第48話 イチゴが実る! 新汰は壊れる!!

 季節は冬へ。

 12月に入り、そろそろ初雪の便りが届きそうな第二週。


 とうとう来ました。

 来てしまいました。

 緊張して来ました。


 ちょっとトイレに行ってきます。


 いや、だって、ほら、アレじゃないですか。

 精魂込めて作ったものが、万が一まずかったら、この世の終わりですよ。

 きっと翌日以降もこの世は続いていくのでしょうけど、俺の現世うつしよは終わります。


 俺がいなくなった世界を、どうぞ皆さんは楽しんだらいいんです。

 パリピになれないコミュ障が居た事なんて、きっと忘れてしまわれるでしょう。


 何の話か分からない?


「おーい! 新汰! お前、何回トイレ行ってんの!? 5分おきじゃん! みんな待ってんだから、早くハウスに来てくれよ!!」


 嫌だなぁ、決まっているじゃないですか。

 イチゴが赤く色づいたのです。


 そうです。本日、イチゴの初収穫。



「ペタジーニさん、俺は緊張でどうにかなりそうです」

「お、おお! マジか、新汰! お前でも緊張する事とかあるんだ!?」

「何言ってるんですか。ありますよ。俺が自分の命よりも大事にイチゴを育てて来た事を知っているでしょう?」


「うん、知ってる。時には6時間くらい苗に延々話しかけてたりしたよな。市内の評判の良い心療内科ネットで探したの覚えてるもん」


「ああ、ダメだ。怖くてこれ以上進めません」


「お兄! 早く、早く! イチゴ食べたーい! 早くするし!」

「莉果さん、あなた、なんて恐ろしい事を平然と!? 何なんですか、女子高生って怖いものがないんですか!?」

「うげぇー。お兄に引かれるとか、ナシだし。ウチの心がなんだか傷ついたし」


「大丈夫だよ、新汰くん! 見た感じ、すごく良いよ! 形も良し、色つや良し、花も葉っぱも綺麗で文句なし! 自信持って!」

「そ、そんな無責任な! じゃあ、凛々子さん、もしイチゴがまずかったら、責任取ってくれますか!?」

「えー? 責任って、わたし何したら良いの? 結婚する?」

「結婚して下さい」


「うわぁー。新汰くん、声が無駄にイケボで、今のはちょっとグッと来ちゃうヤツだったなぁ。そっかぁー、場合によってはわたし、嫁いじゃうのかぁー」


 今日のこの晴れの日に、みんなが集まってくれました。

 心強い?


 とんでもない。プレッシャーでしかないですよ。



 何なら、もういっそ全員にお帰り願いたい。



 注目を浴びながら試食したイチゴがまずかった時、どんな空気になると思います?

 それくらい、コミュ障の俺でも分かります。


「新汰さん! これまでやって来た、自分を信じてあげてください!!」

「凪紗さん……。俺、自分ほど信じられないものってないと思うんです」

「そんなぁー! 私、新太さん以上に農業と真摯に向き合ってきた人、知りませんよ!」

「だから怖いんですよ!! 初めてのハウス栽培、初めてのイチゴ!! ああ、ダメだ、気分が悪くなってきました……」


「だ、大丈夫ですか? 肩貸しましょうか?」

「ああ、いえ。おっぱい揉ませてください」


「ひゃ、ひゃい! あ、新汰さんになら、いくらでも……!!」

「あー。少しだけ落ち着いてきました」


「おじき。質問があるんすけど、女の子のおっぱい揉みながら瞳孔が開くって事、あるんすか?」

「赤岩、おどれ、これまで何人の女を抱いたんじゃ?」

「うっ……。まだ、経験ないっす!」

「ほうか。40くらいになってのぉ、抱いた女の数が、両の手で足りんようになった頃にゃあ、新汰のあの表情が分かる日が来るけぇ」


「奈良原さんって、そんなに経験豊富なんすか!?」

「佐藤もそがいな事を言いよるんか。新汰くらいの男になりゃあ、一晩で3人や4人、ものの数じゃなかろうで」


「なんか、御日様組チームが、また新汰を変に神格化しとる! おい、新汰! いい加減おっぱいから手ぇ離して、イチゴを摘まんでくれよ!!」


「分かっていますよ! こうやっておっぱいなんか揉んでいたって、何も解決しない事は!! でも、仕方がないじゃないですか!! おっぱい揉む事くらいしか、今の俺にはできないんですよ!!」


「お前、よく人のおっぱい揉みながらそんな熱いセリフが吐けるな!? つーか、かつてないほどお前のセリフに覇気があるんだけど!? パッと見、誰のセリフか迷うレベルになっちまってっけど!?」


「凛々子姐さん、ここはあたしが代表して食べましょうか!?」

「あー、ダメダメ、チロルちゃん! それやったら、多分クビになっちゃう! って言うか、下手したら元の会社に戻っちゃうかも!!」

「なんと、そうでありましたか! 失礼いたしました!!」


 外野は何だって言えるんですよ。

 俺とイチゴちゃんの問題なんです、これは。


 まかり間違って、イチゴがまずかった場合、全責任の所在は当然、俺に帰する訳ですが、俺にはその凶悪で禍々しい責任を受け止められるでしょうか。


 こんなに愛している農業に裏切られて、自我を保てるでしょうか。



 無理ですよ。最悪、廃人になります。



「……あれ!? どうして俺はハウスの前に!? もっと距離があったはずなのに!」

「あちゃー。バレちったかぁー! 凪紗さんのおっぱいを揉ませながら、ちょっとずつハウスに移動させてたんだし! 名付けておっぱいウォーク!!」

「莉果さん、なんて恐ろしい技を……! お小遣いあげますから、おっぱいウォークは封印して下さい」


「やったー! 凪紗さんのおっぱいでお小遣いゲットしたしー!!」

「ちょっとぉ、莉果ちゃん! 私のおっぱいでお金儲けをしないでください!!」


「オレはさっきから、おっぱいが連呼され続けるこの空間に酔ってきたんだけど? 知らねぇうちに、おっぱい異空間に取り込まれてねぇ!? あ、ほら! 今もオレ、意識しねぇでおっぱいって! あああ、また!!」


「ペタレルヤくんがその調子だと、やっぱりわたしが頑張るしかないかぁー。よし、新汰くん、とりあえずイチゴの前に行くだけ行ってみよう? おっぱい揉みながらで良いからね。怖くなったら、両手で揉んでも良いよ?」


「……や、やってみます」


 種苗園しゅびょうえんを切り盛りしながら、大学では農学を専攻している凛々子さん。

 その農業知識は、俺の遥か先を行く事は間違いないと思われます。


「ああ、来てしまった! マルチの黒にイチゴの赤が映える!! 美し過ぎる!! 直視できない! と、とりあえず、凪紗さんのおっぱいを見て落ち着きます」

「うぅ……。さすがに恥ずかしくなってきましたけど、でも、これで新汰さんのお役に立てるのなら、頑張っちゃいます!!」


「おじき」

「森島もなんぞ聞きたい事があるんか?」

「押忍。明らかにですね、イチゴの方が奈良原さんを興奮させていると思うんですけど、その辺は良いのかなって」

「バカタレ。野暮な事を言うちゃあいかん! 新汰ほどのくらいになれば、むしろおっぱいの方から添え物になろうとするんじゃ。領域展開っちゅうヤツじゃの」

「マジっすか! あ、あれが……!!」


「違うよってハッキリ言えねぇのが怖いんだわ! 新汰を中心に、おっぱい祭が開催されてっからな! もう、ずーっとイチゴとおっぱいの話しかしてねぇ!!」



「ほら、新汰くん? イチゴちゃんを見て? こんなに綺麗に熟した私を食べてくれないのって言ってるよ? イチゴに恥をかかせちゃっても良いの?」


「イチゴに恥かかすって言葉の圧がすげぇ!!」


 そうでした。

 俺は、とんでもなく大事な事を失念していました。


 野菜と向き合う時は、いつも裸の心で、真心だけを携えて。

 イチゴちゃん、俺はあなたに、大変な無礼を働くところでした。


 恐る恐る指の間に茎を挟み込み、クイッとねじれば、待っていたかのように赤い実が弾ける。

 それを、殊更ことさらにゆっくりと、おごそかに、口に含みます。


 ひと噛み。ふた噛み。

 ……ああ。神様、ありがとうございます。ありがとうございます。


「お、お兄、泣いてる?」

「泣いてるねー。これはもう、号泣だねー」

「新汰さん、良かったですね!!」



「みなさんも、食べてみて下さい。この世の全てが、ここにはあります」



 俺はもう食べないのか、ですか?

 今日はちょっと、胸がもういっぱいで……。



「おっぱいと胸は掛かってないからな!? 上手いこと締めようったって、そうはいかねぇぞ!?」



 ペタジーニさん、今月の給料1割カット、と。

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