第45話 道の駅で興奮 そして記憶にない再会

 現在、うちの農場は収穫時期の狭間にあります。

 そのため、保存している玉ねぎを小出しで出荷しているだけ。


 ソフトクリーム? 秒で食べましたよ。

 今はそんなことより、うちの玉ねぎです。


「新汰さん? 新汰さーん? あ、あのあの、口の端にクリームが! わ、私が拭いてあげても良いでしょうか!?」

「え? あ、はい」


 よく聞き取れませんでしたが、玉ねぎコーナーを見ていたマダムが、うちのではなく、膝山ひざやまさん家の玉ねぎを!!


「あー! ウチが近いから、お兄、ウチが拭いたげるよ! ね!?」

「はい。どうぞ」


 しかもマダム、二袋もお買い上げですか!?


「せっかくだから、わたしも参加しよっかなぁー? 新汰くん、指と唇、どっちでとって欲しいとか、希望はあるかなー?」

「お好きなように」


 そして、なにゆえどちらも膝山さん家の玉ねぎを!?

 一つくらいうちのでも良いでしょうに!? なにゆえ!? どういうことですか!?


「くぅぅっ! 私が最初に言い出したのにぃ! ズルいですよ、2人とも!!」

「こーゆうのはフットワークの軽さに定評のあるJKが有利だし!」

「ふっふー! お姉の方が色々と経験してるからねー? 姉より優れた妹などいないのだよー!」


「あの、新汰よお? なんか、お前の眼中の外でな、すっげぇ争いが起きてんだわ。お前の口の端にあるクリームのせいで。なあ、新汰よお?」


「クリーム? ああ、これですか。失礼しました」



「ぎゃあああっ!! なんでオレの服でナチュラルに拭いてんの!? お前、義務教育ちゃんと受けてる!? 道徳の授業サボってなかった!?」


「ちょっとぉ! ペタジーニさん!! どうして邪魔するんですかぁ!!」

「マジでちょっと今のはナシだし。お姉、どいて! ペタさん出荷できない!」

「まあまあ、2人ともー。ここはペタレルヤさんにパンケーキをご馳走してもらうって事で、ひとつ許してあげて欲しいなー」


「オレは前世で何か大罪を犯したのかな? 鼻のピアスが黒く染まりそう……」


「あああああ!!!」


「うおおっ、ビビったー!! ついにお前、新汰、オレのために!!」

「ペタジーニさん、行きますよ!!」


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!! ばば、バカ、お前、鼻がもげる! ピアスを電車の吊り輪感覚で持つんじゃねぇ!! ああああ、ダメだ、これ力に逆らうと鼻もげる!!」


 目標は確認済み。

 二人組のおばあちゃん。

 白髪のおばあちゃんの方が、今まさに俺の玉ねぎの袋を掴んだのです。


「すみません! その玉ねぎ、どうされるんですか!? ああ、いえ、買うのは分かるんです! 例えばですね、どういった料理に使うのかとか、その辺をちょっと聞きたいと思いまして! ああ、ハンバーグですか? いや、かき揚げかな? いやいや、もしかしてタルタルソースに!? くぅぅぅ、渋い、渋いですねぇ!!」


「ぎにゃあぁぁあぁぁぁ!! お、おばあちゃああああん! 助けてぇ……」



 この後、道の駅の人がすっ飛んできて、俺とペタジーニさんはしこたま怒られました。

 間に凪紗さんが入ってくれなかったら、取引の中止もあり得たとか。

 なにがどうしてこうなったのかは分かりませんが、命拾いをいました。


「ごめんなさい、凪紗さん。自分の育てた玉ねぎを見てたら、欲望が抑えられなくなりました。反省しています」

「ホントですよぉ! もう! 新汰さんのお野菜が売れなくなったらどうするんですか!!」

「おっしゃる通りです。俺は危うく取り返しのつかない事を……」


「お兄、反省してる? ガチのマジのヤツ、してる?」

「ええ。もちろん」

「じゃあ、新汰くん。今から玉ねぎコーナーに人が来ても行っちゃダメだよ?」

「それはお約束できません」


「これね、お兄は全然反省してない時のヤツ。そして、過ちを繰り返す時のヤツ」

「わーお。莉果、お姉と意見があったねー! さすが我が妹!」

「あ、新汰さんの事は、私が体を張ってでも、止めて見せます!!」


「言いにくいんだけどよぉ」

「なんですか!? 言いにくい事なら後にして下さい!!」


「えっ? いや、新汰、もう行っちまったけど。玉ねぎコーナー」

「なんですぐに言ってくれないんですか! ペタジーニさんのバカ!! あ、新汰さぁぁぁん!! ダメですよ、ホントにもう! 次はダメなんですー!!!」


「……なに? オレが悪いの? 白木屋姉妹はなんでうなずいてんの?」



 今度のお客様は若い女性。

 先ほどはご年配の方にグイっと迫って失敗した。


 若い女性ならば、きっと大丈夫。

 根拠はありません。

 逆にお聞きしますけど、根拠を持たないで行動する事って結構ありますよね?


「すみません! 玉ねぎお好きなんですか!? 俺はそんなあなたが大好きです!!」

「新汰しゃん! 何言ってるんですか!? ごごご、ごめんなさい! 違うんです、この人、とっても心がピュアなんです! 許してあげてください!!」



「…………っ! 驚いたな。あなたの住所を訪ねて行く道すがら、ここに寄ったのだが。よもやあなたに出会えるとは!」

「あの? 新汰さんのお知合いですか?」

「いいえ? しかし、俺の玉ねぎを手に取って下さる心眼をお持ちです」


 すると女性、俺ににじり寄って来る。

 顔が近いですが、俺、もしかして臭いですか?


「あ、あれ? すまない、一応確認させてくれ。あなたは、奈良原農場の奈良原殿で良いのだろう?」

「いかにも。俺は奈良原農場の奈良原です」

「やはり! そのご尊顔には覚えがある! 戦場でまみえただけのあたしに、うちで働けと慈悲を頂いた! 思い出して貰えただろうか!?」


「いえ。さっぱりです」



「……くっ。殺せ」



 会話が繋がらないのは割と慣れていますが、出会って数分で殺せと言われたのは初めてです。

 生殺与奪せいさつよだつの権を他人に握らせるなと叱れば良いんでしたっけ?


「お兄、何してんのさ! パンケーキ食べにいくよ! あーっ!! この人!!」

 莉果さんがやって来て、女性を指さしました。


「ああ、莉果さんのお知り合いでしたか。外国の方とも知り合いだなんて、女子高生は凄いですね」

「や、お兄、覚えてないの!? うわぁ、それはナシ!」


 ああだこうだやっていると、凛々子さんまでやって来て、やっぱり女性に驚いて、「新汰くん、覚えてないんだね」とため息をひとつ。


 俺に銀髪に青い目の女性に知り合いなんていると思います?

 すると、莉果さんが答えをくれました。


「この人、アレだし! 廃校の音楽室で、お兄と戦った人! 傭兵がどうとか言ってて、最後に連絡先渡してたじゃん!!」

「……すみません。野菜の話も交えてもらえると思い出すかもしれません」

「新汰くんがバールを振り回しながら、何かの油撒いて倒した人だよー。ほら、思い出した?」



「全然思い出せませんが、要するに就職希望者ですね? 分かりました。面接をしましょう。凪紗さん、パンケーキを全員分ご馳走するので、座れる場所に」

「あ、はーい! こっちにカフェがありますよ! 行きましょう!」



「……これが日本男児。甘いところを見せて、いざ頼ってみれば素っ気なく、しかし結局助けてくれると言うのか! すごいな、日本男児!!」


「お姉さん、なんか色々思い込みが激しそうだし。とりあえず、行こ?」

「日本の女学生も優しい! さすが、母さんの母国だ!!」


「お姉、ウチ気付いたんだけどさ。多分ね、このお姉さん、どっちかって言うと、面倒なタイプだと思う」

「コラコラ。第一印象で人の評価をするものじゃないよー。銀髪に青い目で元傭兵って言う、設定モリモリなのがちょっとだけ気になるけどねー」



 そして、カフェでパンケーキを注文して、履歴書を受け取りました。


「ええと、犬飼いぬかいさん。特技の欄に牛をさばけるとありますが?」

「はい、あたしが傭兵時代に学んだスキルだ! 豚とニワトリもイケる!」



「ペタジーニさん……。ついに出荷の日取りが……」


「言うと思ったよ! 別にオレ、命の危機でもなんでもねぇかんな!?」



 とりあえず、面接しましょうか。

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