー。わたしも分かってるのにちょっとドキッとしたからね」


「ハイエース3号で良かったですか?」

「うん! 3号ちゃんが一番乗りやすいって、ペタレルヤくんも言ってたし!」

「では、車庫に行きましょう。森島さん、行ってきます」


「行ってらっしゃーせー!! お気を付けて!!」



 本日は、凛々子さんのドライブにお付き合いします。

 彼女は免許をこの間取得した、新米ドライバー。

 既に自家用車での運転に不安はないものの、将来を考えると、種苗園でも使う機会の多い大型車の運転にも慣れておきたいとの事。


 素晴らしい向上心です。

 野菜のために頑張る彼女の手助けをせずに、何が農夫ですか。


「やや! 総司令官殿! お出かけですか!?」

「チロルさん。ちょっとドライブして来ます」

「こんにちはー、チロルさん! あ、もし良かったら、一緒にどうですか?」


 チロルさん、俺の背後を取って、一言。


「よろしいのですか? 逢引あいびきでは!?」


 ちょっと何言ってるのか分からないですね。


「チロルさんが良ければ。その辺を目的なく走るだけですが、よく考えたらアレですね。あのー。アレです。そのー。やっぱり良いです」

「チロルさん、まだこの辺りの地理に詳しくないだろうから、道を覚えるのにちょうど良いんじゃないかーって、新汰くんが言ってるよ!」


 凛々子さん、ついに野菜だけではなく、俺の言葉まで読み取るように。

 なんて恐ろしい人なんだ。


「そう言う事であれば、犬飼二等兵、随伴させて頂きます!!」

「やっぱりドライブは大人数の方が楽しいもんねー!」

「そう言うものですか。勉強になるなぁ」


 ちなみにチロルさんは免許を持っていません。

 ただし、体力お化けなので、自転車で30キロくらいまでなら難なく移動します。

 さすがは元傭兵。

 そのスタミナには、うちの農場も大いに助けられています。


「では、どうぞ。凛々子さん」

「ありがとー。わー、やっぱり大きいねぇー。よいしょっと」

「奈良原殿は運転にも精通されておられるとは! さすがはあたしの司令官!」

「いえ、普通ですよ? ただ、酷い運転をする荒くれ者の横に乗っていた時期があるので、事故が起きる瞬間の覚悟は常にできています」


「ちょっと、ヤメてよ新汰くーん! ペタレルヤくんと一緒にされるのは心外だなぁー。あの人、前にうちの入り口の電柱に突っ込んだことがあるんだよねー」

「なんと、ペタジーニ教官は破壊工作が特技でしたか!」

「違います。あれを履歴書の特技の欄に書いていてくれたら、俺は雇いませんでしたよ。あの人の事」


 そんな彼も、今では一般ドライバー。

 自動車学校の初心者講習の凄さたるや、さすがはプロですね。

 高いお金を払ったかいがありました。


「じゃあ、出発しまーす! それー!」


 こうして、鮭ヶ口さけがぐち市内ぶらり旅が始まりました。



「どうかな、今のところの感想は? 新汰教官殿!」

「教官はヤメて下さい。なんか字面じづらがややっこしくなりそうなので」

「あっははー。ごめーん! それで、どうかな? 運転歴が長い新汰くん」


 長いって言っても、俺は18で免許取っただけですから、精々5年行かないくらいなので、偉そうに言える立場でもないのですけども。

 まあ、今のところ特に危険も感じませんし、偉そうな事を言っておきましょうか。


「良いと思いますよ。ペタジーニさんの5倍は安定感があります」

「うわー、微妙に喜べないかなぁ。それ、初期ジーニさんの方? それとも覚醒ジーニさん? そこで喜ぶかどうか決めるよー」


「覚醒ジーニさんでも大したことないですけど」


「ダメじゃんかー。もー、さん付けして損したよー」

「そう言えば、凛々子さんって年上の人でも割とくん付けで呼びますね」

「仲良くなってきたらねー。新汰くんも一つ上だもんね。……あらら、もしかして、年下にくん付けされるの嫌なタイプだったりしたかな?」

「いえ、全然。小学生に呼び捨てされても別に構いませんよ」


「だったら、小学生が畑にいたずらしたら?」

「民事訴訟ですかね」


「あっははー。親御さんが大変だ! ……ところで、チロルさん静かだね?」

「そう言えば。チロルさん? 酔いましたか?」


ひえいえほんはほほをひふへはひへこんなものを見つけまして

「何ですか、それ」


 よく見ると、開封済みでしかも食べかけのチーカマでした。

 ……おじきですね。


「ダメですよ、そんなもの食べたら」

「しかし、あたしの中ではセーフ判定だったので! 失礼いたしました!」

「お腹壊されたら困るの俺なんですからね。……って、また」

「スルメを発見したであります!!」


「凛々子さん、どこか、ドライブスルーにでも入りましょうか」

「うへぇー。緊張するじゃん! ぶつけるかもしれないし!」

「あ、今の莉果さんっぽかったですね」

「ふっふー。分かった? ちょっと意識してみた!」


 そしてしばらく走ると、庶民の味方のファストフード店、Mの看板が眩しいマクドナルドが見えてきました。


「じゃあ、行っちゃうよ? こすったらごめんね?」

「大丈夫です。行きつけのカーコンビニ俱楽部がありますので」


 その店では奈良原ですって名乗ったら、もうそれだけで会話が終わると言う、察しの良いおやっさんが店長をしています。


「奈良原殿、あたし、申し上げにくいのですが、持ち合わせが……」

「良いよー。ここはわたしが出しとくからさー。新汰くんのも出させてよ! 今日のお礼ってことで!」

「だ、そうですよ。凛々子さんのご厚意に甘えましょう」


「り、凛々子姐さん!!」

「姐さんはヤメて下さいよー。チロルさんの方が年上ですよ?」

「いいえ、軍隊では、階級が上のものをうやまうのが常! 凛々子姐さんと呼ばせて頂きます! そしてあたしの事は、チロルと呼び捨てに!!」


 なんかチロルさんが面倒な事を言い出しました。

 良かった。会話の相手が俺じゃなくて。


「んー。じゃあ、チロルちゃんで! チロルちゃんは何食べます?」

「食べられるものなら何でも食べます!」

「あなたは何でも食べるでしょう」


「じゃあ、ビッグマックセットにしちゃおう! 新汰くんは? ふんふん、その顔はテリヤキだねー? サラダセットにしとく」


 凛々子姐さんの手回しの良さに脱帽。


 その後、特に問題なく市内を走り、ほぼ一周して農場へと帰還。

 若葉マークとは思えない安定した運転でした。



「今日はありがとー。新汰くんにはつい頼りたくなっちゃうね! また何かあったらお願いねー!」

「凛々子さんの願いならば、何なりと」


「んー。これは野菜があいだに入ってるなぁ。いつか、お野菜抜きでも大丈夫な関係を目指すとして、今日は帰るねー! また来るよー!!」


 そう言って、凛々子さんは自分の車に乗り換えて帰っていきました。


「凛々子姐さん! お気を付けて!!」


 チロルさんの敬礼に見送られて。

 寒いので、早く母屋に帰りましょう。

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