第46話 働き者の元傭兵の人、加わる

「それでは、簡単な自己アピールをお願いします」

「お前は自分にできない事を平然と人に要求するのな」

「じゃあ、やっぱりいいです」

「ごめん! やらせてあげて! 可哀想だから!!」


 犬飼いぬかいさんがガタッと立ち上がり、敬礼した。


「あたしは、犬飼チロル! オーストリア人の父と、日本人の母の間に生まれ、昨年まで4年間、欧州で傭兵をしていた! 両親ともに既にこの世にいない、天涯孤独の身だが、この度、奈良原殿に誘われて、農場へと馳せ参じた!」


「俺、誘いましたっけ?」


「誘ってたし! お兄、それはマジでナシだかんね!!」

「新汰くんはこーゆうとこがあるよねぇ。誰かれ構わず手を出すんだからなー」


 ここまで白木屋姉妹が言うとなると、本当に俺が誘ったようです。

 ごめんなさい。どうしても記憶が。

 せめてファーストコンタクトの際に好きな野菜だけでも聞いておくんでした。


「傭兵部隊では、主にじゃがいもを育てていた! オーストリア語とドイツ語と、日本語ならば日常会話に困らない! 年は24歳だが、まだまだ体は若いつもりだ!」

「じゃがいも美味しいですよね! いやぁ、高得点だなぁ!!」


「新汰さん、新汰さん! 私もじゃがいも大好きですよ!!」

「さすがは凪紗さん、高得点を付けておきますね」

「やったぁ! ありがとうございます!」


「凪紗ちゃん、その得点、多分ベルマークより価値低いと思うぜ?」


「サバットとヨーロピアン柔術は少し覚えがある! しかし、奈良原殿には敵わない! そもそもあたしは傭兵部隊では落ちこぼれだった! ただし、気合と根性なら誰にも負けない自信がある! ……いかがだろうか?」


「気合と根性だけじゃあ野菜は育ちませんからねぇ」

「お前、何なん!? 急に嫌味な面接官みたいな事言いだしやがった!!」


「くっ。殺せ……!」


「えーと、犬飼ちゃん? チロルちゃん? そんなすぐに命を無駄にしちゃダメだぜ?」

「なんと慈悲深い! あなたはペタジーニと呼ばれておられるが、どこの部隊出身だろうか!? もしかすると、戦場ですれ違っているかも!」


「すれ違ってねぇよ!? オレ、純国産の日本人だよ!」

「いや、しかし肌の色が!」

「日サロだよ!」

「その鼻の輪っかは、アレだろう? 北欧のピポロン族の伝統的な装飾品だな!」


「何その部族! いや、これはオシャレだって! ピアス!」


「ピポロンペタジーニさん」

「ぷーっ! ペタさん、ついに未開の地の部族になったし! ウケるー!!」

「ぷっ、ふふっ、ダメですよ、莉果ちゃん! 笑っちゃ、ふふふっ」

「ペタレルヤくんは世界に羽ばたくんだねぇー。今度北欧のお土産ちょうだいね!」


「や・め・ろ! ピポロン族じゃねぇよ! グーグルでもヒットしねぇ謎の部族にしないでくれる!? 父ちゃんも母ちゃんも日本人だわ!!」


 ペタジーニさんのせいで面接が脱線しています。

 まったく、すぐに隊列を乱すんですから、困ったものですよ。


「犬飼さんは、アレですか? 農業に興味が?」

「チロルと呼んでくれ、総司令官殿! 正直、これまで農業に興味を持ったことはなかった! しかし、あなたが愛する物ならば、あたしも愛そうと思う!!」


「ちょっと意味が分かりません」

「くっ。殺せ……!」


「最悪だよ! 新汰並みに扱いづれぇ子が来ちゃったよ! 何ですぐ死ぬん!?」


 とりあえず、体力に自信があるのは結構です。

 まだまだ遊ばせている土地はありますし、事業を拡大する事も視野に入れたら、チロルさんを迎え入れる事に反対する理由はありません。


 が、今一つ、決定打に欠けるんですよね。


「ところでチロルさんは、嫌いな野菜ってあります?」

「とんでもない! 野菜どころか、命令とあらば土だって食べられるであります!!」


「はい。採用です。明日から一緒に働きましょう」


 見事な決定打でした。これは痛烈。


「ペタジーニさん、手続きお願いしますね」

「いや、オレ前にも言ったけど、事務仕事だけは無理なんだって」

「ええ……。仕方がありませんね。俺がしておきます。うーん。この際、事務員の募集もかけましょうかねぇ」


「あ! はい、はい、はーい! 私、事務仕事得意ですよー!!」

「凪紗さんは道の駅でうちの販路をガッツリ守っておいてください」

「うぅ……。はぁい……」


 そうこうしていると、パンケーキが運ばれてきました。

 ブルーベリーとラズベリーにイチゴ!! これはムラムラしてきますね!!


「おおー! これは映える!! あ、ペタさんどいて! 黒いの写るから!」

「莉果ー、ちゃんと野菜の好き嫌いなくさないと、チロルさんに居場所を奪われるよー?」

「うへぇー。だ、大丈夫だし! ウチ、唯一のJKだよ!?」

「もうじき卒業じゃん。そしたら武器がなくなって、野菜嫌いだけが個性になるね」

「ヤメて! せっかくパンケーキ食べるのに、お姉ってばウザい!!」


「ペタジーニ教官。このパンケーキと言うものは、いくらするのだろうか?」

「教官って……。えーと、ああ、1500円だってよ」


「これだけで……? 玉ねぎが山ほど買える値段……! 日本、怖い!!」

「安心して下さい。うちは野菜で良ければ、まかない付けますよ」

「な、奈良原殿……! ああ、神様はあたしの事をまだ見放していなかった!! ありがとう、天国の父さん、母さん、ピポロン族の戦士……!!」


「オレを見て変な部族を思い出して、あまつさえ祈るのはヤメてくれねぇかな?」


 こうして、うちの農場に新メンバーが入りました。



 明けて翌日。


「はい。えー。あのー。犬飼チロルさんです。まあ、えーと。はい」


「よろしゅう頼むで! ワシは阿久津じゃ!」

「赤岩っす!」

「自分は佐藤です!」

「森島です! 一緒に頑張りましょう!」


「もはや新汰のコミュ障トークで会話が成立してるのがすげぇ。オレだけはまともな感覚をしっかり維持しとこう。うん」


 チロルさん、背筋を伸ばして、ビシッと敬礼。


「犬飼チロルであります! 本日より、奈良原農場へ入隊いたしました! 弱卒の身ですゆえ、ご指導のほど、お願いいたします!!」

「それじゃあ、指導はペタジーニさんで。いつものようにお願いします」

「おう。分かったよ。改めてよろしくな、チロルちゃん」


「はっ! よろしくお願いします、教官殿!!」


「それじゃあ、今日は引き取って来た苗の定植ていしょくをしていきます。ペタジーニさんはチロルさん連れてキャベツ畑を、阿久津さんたちは、ほうれん草と春菊とブロッコリーをお願いします。マルチはしっかりと」


 俺はイチゴハウスに蜂を放って、色々しておきます。

 蜂さんに交配をお願いするのが、イチゴ作りのマスト。

 詳しい説明をすると日が暮れますけど、聞きます?



 各々がしっかり働いて、日が暮れたらみんなでご飯。

 おかずは出荷できないクズ野菜。

 これほどまでに高貴な『くず』と言う単語は他に知りませんよ。


「凛々子さんがくれた芽の出たジャガイモを使って、今日は肉じゃがを作りました。あとは、森島さんの作った野菜たっぷりの味噌汁です」


 ジャガイモは芽に毒がありますが、しっかりと取り除けば余裕で食べられます。

 ただし、除去が甘いと食中毒の元ですので、そこは厳重に。


「こ、これほどの食事を、タダで頂けるのですか!? 総司令官殿!!」

「本来は廃棄処分になる食材ですからね。むしろ、食べるのを手伝って下さって助かります。野菜を捨てるあの辛さ……身を切られるようですからね……」


「あたし、明日からは皆さんの5倍働くであります!!」

「おお、言うのぉ、チロルの嬢ちゃん! ほいじゃあ、ワシはその5倍じゃあ!!」

「ヤメてくだせぇ、おじき! また腰をいわせますぜ」

「おどれ、森島ぁ! 言うようになったのぉ! がははは!!」



 この後、チロルさんが「ところであたしは住む場所もないのだが」と、急な告白をしてきたので、仕方なく母屋の1階を仮住まいに提供する事にしました。


 ペタジーニさんが「ぜってぇ女子たちに言うなよ! ぜってぇだぞ!!」とうるさかったのですが、これはアレですかね? 振りってヤツでしょうか?

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