第43話 有限会社・デストライアスロンの落日
——一方、その頃。
かつて奈良原新汰が務めていた、表の顔はゲーム会社。
裏の顔はデスゲームの運営を請け負う、その名も『デストライアスロン』。
社長室に凶報がもたらされたのは、島津副社長完全敗北から4時間が経った、朝の事であった。
その数分後に、専務の
「おお、郷田くん! やったか!?」
林崎の問いに、郷田は即答を避けた。
その
「やったのかと聞いているんだ! 奈良原は死んだか!?」
『死にました』
「そうか! いやぁ、そうか!! よくやったぞ、郷田くん! これは社長賞を出さなければならないな! それで、島津くんはどうしたね?」
『死にました』
「……どういうことなの?」
『今、電話を代わりますが、多分まともにコミュニケーションは取れないと思います。どうぞ、ご確認ください』
「何を言っている!? お、島津くん!? 島津か!?」
『てるみーてるみーてるみーどぅー。ぽっぷんちぇりーでしゃらりんこ』
「……何を言っとるのかね?」
『郷田です。お分かりになりましたか?』
「さっぱり分からんよ! 島津くんは酒でも飲んでいるのかね!?」
『確かに、酔っておられるようです。アルコールにではなく、恐怖に、ですが』
「なんだね、君はさっきから! 遠回しな物言いを繰り返して! ハッキリ言いたまえ!! 何がどうなっているんだ!?」
『島津副社長は、奈良原に手ひどく痛めつけられて、正体をなくしておられます』
「つまり、ヤツを殺し損ねたと言うのか!?」
『最初からそう申し上げております』
林崎の計画では、今頃は奈良原一党を一網打尽にして、会社で祝勝パーティーを開催している予定だったのである。
既にケンタッキーフライドチキンで、パーティーバーレルも予約済み。
三角形の帽子だってかぶる用意はできていた。
そんな、頭がほんわかぱっぱしている林崎に、更に凶報が告げられる。
『社長。よろしいですか』
「よろしいことがあるか! この無能どもめ! もう、君たちには何の期待もせんよ!」
『……それは。非常に助かります』
「なにぃ!?」
『私をはじめ、社員10名。本日、この時をもって、退職させて頂きます』
「……ん?」
『もはや、これ以上沈む船に付き合う義理はなくなりました。今回のゲームで身に染みたのです。世の中には、天賦の才を持つ狂人もいる、と』
言葉を失う林崎。
郷田はさらに続ける。
『奈良原。いや、奈良原くん。彼は天才ですが、同時にどこかおかしい。天才と狂気の両方を孕んだ相手に手を出すのは、バカのすることです』
「き、貴様! この私を、バカと言うのか!?」
『そう申し上げているつもりですが』
「ふ、ふざけ! お、おい! 郷田! 聞いているのか! おい!!」
『いえす、いっつ、どぅ!』
「島津! お前じゃ話にならん! 引っ込んでろ!! おい! おいぃぃぃぃ!!!」
スマートフォンをデスクに叩きつけると、保護ガラスが割れた。
その様を見て、ようやく彼も自分の置かれている状況に気付く。
このままでは、親会社の『デスキングダム』に叩き割られるのは、他でもない、林崎自身であると言う事に。
彼の行動は早かった。
蜘蛛の巣のようにヒビが走ったスマホを持って、すぐに電話をかける。
「あ、もしもしぃー。あの、わたくしですね、はい、お世話になっておりますぅー。デストライアスロンの林崎でございますぅー」
おっさんの猫なで声ほど気色の悪いものはない。
『ああ、何とか崎くん? いやぁ、見てたよ、今回のデスゲーム! すごいじゃないの! 視聴率が爆上がり! これまでの放送で一番だったよ!!』
「えっ? あ、あ!! そうですか、やっぱり! わたくしも、そうだろうと!! はい!!」
『上級国民の皆様の評判も良くてねぇ! 奈良原が運営を小馬鹿にしながら倒していく様が爽快だって! いやぁ、君たちには感謝しているよ。何とか崎くん』
「あ、あの? お話が見えませんが……」
『奈良原新汰と言うビッグコンテンツを発掘してくれた事に感謝しているんだよ! オマケに、自分の会社を犠牲にしてまで盛り上げてくれてさぁ!』
「さ、
林崎の電話の相手。
彼は坂之上。『デスキングダム』の会長である。
その権力は絶大にして強大。
元々扱っているのがデスゲームと言う裏稼業ゆえ、裏社会にも顔が利く。
林崎とデストライアスロン程度、鼻息一つで消し飛ばすくらいは造作もない。
そして今、まさに鼻息を吹く準備段階に入っている。
『これからはね、奈良原新汰と言う新しいスターを中心にしていこうと思うんだよね。だからさ、君たちは、もういいや』
「ご、ご冗談をー! いやぁー、坂之上様も、お人が悪いですなぁー」
おっさんの猫なで声ほど人を不快にするものはない。
『じゃあ、分かったよ。ラストチャンスね。何とか崎くん、君、次のゲームマスターやりなさいよ。それで、奈良原新汰を倒すの。そしたら、うん、君の会社のランクを上げよう! うちの正式な系列会社にしてあげるよ』
「え、いや、しかし、わたくしどもにはもう、手がないと申しますか」
『あー。平気、平気。とっておきの企画があるからさ! これ使って! きっと最高のショーになると思うよ! 打倒、奈良原ってね!』
「わ、分かりました! この林崎、全力で奈良原に勝ちますので!」
『うん。頑張ってね』
「は、ははっ! 朝から貴重なお時間を頂戴してしまいまして、まっことに申し訳、あれ? も、もしもし? あの、坂之上様? あれ、もしもーし?」
こうして、デストライアスロン、最後の日は刻一刻と迫る。
ここで、読者諸君には、耳寄りな情報をお伝えしておきたい。
先ほど、坂之上が言った『とっておきの企画』についてである。
もう分かっている?
なるほど、諸君は聡明であられる。
それでも、一応言わせて頂きたい。尺の都合もある。
その『とっておきの企画』は、奈良原新汰が企画したゲームである。
もはや、「デストライアスロンに利用価値なし」と判断した坂之上。
最後に精々手のひらの上でダンスさせて、視聴率をガッツリ稼いで、廃物利用と廃物処理の両方を済ませようと言う、実に合理的な判断。
ただし、追い詰められた
坂之上にとっては、どちらの展開でも失うものは少なく、得るものは一定数確約されている訳であり、経営者としては至極正しい判断であると言える。
「よ、よし! ファイルが送られて来たぞ! こ、これはすごい! こんな企画、誰も考えた事なんてないだろう! おい、社員を全員集めろ! 辞めたヤツの穴は、残った人間で埋めるんだ! 次を乗り切りさえすれば助かるんだ! 給料だって今の2倍! いや、5倍に上げてやる!! はははははっ!!」
もはや狂乱の林崎。
しかし、狂気には狂気で。その方策は意外と正しい。
一発逆転の目はまだあるのだろうか。
そんな林崎の事を知ってか知らずか、坂之上は秘書を呼び、ニコニコ笑いながらこう申しつけた。
『ああ、次の賭けについてだけどね。こうしよう。奈良原新汰がどのようにして元居た会社の社長を潰すか。これは盛り上がるねー。手続き、よろしくねー』
世の中、間の悪い人間はいる。
沈む船から脱出し損ねた可哀想な一般社員たち。
そんな彼らを乗せて、林崎と言う名の泥で作った舟は、意気揚々と帆を張った。
そうとも、読者諸君のご推察の通り。
デストライアスロン落日の日はもうすぐそこまで来ている。
と言うか、下手すると落日の日を通過したまである。
何をしても手遅れな事も世の中には存在する。
時には諦めも肝心。
このような教訓を彼らから得て、今回は結びとさせて頂く。
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