第34話 ありがちな傭兵崩れの女の人
「とりあえず理科室なんでどうでしょう。莉果さんだけに」
「ヤダ!! ぜーったい、ヤダ!!」
3階は教室が少ない。
そのため、いつもゲーム終了後のカチコミで使っているシステム、端の部屋からローラー作戦を発動させる事にしたのですが、莉果さんが冷たい。
「大丈夫ですよ。理科室なんて、人体模型と白骨の標本と、なんかよく分からない生き物のホルマリン漬けくらいしかありませんって」
「ヤダ! ヤダヤダヤダ!! お兄が今言ったの、全部ヤダ!! ウチ、理科室にだけは絶対に入らないって決めてるもん!!」
「いえ、でも莉果さんだけに」
「もう、お兄ウザい! 名前いじって来るのとか、マジウザい!! 嫌い!!」
「皆さん。莉果さんに嫌われてしまいました。どうしましょう」
困った時はほうれん草。
炒めても良し、和えても良し、おひたしなど攻防一体。
「あははー。莉果はね、怖いものが嫌いなんだよねー。ホラー映画とか、見たら泣いちゃうの! それが可愛くってさー! 小っちゃい頃からずーっと見せてたの!」
「凛々子ちゃん、それはあんたが悪いと思う。可哀想に。それ原因だよ」
「あ!」
「どうした!? 敵か!?」
「いえ、今、気のせいだったらすみません。ペタジーニさん、凛々子さんにツッコミを入れましたか?」
「いや、まあ? ツッコミっつーか、指摘を少々」
「俺以外ともお喋りできたんですね!」
「よーし、敵はお前だったか! お喋り苦手マン代表にディスられるとか、すげぇ不服!!」
「おーう。あっちの家庭科室にゃあ何もなかったで。とりあえず目に付いた引き出しとか、ロッカーとかは全部蹴り破ってみたんじゃがのぉ」
「はい! 私がそのあとちゃんと確認したので、間違いないです!」
先遣隊の阿久津さんと凪紗さんが戻ってきた。
「阿久津さん、何でもかんでも壊しちゃダメですよ」
「ほうか? バラした方が探しやすいじゃろ?」
「凪紗さんが怪我をしたらどうするんですか」
「えっ!? あ、新汰さん、私の事を心配して!」
「もうイチゴの出荷先、道の駅にしようと決めてるんですよ! 貴重なネゴシエイターに怪我でもさせたら大事件です!!」
「うぅ……。頑張りまぁーす……」
「ああ……。すげぇ不憫でオレ、なんつって声を掛けたもんか」
「笑えば良いんじゃないですか?」
「黙ってろ、このサイコ野郎!!」
電子タバコをスパーと一服。
時代にコミットするヤクザ、阿久津さんが次の提案をする。
「残ったのは、さっきから言うちょる、理科室と、その奥にある音楽室じゃろ? 新汰としては、どっちかに鍵があると思うんか? 元プロの意見はどうじゃ?」
「俺だったら、どっちかの部屋にこれ見よがしにフェイクの鍵を設置して、その脇に刺客を潜ませておきますかね!」
「なるほどのぉ! さすがじゃ、実に効率
「わーお。おじさんとお兄さんは危険な話をしてるねー。凪紗ちゃんは平気なの?」
「もう慣れました! というか、慣れないとダメなんです! 主に新汰さんの近くにいるためには!!」
「にゃるほど。凪紗ちゃんも大変だー。莉果は? 怖くない?」
「別にー。理科室よりは怖くないし! だって、お兄が結局ズルして勝つの知ってんだもん! お姉は初めてだから知んないだろうけど、ガチったお兄はマジヤバい!」
「ですねー」
「ガチのマジ!」
「およよ……。いつの間にかわたし最愛の妹が新汰くんのものに……。まあ、でも、ここまでの動きを見てて頼りになりそうだなってのは分かるかもだねー」
「皆さん。阿久津さんのヤクザ的思考で方策が決まりました」
「……言わんのかい! 新汰の状況説明を頑なにせんスタイルは見事じゃのぉ! 手分けしようっちゅうだけやがの。ワシと凪紗の嬢ちゃんとペタのが理科室じゃ」
「えー。あのー。理科室は戦闘になった場合、武器になるものが、そのー。まあ、色々とアレなんで、そういうことになりました」
「はい! 分かりましたぁ!」
「わたしもオッケー!」
「ウチは理科室じゃなかったらどこでも良いし!」
「……もう誰も新汰のコミュ障解説を気にしてねぇんだわ」
「では、何かありましたらスマホで連絡を」
「そういえば、どうしてこんなところでスマホが通じるんでしょうか」
凪紗さんの素朴な疑問。
「んー。あのー、それは、多分ですね。元々電波が来ていたか、運営がそのように施設を作ったかのどちらかでしょうね」
「だろうな! オレでも分かるわ!!」
「要するに、ここも今回限りで爆破するちゃあ言うが、それまではあちらさんの狩場じゃったけぇ、連絡手段も必要やったっちゅうことじゃの」
良い感じに話が纏まったところで、俺たちは二手に分かれる。
二手に、と言っても、隣接する部屋の探索なので、壁一つ挟んだだけの、短いお別れですけども。
「新汰よー。そっち男はおめぇだけなんだから、仲良し姉妹をしっかり守れよ!」
「もちろんですよ。畑の野菜に誓って!」
「お前のハートがブレてない事だけはよく分かった。じゃあ、後でな」
音楽室の中へ入る俺と莉果さんに凛々子さん。
薄明かりが付いているのは助かる。
生中継されるため、高額なカメラで鮮明にする前提でも、最低限の光は必要らしい。
「ねえねえ、莉果、莉果ってば」
「なにー? ってか、お姉も探せし!」
「いやさ、あそこに掛かってる音楽家の絵、不気味だよねー?」
「……ヤダヤダヤダ!! 怖いこと言うのはナシなんだけど!」
「ふふふー。今にもあの目玉が飛び出してくるかもしれないぞよ?」
「ヤメて! マジのヤツだかんね! もう、お姉の事嫌いになるから!」
「あははー。ごめん、ごめん。ちょっとリラックスさせてあげようひゃあっ?!」
無造作に転がる机に、俺のフルスイングしたバールが当たる。
たいそう大きな音が響きました。
「あ、あれー? もしかして、新汰くん、怒っちゃったー?」
「お姉がバカやってるからだし! ウチは知らなーい! んぎゃっ!?」
俺のバックハンドでのバールの一撃が、椅子の足に直撃し、不愉快な音を立てました。
「ご、ごめんね!? わたしたちも、すぐ探すから!」
「お、お兄、いきなりガチギレするとか、ちょっとナイんだけど……ひぃー」
「あ、すみません。お二人とも、言い忘れていました。ここに黒い服着た刺客の人がいるので、なるべく近寄らないでください」
「そんな言い忘れってあるかな!?」
「だ、だから言ったじゃん! ガチったお兄はマジヤバいって!!」
真っ黒な服を着て、やたらと身のこなしも軽やかなので、俺のバールでは刺客の体を捉えられません。
困りましたね。消耗戦は一番の愚策なのですが。
「あなたに恨みはないけど、ごめんなさい! 死んでください!!」
「あ、これはご丁寧に。ですが、死ぬのはちょっと」
「なに喋ってんのさ! 新汰くん! 相手のペースに飲まれちゃダメだよー!!」
「てか、刺客の人、女じゃん? らくしょーでしょ、お兄!」
「あたしは海外の特殊部隊にいたこともある、元傭兵だ。お願いだから抵抗しないでくれないか。どうしても食べていくためにお金が必要なんだ!」
「確かに。お金は大切ですよね」
「大丈夫、苦しまないようにするから!」
「あの、ところで、女性と言うことですけど、俺、攻撃してもコンプライアンスとかの関係、どうなると思います? お二人ともー!」
「そんなこと考えてる余裕があったら攻撃しろし! お兄のバカー!!」
「そだそだー! そんなの後で考えろー!!」
「そう言う事らしいので、すみません。ふぅぅんっ!!」
「なにをしているのかさっぱりきゃあああぁっ」
必死に攻撃を避けながら、そこら中に撒いていた油に刺客が足を取られてすっ転びました。
これ、トロンボーンの潤滑油とか書いてありますね。
元々埃で滑りやすかったのも幸いしました。
「くっ。殺せ!」
「あー! それ聞いたことありますよ!!」
「どうせあたしに真っ当な人生なんて選べないんだ。傭兵部隊でも落ちこぼれて、気付けばこんなくだらない遊びに雇われて。……あなたは何を書いているの?」
「これ、うちの農場の電話番号と住所です。給料は安いですが、楽しい職場ですよ。生きて帰って職に困ったらいつでもどうぞ」
「さあ、お二人とも、行きましょうか。鍵も普通にフェイクじゃないヤツがありましたし。普通にありましたよ! あはははは!!!」
「新汰くんの傍からは少し離れたところが一番安全だね、愛する妹よ」
「うん。それはマジで基本。基本が大事なのはガチ」
鍵一つ目、ゲットです。
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